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博之42歳。異世界13か月目。リクの薬草事業が始まる

 鑑定を終えてからというもの、リクはどうにも元気がなかった。

「……はあ」

「なんや、その顔」

「別に」

「泣きべそかいてるやん」

「泣いてへんわ!」

 商会の机に突っ伏していたリクが、勢いよく顔を上げる。

「まあ泣いてへんとしてもや。今から何したらええか分かってへんやろ?」

「……それは、まあ」

 採取。

 鑑定。

 ソラのように槍を持って、そのまま冒険者として稼ぐ道ではない。

 金貨一枚分の鑑定を受け、返済額は銀貨百十枚。

 数字だけ見れば不安になるのも無理はない。

 博之は向かいに座った。

「頭下げてお願いしてくれたら、おっちゃんがある程度だけ道筋作ったるけど、どうする?」

「なんで頭下げなあかんねん」

「嫌ならええで」

「……お願いします」

 リクが素直に頭を下げた。

「よし」

「嬉しそうやな!」

「こういうん一回やってみたかってん」

「性格悪っ」

 博之は笑いながら帳面を引き寄せる。

「ほなまず追加で銀貨十五枚、俺から借り」

「また借金増えるん!?」

「事業する銭や」

 鑑定分百十枚に、事業資金十五枚。

「合わせて百二十五枚やな」

「怖い数字言わんといて!」

「せやから稼ぐ仕組み作るんやろ」

 借用書を作り、ギルドにも預ける。

 口約束ではなく、何をいくら借りたのか残す。

「ほんで、この十五枚で何すると思う?」

「薬草買う?」

「半分正解」

 もちろんリク自身も、ギルドに採取依頼があれば受ければいい。

 だが一人で山や森を歩いて集められる量など知れている。

「地元のおっちゃん、おばちゃん、じいちゃん、それに子供らに採ってきてもらう」

「みんなに?」

「そう」

 商会の一角に、リク専用の買い取り窓口を作る。

『薬草買い取ります』

 そこへ持ってきてもらう。

「でも普通の草持ってくるやつ絶対おるで」

「そこでお前の鑑定やん」

「あ」

「採ってきたもんを一個ずつ見て、本物だけ買えばええ」

 熱冷ましに使える草。

 胃腸の薬になる草。

 傷薬。

 止血。

 毒消しの材料。

「お前が鑑定した段階で、『ちゃんと使える薬草だけ揃ってます』って状態になるやろ?」

「……なるな」

「それ、薬屋からしたら楽ちゃう?」

 知らない人間が適当に持ってくる草より、鑑定済みの薬草がまとまっている方が扱いやすい。

「薬問屋にも持っていけるし、うちに入ってる薬屋に卸してもええ」

「どっちに売るん?」

「高く買ってくれる方」

「そんな単純なん?」

「商売って大体そうやろ」

 博之は紙へ簡単に書いた。

 薬草を買い取る。

 まとめる。

 売る。

「売った金から、買い取りに使った金を引く」

「うん」

「運ぶ金とか袋代とかも引く」

「うん」

「残ったんが儲け」

「それくらいは分かるわ!」

「念のためや!」

 そこからリク自身の給金を取る。

「今まで店手伝ってた分考えたら、月銀貨六枚くらい自分の給料にしてええ」

「六枚も?」

「働いた分や」

 さらに利益から借金を返す。

 鑑定代。

 博之から借りた事業資金。

「毎月銀貨七枚くらい返せる形になったらええな」

「それでも残ったら?」

「事業の金として残せ」

「全部返さんの?」

「全部返して次の月に薬草買う銭なくなったらアホやろ」

「ああ……」

「商売は手元の銭なくしたら止まんねん」

 リクが徐々に真剣な顔になってきた。

「じゃあ、買う値段も俺が考えるん?」

「そう」

「売る先も?」

「そう」

「何の薬草が高いかも?」

「調べろ」

「全部やん!」

「全部答え教えたら、お前の事業ちゃうやろ」

 博之は笑う。

「最初だけ手伝ったる。あとは自分で考え」

「おっちゃん、急に厳しいな」

「責任者やからな」

「俺が?」

「お前が」

 いつか規模が大きくなれば、採取する人間を増やせばいい。

 子供たちに草の違いを教えることもできる。

 さらに薬屋だけでなく、ソラたち冒険者へ傷薬や毒消しを売る道もある。

「うちの商会でも売ったるしな」

「ほんまに?」

「場所代は取るかもしれんけど」

「取るんかい!」

「商会やから!」

 二人で笑った。

「ほんでな」

 博之は立ち上がる。

「お前がじいちゃんとか子供に『薬草採ってきて』言うても、最初は誰も信用せえへんやろ」

「……まあな」

「そこは俺が神父さんとこ行ってくる」

「教会?」

「子供らに、こういう仕事あるでって話してもらう」

 重い荷物は運べない。

 店で長時間働けない。

 そんな子供でも、近場の草を集めるくらいならできるかもしれない。

「お前はその間、ギルド行って採取場所聞いてこい」

「うん」

「採取依頼があるなら受けてもええ。自分でも現場見た方が草覚えるやろ」

「忙しいな」

「仕事やからな」

 リクはしばらく考えた。

 鑑定直後の暗い表情は、もう少し薄くなっていた。

「……分かった」

「おう」

「とりあえず騙されたと思ってやってみるわ」

「お前な」

「何?」

「俺、どんだけ信用ないねん」

「だっておっちゃん、毎回『知らんけど』って言うやん」

「それは責任逃れや」

「もっとあかんやん!」

 商会に笑い声が響く。

 槍を持ったソラとは違う。

 リクは薬草を集め、見分け、買い取り、売る。

 まだ小さな仕事でしかない。

 だが博之には、それが一つの店、一つの事業へ育つ姿が、なんとなく見え始めていた。

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