博之42歳異世界12か月目中盤。今度は甘いものを試す。ホットケーキ、ドーナツ。アイスクリームのトッピングをためす。
隣の地区から戻った翌日。
博之は商会の机に座りながら、昨日食べた甘い菓子のことばかり考えていた。
「……ホットケーキはできるな」
「もう始まりましたね」
エレナが呆れたように笑う。
「小麦粉、卵、牛乳、砂糖か蜂蜜。混ぜて焼いたら、それっぽくなるやろ」
「昨日食べただけですよね?」
「だいたい分かる」
「その自信どこから来るんです?」
「知らん」
何度か配合を変えて焼いてみる。
一枚目。
「固い」
二枚目。
「薄い」
三枚目。
「焦げた」
「全然分かってないじゃないですか」
「うるさい。試作とはこういうもんや」
それでも何度かやるうちに、柔らかく膨らんだものができた。
上から蜂蜜を少し。
「……おお」
ミサキが一口食べる。
「甘い!」
「うまい?」
「うまい!」
「ほな一個できた」
しかし博之の頭は、もう次へ行っている。
「ドーナツもいけるな」
「何です、それ」
「この生地、油で揚げたらええねん」
「また油」
「唐揚げ屋あるからな」
少し固めにした生地を丸くまとめ、真ん中に穴を開けて油へ落とす。
じゅわああ、と音がする。
「これほんまに菓子になるん?」
リクが怪しそうに見る。
「知らん」
「また知らん!」
狐色になったところで引き上げ、まだ熱いうちに砂糖をまぶす。
「ほれ」
リクがかじった。
「……うまっ」
「やろ?」
「外ちょっとカリッとして、中柔らかい」
「成功!」
「穴開ける意味あるん?」
「火通りやすいねん。たぶん」
「たぶん多いな、おっちゃん」
そこへセラとユーリも戻ってきた。
「なんか甘い匂いする」
「ちょうどええ。食ってみ」
セラがドーナツを受け取る。
「……これ好き」
「ほんま?」
「ビールより、今日はこっちやな」
「セラさんが酒より菓子選んだ!」
「どういう扱いやねん」
ユーリはホットケーキの方を食べていた。
「これ、果物乗せても良さそうですね」
「そうやねん」
博之が身を乗り出す。
「あと昨日の冷たい菓子な」
「アイスみたいなやつ?」
「そう」
作る方法までは分からない。
冷却箱はあるが、乳と砂糖を混ぜて凍らせれば同じものになるほど単純でもなさそうだ。
「せやから最初は買う」
「仕入れるんですか?」
「隣の地区から」
翌日、試しに少量だけ買ってきた。
値段は安くない。
「これをそのまま売ったら高なるな」
「じゃあどうするんです?」
「ちょっとだけ使う」
果物を潰し、牛乳と蜂蜜を混ぜた冷たいジュース。
その上に白いアイスを小さく一すくい。
「ほれ」
「……豪華になった」
さらに焼きたてのホットケーキの上にも、小さく一玉。
蜂蜜を垂らし、果物を添える。
「今日は試食な」
「無料?」
「無料。感想ちゃんと言うて」
横丁にいた常連たちへ配る。
「冷たっ!」
「甘いな」
「これ、パンみたいなやつ温かいやろ? 上の冷たいの溶けてうまいぞ」
「ジュースの方もええな。最後ちょっと甘いの残る」
博之は腕を組んで観察していた。
「ありやな」
「また店増やすんです?」
エレナが聞く。
「まだ増やさん。まず既存のジュース屋で出せる」
「ホットケーキは?」
「朝飯の店で昼以降に焼いてもええな」
「ドーナツは?」
「持って帰れる」
「全部売る気じゃないですか」
「売れそうなんやもん!」
笑いが起きた。
そして甘味とは別に、隣の地区で仕入れてきたものがもう一つあった。
「これも置くで」
運ばれてきたのは、人の形をした簡素な木製の人形だった。
「何ですか、これ」
「マネキン」
「まねきん?」
「服着せて飾る人形」
丈夫な仕事着を着せて、横丁の一角に立たせる。
上着。
ズボン。
腰紐。
隣には色違いの布見本。
『丈夫な仕事着 注文受付』
「おお」
エレナが感心する。
「着た感じ分かりやすいですね」
「服だけ畳んで置いても分からんやろ?」
「ただ……」
「何?」
「ちょっと怖いです」
「夜見たら俺もびびると思う」
その日の夕方には、さっそく何人かが足を止めた。
「これなんぼ?」
「注文まとめてから仕入れる。人数増えたら少し安くなるで」
「同じ服になるん?」
「色は何種類かに分ける。全員同じにしたら囚人みたいやから嫌や」
「誰もそこまで思わんやろ」
また笑われた。
甘いもの。
仕事着。
新しい見本。
博之自身、何屋なのかよく分からなくなってきている。
「でもまあ」
ホットケーキの上で少しずつ溶けていくアイスを見ながら、博之は嬉しそうに言った。
「こういうん一個ずつ試して、客が喜んでくれるんがおもろいねん」
「結局、それなんですね」
「せやな」
無一文で薪を割っていた頃には、甘い菓子を考えて人へ試食させる日が来るなど、
想像もしていなかった。
「次はアイス、自分らで作られへんか聞いてみよかな」
「また始まりました」
「いや、仕入れ高いねん!」
おっちゃんの隠れ家商会では、今日もまた一つ、博之の「ちょっとやってみよ」が増えていた。




