博之42歳。ミサキが手伝い始める。子供たちが宣伝しだして人が集まるがまかない目当ても増えるwww
次の日から、ミサキは本当に毎朝やって来た。
「おはよう、おっちゃん」
「おう。早いな」
「何したらええ?」
「とりあえず野菜洗って。あと机拭いてくれる?」
「分かった」
博之一人だった頃より、ずいぶん楽になった。
朝に十食分を仕込み、昼の営業。
少し休んで市場を見に行き、夕方からまた十食分。
一日二十食。
最初の日は十三食。
次の日は十五食ほど売れた。
「昨日より増えたな」
残った五食のうち、三食はソラ、リク、ミサキへ。
一食は博之。
最後の一食は、小屋の外をうろついていた中年男に渡した。
「食う?」
「……銭ないぞ」
「分かってる。余ったからやるわ。その代わり食ったら外ちょっと掃いて」
「それでいいのか?」
「ただ飯より俺の気分がええ」
男は苦笑しながら器を受け取った。
その日の片付けが終わると、博之はミサキに銅貨二枚を渡した。
「ほれ」
「何?」
「風呂行ってこい」
「え?」
「この前、風呂銅貨二枚言うてたやろ」
「でも……」
「店に立つんやったら、身ぎれいにしとくの大事や。飯屋やしな」
ミサキは自分の服の匂いを嗅いだ。
「おっちゃんは?」
「俺も行かなあかんねんけどな。先にお前行っといで」
「なんで?」
「看板娘やから」
「カンバンムスメ?」
「まあ、店におる女の子が汚れてたらあかんということや」
「おっちゃんも汚いで」
「分かっとるわ」
翌朝。
風呂に入ってきたミサキを見て、ソラとリクが騒いだ。
「ずるい!」
「ミサキだけ!」
「働いたからや」
博之が言うと、二人がこちらを見る。
「俺らも入れる?」
「今日ちゃんと売れたらな」
「ほんま?」
「銅貨四枚やろ。店潰れへんかったら出したる」
「よっしゃ!」
「なんでお前らが気合い入れるねん」
「客連れてくる!」
「変な呼び込みはすんなよ!」
だが、子供の口コミも馬鹿にはできなかった。
十五食だった売上は十七食になった。
そして数日後には、二十食作れば二十食とも売れる日が出始めた。
「……全部なくなったな」
空になった鍋を、博之とミサキが覗き込む。
「明日もっと作る?」
「いや」
「なんで?」
「急に増やすん怖いやん」
「売れるのに?」
「売れると思って三十作って十余ったら泣くの俺やぞ」
「おっちゃん怖がりやな」
「商売は怖がりくらいでええねん、多分」
ただ、全部売れてしまうと三人の賄いがない。
「しゃあない。市場行くか」
「今から?」
「夕方やから安なってるやろ」
二人で市場へ向かった。
少し萎びた野菜。
小魚。
肉屋で切り落とした端肉。
形の悪い芋。
それを安く買う。
余裕が出てきたので、香辛料も少し多めに買った。
「これは売りもんちゃうからな」
「じゃあ何?」
「賄い」
店へ戻って、大きな鍋に放り込む。
海藻と魚の骨から出汁を取り、芋と野菜を煮、端肉を入れる。
ソラとリクも戻ってきた。
「今日もある?」
「あるある」
三人に盛った。
博之も食べる。
すると、小屋の入口から子供が二人覗いていた。
「……なんや?」
「ええ匂いする」
「お前らまで来たんか」
その後ろには、いつか飯を渡したおっちゃんまでいる。
「いや、俺は別に……」
「めっちゃ鍋見てるやん」
博之はため息をついた。
「ちょっとだけやぞ」
小さな器に入れて渡す。
「毎日は無理やからな」
一口食べた男が、動きを止めた。
「……うまいな」
「そらよかった」
「こんな味するもん食ったん、久しぶりや」
「大げさやな」
だが男は少し目を赤くしていた。
「ありがてえわ」
「いやいや。余り物やから」
「それでもありがてえ」
そういうことが何度か続いた。
夕方になると、店の周囲にちらほら人が集まるようになった。
「炊き出しちゃうぞ」
博之は何度も言った。
「売上あった日だけや。材料余った時だけ」
それでも人は来た。
そして一週間ほどした日。
「兄ちゃん」
「ん?」
いつもの中年男が、銅貨二枚を机に置いた。
「小、一杯もらえんか」
「小は三枚やで」
「……二枚しかない」
男は少し気まずそうに俯いた。
博之は銅貨二枚を見る。
次に鍋を見る。
「しゃあないな」
「いいのか?」
「気持ちだけもろとく」
大の器を取った。
「ほれ」
「え? これ大やろ」
「今日は多めにできた」
「でも俺、二枚しか……」
「うるさいな。冷めるで」
男は黙って匙を取った。
そして一口。
「……めっちゃうまいわ」
「そうか」
「ほんまに、ありがとう」
「明日から毎回二枚で来んなよ」
「分かっとる」
周りから笑いが起きた。
博之も笑った。
何かがおかしくなり始めていた。
ただ飯屋をやりたかっただけだった。
自分一人が食って、家賃が払えればそれでよかった。
なのに店には子供がいて。
仕事帰りの男たちがいて。
金のないおっちゃんまでやって来る。
「なんか人増えてへん?」
ミサキが言う。
「増えてるな」
「ええやん」
「ええんかなあ」
博之はボロ小屋の前を見る。
立派な店ではない。
椅子も足りない。
壁も汚い。
それでも湯気の立つ鍋の周りには、人がいた。
「まあ……飯食う場所くらい、あってもええか」
そう呟いて、博之は次の客の器に煮込みを盛った。




