博之43歳。異世界13か月目後半。隣の商圏へ、小さな横丁二号店
横丁の中がだいぶ落ち着いてきた頃。
博之は今度は、隣の商業地区を眺めながら考えていた。
「……一回、外で売ってみるか」
「何をです?」
エレナが聞く。
「サンドイッチと飲み物」
いきなり大きな店を構えるつもりはない。
小さな店を一軒だけ借りて、横丁ですでに売れている商品を持っていく。
鶏の揚げ物を挟んだもの。
豚の一口カツを挟んだもの。
半分なら銅貨三枚。二つなら六枚。
そこへ果実ジュースやミックスジュースなどの冷たい飲み物を組み合わせる。
「向こうでも売れるんか試すだけや」
「また増やすんですね」
「試すだけやって!」
博之は強調した。
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ところが、店を開いて数日。
「ちょっとええか」
近くでパンや軽食を売っていた店主がやってきた。
「はい?」
「あんたんとこ、安すぎへんか?」
「そう?」
「そうや!」
どうやら周辺の店より、隠れ家のサンドイッチは少し安かったらしい。
そこへ冷たい飲み物まである。
「うちらの客取る気か?」
「そんなつもりないって」
「だったら値段合わせてくれ」
「なんで?」
博之が素で聞き返した。
「なんでって……」
「仕入れ工夫して、この値段で利益出るからこの値段なんやろ? なんでわざわざ上げなあかんの?」
「いや、周りとの付き合いがあるやろ」
「付き合いは大事やけど、客に高く売ることで合わせるんは違うやん」
空気が少し悪くなる。
「……やっぱ外に出すとこうなるんか」
博之は頭をかいた。
横丁なら、自分たちの中で価格を決めればよかった。
外へ出れば、昔から商売している人間がいる。
そこにはそこなりの事情がある。
「めんどくさ……」
「聞こえてるぞ」
「すいません」
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とはいえ、喧嘩をするつもりはなかった。
翌日。
博之は近所の店を何軒か回った。
「これ、うちに置いてええ?」
「何を?」
「そこの店の案内」
服屋。
靴の修理屋。
薬屋。
雑貨屋。
少し高級な食事処。
それぞれから小さな看板やチラシをもらい、サンドイッチ店の壁に貼っていく。
『靴の修理はこちら』
『衣服の繕い承ります』
『薬・傷薬あります』
「自分の店で他所の宣伝するんか?」
「ええやん。うちにないもんやったら」
さらに挨拶代わりに、近隣店舗へ無料券を配った。
「サンドイッチと飲み物、一回食べてみて」
「無料?」
「店主さんか従業員さんでどうぞ」
「何企んでる?」
「企んでへんわ!」
疑われながらも、少しずつ話はできるようになった。
「別にこの地区全部うちの店にしたいわけちゃうねん」
「じゃあ何しに来た?」
「客がおるから、売れるか試しに来ただけ」
博之は笑う。
「うちの店来た客が、あんたんとこの店にも行ったらええやん。逆にそっちの客が帰りに
サンドイッチ買ってくれたら、俺も嬉しいし」
「……変な商売するな」
「よく言われる」
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そして、博之がもう一か所訪れたのが、その地区の教会だった。
「初めまして」
神父に頭を下げる。
「隣の地区で、おっちゃんの隠れ家商会っていうのをやってる博之です」
「名前は少し聞いています」
「悪い噂ちゃいます?」
「今のところは」
「今のところ言わんといてください」
博之は笑いながら、銀貨をいくらか寄進として差し出した。
「こちらで店を一軒出させてもらうことになりまして」
「わざわざご挨拶に?」
「まあ、これから長い付き合いになるかもしれませんから」
もし店がうまくいけば。
人が集まり。
さらに需要が見えてくれば。
「いずれ、この辺にも小さい横丁みたいなん作るかもしれません」
「もう次のことを考えているんですか?」
「まだ妄想です」
博之はすぐに否定した。
「ただ、地元の店と揉めながらやる気はないんで。何か問題あったら教えてください」
「分かりました」
「うちも仕事探してる人がおったら、そのうち相談するかもしれません」
「それならいつでも」
まずは顔を覚えてもらう。
博之にとって教会への寄進は、信仰というより、町に入る時の礼儀の意味も大きかった。
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店は少しずつ客を増やした。
だが、それに比例して博之の仕事も増えた。
「博之さん、向こうの店から仕入れの確認です」
「はい」
「こっちは近所の店から苦情」
「また!?」
「それと飲み物の在庫が」
「……無理や」
博之は机に突っ伏した。
「横丁だけでも結構あんのに、地区またいだら倍めんどくさいやん」
エレナが笑う。
「始める前に気づかなかったんです?」
「やってみな分からん!」
そこで博之は、隣の店を任せていた従業員を呼んだ。
「今日から、あんたまとめ役な」
「え?」
「給料上げる」
「え?」
「その代わり、細かいところ見て」
売上。
在庫。
客の反応。
近隣店舗からの苦情。
従業員の勤務。
「全部俺まで持ってこんでええ。判断できるところは判断して。大きい話だけ俺に持ってきて」
「責任増えるんですけど」
「その分給料上げる言うてるやん」
「いくら?」
「そこは帳簿見ながら相談しよ」
「急に慎重ですね」
「金の話やからな」
博之は椅子にもたれる。
「店増やすんはおもろい。でも全部見るんは全然おもろないな」
エレナが横から笑った。
「それ、やっと気づいたんですか?」
「遅かったな」
横丁を一つ作った時には見えなかった。
店が増え。
地区を越え。
人との付き合いが増えるほど、商売は面倒になる。
「……これ、横丁もう一個作るなら、絶対俺が全部見たらあかんな」
「では、やめます?」
「いや」
博之は少しだけ笑った。
「それはそれで、作ってみたい」
「結局やるんですね」
「知らんけどな」
「またそれです」
隣の地区へ出した小さな一軒。
それはまだ支店と呼ぶほどのものではなかった。
だが博之にとっては初めて、自分の横丁の外へ商売を伸ばした店になった。




