博之43歳。異世界13か月末日。十三か月目、締めの帳面合わせ。本店と二号店で利益計銀貨41枚。リクもなんやかんや頑張っている。
異世界に来て十三か月目。
四十三歳になった博之は、おっちゃんの隠れ家商会の事務所で、半月分の帳面を前に腕を組んでいた。
「ほな、締めやな。今回はどう?」
帳簿係の一人が何枚かの紙をまとめる。
「博之さん側で、最終的に銀貨四十一枚ほどの利益です」
「四十一か。思ったより残ったな」
「ただし、色々使ってますけどね」
「……何その言い方」
まず一号店。
横丁を中心とした本体の利益は、銀貨三十四枚ほど。
本来なら四十枚近く残っていてもおかしくなかった。
「大きな傘が一本壊れています」
「あれは事故や」
「二時間飲み放題もやっています」
「あれは福利厚生」
「さらに夜の店で銀貨三枚」
「それは社会勉強や!」
博之が即答すると、横に座っていたエレナがじっと見る。
「……博之さん?」
「何その目」
「社会勉強だったんですよね?」
「せやで。エレナさんも一緒におったやん!」
「では、もう次はありませんよね?」
「ないない」
博之は両手を振った。
「高級な方は俺にはよう分からんかったし。大衆の店はおもろかったけどな」
「では次に飲みたくなったら?」
「こっちでみんなと飲む」
「それがいいです」
「俺もその方が楽しかったしな」
エレナの機嫌が少し戻った。
「……なんで俺、自分の金使って飲みに行った報告で怒られてんねやろ」
「何か?」
「何もありません」
帳簿係たちが笑いを堪えていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ほんで二号店は?」
「銀貨八枚前後ですね」
「おお。最初にしてはええやん」
隣の地区に出した小さな店。
サンドイッチ、冷たい飲み物、そしてホットケーキ。
ただ、最初の数日は少し問題があった。
「安くしすぎましたね」
「怒られたなあ」
周辺の軽食屋から、
『その値段で売られたら困る』
と苦情が入ったのだ。
「安い方が客喜ぶと思ってんけどな」
「周囲には周囲の商売がありますから」
「勉強したわ」
だから途中から、周辺の価格を見ながら値段を少し上げた。
その代わり、増えた余裕を全部博之が取るのではなく、無料券を近隣の店へ配り、
地元の教会へ寄進し、新しく人も雇った。
「安売りで全部取るんやなくて、適当な値段取って、その分周りに撒いた方が揉めへんな」
「二号店の統括からも、近所との関係は良くなっていると報告があります」
「ほな、もう細かいことあの人に任せる」
「またですか?」
「地区一個離れただけでめちゃくちゃ面倒くさいねん!」
仕入れ。
在庫。
近所付き合い。
従業員。
客からの要望。
「給料上げたんやから、細かいことは統括が見て。俺には大きいことだけ持ってきて」
「博之さん、どんどん仕事を人に渡していきますね」
「俺が全部やったら倒れるわ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「次、リク」
「はい!」
薬草買い取り所を任されているリクが、妙に緊張しながら座る。
「今回は売上そのものは伸びています」
ただし。
リクは値上がりしていた薬草を多めに買い取った直後、相場が下がるという失敗をしていた。
「その損が、だいたい銀貨一枚」
「……はい」
「でも全部差し引いて、銀貨七枚は利益が残っています」
「七枚!?」
リクが顔を上げた。
「ほんま?」
「ほんまや」
博之が帳面を指差す。
「今月の返済、前半三枚返したやろ?」
「うん」
「今回は四枚返したら、一か月で銀貨七枚返したことになる」
「残り三枚は?」
「事業に置いとけ」
「また残すん?」
「残せ言うてるやろ」
博之は笑う。
「今回みたいに相場外した時、その銭が助けてくれるねん」
「……危なかったな」
「せやろ?」
もし手元の資金を全部買い取りへ使っていたら、値下がり一回で次の仕入れすら難しくなっていた。
「現金は余裕持って残しとけ。商売は儲かってても、銭なくなったら止まるから」
「はい、先生」
「なんや、その言い方」
「先生やん」
「絶対ちょっと馬鹿にしてるやろ」
「ちょっとだけ」
「おい!」
皆が笑った。
だが博之は、改めてリクの帳面を見る。
「でもな、リク」
「何?」
「一か月で銀貨七枚、借金返す方に回せたんやぞ」
「うん」
「お前、まだ十歳そこそこやろ?」
「そうやけど」
「十分すごいぞ」
リクが少し黙った。
「ほんま?」
「ほんまや。しかも自分の給料は別にもろて、事業にも銭残してる」
採取と鑑定。
最初は外れだと思って泣きそうな顔をしていた。
それが今では、人から薬草を買い、鑑定し、まとめて売り、自分の給料を取り、借金まで返している。
「ちゃんと返してくれたら、おっちゃんも次のやつに銭回せるからな」
「分かった」
リクが大きく頷く。
「もっと頑張る」
「頑張りすぎんなよ」
「どっちやねん」
「潰れん程度に頑張れ」
「難しいわ!」
また笑いが起きた。
横丁、銀貨三十四枚。
二号店、銀貨八枚ほど。
細かな調整まで含め、博之側には約銀貨四十一枚の利益。
リクの小さな商売も、失敗を一つ経験しながら、それでも黒字を残した。
「まあ」
博之は帳面を閉じる。
「失敗しても続けられてるなら、今んところ上出来やな」
十三か月目。
店も、人も、借金も増えた。
面倒事も確実に増えている。
それでも、銭と仕事は少しずつ回り始めていた。




