博之43歳。異世界15か月目。治ったおっちゃんことゼルダとこれからの話
ゼルダの治療が始まって数日後。
昼を少し過ぎた頃、横丁の端から見覚えのある男がゆっくり歩いてきた。
「おお」
博之が気づいて手を上げる。
「もう来たん?」
「リハビリがてらな」
ゼルダだった。
まだ歩き方には多少ぎこちなさがあるが、治療前より顔色は明らかにいい。
「それと、これ」
ゼルダが無料券を一枚出す。
「忙しそうなのに、気を使って無料券まで十枚もくれてありがとうな」
「いやいや。飯食うぐらいしてもらわな、治療して痩せられても困るし」
ゼルダの手には、さっそくサンドイッチがあった。
「それはそうと、これうまいな」
「ほんま?」
「ああ」
「もう、それ言ってくれただけで嬉しいわ」
博之は笑った。
「ジュースもうまいのあるで。果物何種類か混ぜたやつとか。追い追い試して」
「俺を太らせる気か」
「動くんやから大丈夫やろ」
二人は横丁の空いた席に座った。
「体どうなん?」
「治療自体は順調らしい。ただ、やっぱり昔みたいにはまだ動かん」
「そらそうやろ」
「弓も軽くなら引ける。ただ全力はまだ怖い」
「ほな急がんでええよ」
博之はジュースを一口飲む。
「最初の一か月なんか、リハビリしながらここ来て、飯食って、子供らにダンジョンの話でも
してくれたらそれでええ」
「それでいいのか?」
「ええよ。金貨三枚貸したからって、治療翌日から働け言うほど鬼ちゃうわ」
一か月ほどして身体が慣れてきたら、低層へ一度。
ソラやミサキたちと潜って、自分の身体がどこまで動くか確認すればいい。
「多分、自分が思ってるより動かん可能性もあるからな」
「分かってる」
「低層で大怪我だけはせんといてや」
「さすがに大丈夫だ」
「三百三十枚あるからな?」
「分かってるって」
「俺、そこだけは何回でも言うで」
ゼルダが苦笑する。
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「でな」
博之が少し声を落とした。
「多分、来月ぐらいからまた子供の鑑定を少しずつ再開できると思う」
「もうやるのか?」
「一気にはやらへんよ」
今の商売なら、設備投資や寄付などを除いても、自由に回せる金が半月に銀貨三十五枚ほど残る。
「何も大きいことせんかったら、月七十枚ぐらい増えるやろ」
「結構な額だな」
「そこにソラとかユーリさんとか、あんたらの返済が入ってくる」
すぐではない。
だが積み重ねれば、銀貨百枚をもう一度鑑定へ回せる。
「ほんで適性見て、ダンジョン向きならそっち。リクみたいに採取とか鑑定向きなら、
そっちの仕事作ったらええかなと思ってる」
「また増えるな」
「そうやねん」
博之はため息をつく。
「だから頼みたいねん」
「何を?」
「俺、もう全員見られへん」
ソラ、リク、ミサキ。
この三人は、まだ横丁すらなかった頃から知っている。
食うものもなく、ろくに字も読めなかった頃からだ。
「最初の三人は名前も性格も分かる。ここまでずっと見てきたからな。でも四人目、
五人目、十人目になったら無理や」
「そりゃそうだ」
「だからダンジョン側に行く子は、ゼルダさんとかセラさんとかユーリさんらに見てもらわなあかん」
「なるほどな」
「師匠枠や」
「勝手に役職増やすな」
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「ただ、次からは鑑定受ける条件もだいぶ厳しくする」
「というと?」
「まず、うちで働いてる子」
その中でも勤務実態がいい。
無断で来なくならない。
人の物を盗まない。
頼まれたことをちゃんとやる。
教会で読み書きや計算も真面目に勉強している。
「そういう子を優先する」
「鑑定まで行くのに結構な門だな」
「最近そうやねん」
横丁で働きたいという者自体が増えすぎた。
以前なら、来た子供に皿洗いでも掃除でも頼めた。
今では仕事を希望するだけでも人数が多い。
「つまりまず働けるかどうかが第一段階」
「その中で真面目に続けられるか」
「そう。それ通った子が鑑定候補」
「だいぶ選抜になってきたな」
「最初の三人、めっちゃ得してるで」
博之が笑う。
「俺に感謝してほしいわ」
「めちゃくちゃ感謝してるだろ、あいつら」
「そう?」
「おっちゃんおっちゃん言いながら、相当慕ってるぞ」
「そうやねん。めっちゃ面倒見たからな」
「自分で言うのか」
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治療融資については、まだ制度を増やしすぎない。
ゼルダの返済がどうなるかも分からない。
「そこはバランス見ながらやな」
「店の方は?」
「二号店も、もうちょい伸ばせそうやねん」
もし店先や道沿いに席を出せるようになれば、酒や食事の売上も変わってくる。
それとは別に、隣の地区で見つけた米に似た穀物も気になっている。
「パン以外の主食にできそうやから、あれで何か飯作りたいねん」
「作ればいいじゃないか」
「作りたいわ!」
博之は机の上に積まれた書類を指した。
「これに忙殺されてんねん!」
求人。
融資。
商会の帳簿。
二号店。
教会との話。
そのうえ今では、町の商人たちの集まりにも顔を出さなければならない。
「月一、二回はそっちも出なあかんし」
「博之さんも大変だな」
「俺、ただ飯作ってただけやで?」
「広げられる人間だから広がったんだろ」
「広げすぎて自分で飯作る時間なくなってんねん」
ゼルダは笑った。
「それだけ慕われてるってことだろ」
「おっさんに慕われてもキモいわ」
「ひどいな!」
「ちゃんと返すもん返してくれたら、ほどほどでええよ」
「金貨三枚貸した相手によく言えるな」
「逆や」
博之は笑う。
「三百三十枚返してもらわなあかん相手やから、こっちは嫌でも気にするに決まってるやん」
「……そりゃそうだ」
「せやから治して、飯食って、ちょっとずつ動いて。ほんで若い子ら見たって」
「ああ。任せろ」
「頼むわ、師匠」
「その呼び方やめろ」
サンドイッチを食べながら、二人のおっさんはしばらく、どうでもいい話まで含めて
だらだらと喋り続けた。
ゼルダにとって、それもまたリハビリの一日だった。




