博之43歳。異世界14か月目。ミサキの治療院、場所を借りる
治療院と教会に話をつけたあと、博之はミサキを連れて地区の顔役のところへ向かった。
「また何か始めるんか?」
「なんで会った瞬間それなんですか」
「旦那が来る時、大体そうやからな」
「今回は俺というより、この子の話です」
博之が隣のミサキを示す。
「鑑定したら治癒魔法の適性が出まして」
「ほう!」
顔役の表情が一気に明るくなる。
「そりゃよかったなあ」
「それで今、近所の治療院と教会にお願いして、修行させてもらう話をつけてきたんですわ」
「相変わらず早いな」
顔役は感心したように博之を見る。
「しかし旦那、最近評判になっとるぞ」
「何がです?」
「子供らのことや」
ソラ。
リク。
そしてミサキ。
「元々、飯にも困っとったような子供らやろ?」
「まあ」
「それに一人金貨一枚もする鑑定を受けさせて、三人や。金貨三枚分やぞ」
「貸してるだけですよ」
「それでも普通せんわ」
しかも博之自身、一年前には銅貨一枚すら持っていなかった。
「ボロい小屋で飯売り始めたおっちゃんが、今は横丁作って商会持って、
子供に金まで貸しとる。大したもんや」
「そう言われると、俺も何してるんか分からんようになりますな」
「本人が一番分かっとらんのか」
「流れでこうなっただけです」
顔役が笑った。
「ほんで今日は?」
「この子の治療院を、将来的に横丁の近くでやらせたいんです」
「なるほど」
「俺には商会の管理とか場所の調整代として、月銀貨一枚くらい入れてもらうとして」
「ミサキからも取るんか?」
「そこは商売なんで」
「おっちゃん!」
「安いやろ!」
ミサキが頬を膨らませる。
「ほんで、実際の店の賃料が銀貨三枚くらいで借りられへんかなと思って」
顔役は少し考えた。
「普通なら四枚くらいやな」
「やっぱそれくらいします?」
「ただまあ……」
顔役がミサキを見る。
「治癒魔法使いの治療院がこの辺にできるんはありがたい」
この地区にも治療を必要とする人間は多い。
港仕事で腰を痛める者。
包丁や工具で手を切る者。
冒険者。
子供。
「ミサキちゃんの門出でもあるし、銀貨三枚で貸せるよう話つけたる」
「ありがとうございます」
ミサキが深く頭を下げた。
「必要な道具は?」
「そこは、おっちゃんに融資してもらいや」
「また俺!?」
「どうせするやろ」
「……まあ、すると思いますけど」
「ほらな」
・・・・・・・・・・・・・・・・
「ただな」
顔役は急に少し真面目な顔になった。
「最初から治療院だけで食おうと思わん方がええかもしれん」
「と言うと?」
「覚えたてやろ?」
「はい」
まずは治療院で実際の患者を見る。
教会でも治癒魔法を使う。
簡単な切り傷、打ち身、軽い痛み。
できることだけを少しずつ増やす。
「軽症の人なら、修行先の治療院から回してもらう話も出てます」
「それならええ」
元手は薬草商売ほど必要ない。
治癒魔法自体が商品になるからだ。
「でも問題は魔力やな」
「ああ」
「患者来るたび全部治してたら、ミサキちゃんが先に倒れるぞ」
「それ大事ですね」
博之も頷く。
「自分が一日何人までできるんか。どこまでなら疲れへんか。それ覚えなあかんな」
「うん」
さらに、四六時中店を開ける必要もない。
「ソラらのパーティーにも呼ばれるんやろ?」
「低層なら一緒に来てほしいって言われてる」
「ほな最初は、治療院というより住居兼事務所くらいに考えたらどうや」
「住居兼事務所?」
「今日はここ。明日は教会。明後日は治療院。時々ダンジョン。それでええやろ」
店に縛られる必要はない。
冒険者として同行すれば、分け前も得られる。
治療院で簡単な施術をすれば治療代が入る。
「最初から一個に決めんでええ」
「……それ、ええな」
ミサキの表情が明るくなる。
「うちらはまだ下っ端や。最初から立派な店主や冒険者になる必要ないねん」
「そういうこと」
博之も笑った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
帰り道。
「とりあえず場所も何とかなりそうやな」
「うん」
「最初は稼ぐより覚えろ」
「でも借金あるやん」
「もちろん返してもらうで」
「そこは忘れへんな」
「金貨一枚と銀貨十枚やからな!」
「怖いって!」
博之は笑う。
「でもリクも今、月銀貨七枚返せるようになってきたやろ」
「うん」
「薬草を子供とかじいちゃんに採ってきてもらって、鑑定して、買い取って、
売るとこまでやってんねん」
「リク、ほんま商人みたいになってきたな」
「せやろ?」
ミサキの場合は、それより元手が少なくて済む。
「治した分の銭もろたらええ。必要な薬はリクから仕入れろ」
「友達やのに?」
「友達でも仕入れは仕入れや」
「おっちゃんらしいなあ」
帳簿についても、博之はすでに考えていた。
「商会の帳簿係、あと二人くらい増やそかな」
「私らのために?」
「リクの薬草と、お前の治療院の数字も見れるようにな」
「……過保護やで」
「ちょっとだけな」
「めっちゃやろ」
「最初だけ特別サービスや!」
ミサキが笑った。
「おっちゃん、マジで格好ええわ」
「だからおっちゃんやぞ」
「最近、自分でそこ逃げ道にしてへん?」
「何が?」
「エレナさんとかセラさん」
博之が少し黙る。
「……まあ、最近は俺でも分かるくらい来てる気はする」
「お、自覚あるやん」
「そこまで鈍ないわ」
「でも?」
「俺なんかでええんかな、っていうんが抜けへん」
「めんどくさ」
「お前な!」
「しゃあないなあ。恋愛も私がアドバイスしたるわ」
「お前どこ目線やねん!」
「女の子目線」
「治癒魔法より先に人の恋愛治そうとすんな!」
ミサキが笑う。
店を卒業するのは、まだ先。
治療院も、まだ看板すらない。
けれど。
ソラ、リクに続いて、ミサキにも自分で金を稼ぎ、自分の借金を返していく道が、
少しずつ形になり始めていた。




