博之42歳。異世界12か月目。おっちゃんの隠れ家横丁。新しいものがまた増えていく
おっちゃんの隠れ家商会が動き始めると、博之はさっそく今まで思いついていたものを、
一つずつ形にし始めた。
「まず餃子やな」
「また増やすんですか?」
エレナが笑う。
「増やすいうても、生餃子売るだけの店や」
これまでの餃子屋は、その場で焼いて酒と一緒に出す店だった。
そこから、生餃子を売る場所だけ別にする。
「包むところまでこっちでやる。客は持って帰って家で焼く」
「焼く人いらないですね」
「せやろ? 売るだけやったら一人でいける」
そこで、近所のおばちゃん一人に任せることにした。
「銭受け取って、数えて渡すだけ。分からんことあったら隣呼んで」
「それなら私でもできますよ」
「頼むわ」
これが意外によく売れた。
「今日の晩飯、これでええわ」
「子供らも餃子好きやしな」
「油引いて焼くだけやろ?」
飯を一から作らなくていい。
しかも店で焼いたものより少し安い。
博之が考えていた以上に、家で飯を作る者たちに受けた。
「なるほどなあ。料理そのものより、手間売ってる感じやな」
「また何か思いつきました?」
「今はまだ言わん」
「絶対考えてる」
朝営業も少しずつ広がった。
サンドイッチと果物の飲み物だけではなく、一軒だけ早朝から煮込み屋を開ける。
パンと温かいスープ。
銅貨五枚。
「朝から食べてく人おるかな」
博之は少し心配していたが。
「おっちゃん、今日もあるか?」
「あるで」
来たのは港へ行く若者だけではなかった。
近所の老人たちである。
「家で作んの面倒やねん」
「銅貨五枚やったらここで食うわ」
「どうせ朝から暇やしな」
パンをちぎり、スープに浸しながら、道路沿いの長机でだらだら話す。
「最近腰痛いわ」
「知らんがな」
「昨日向こうの酒場でな」
博之は少し離れてそれを見る。
「……朝から老人会できてるやん」
エレナが笑った。
「いいじゃないですか」
「まあ売上にはなるけど」
もちろん雨の日は客足が落ちる。
それでも晴れた日は、思った以上に席が埋まった。
そして魚のつみれ。
小魚をすり潰し、歯ごたえのある野菜の茎を刻んで混ぜ、平たくして油で揚げる。
「これ何や?」
「食ってみ」
「魚?」
「たぶん」
「作った本人がたぶん言うな」
最初は恐る恐るだった。
だが試食を出してみると、
「あ、これええな」
「思ったより重くない」
「酒のつまみにちょうどええぞ」
醤油に似た調味料を少しつける。
するとビールを飲んでいた客が、もう一枚と手を伸ばした。
「ほら売れた」
「嬉しそうですね」
「新商品当たると嬉しいねん」
さらに博之が試していたのが、肉の端切れを使った料理だった。
鶏や豚の細かな肉。
野菜の切れ端。
卵。
小麦粉。
それらを混ぜて平たく固め、鉄板でじっくり焼く。
「……形悪いな」
「おっちゃん、それ売るん?」
「味が良かったら売れる!」
何度か配合を変える。
肉を増やす。
野菜を細かくする。
小麦を減らす。
焼いた後に残った肉汁へトマトを煮詰めたものと調味料を入れ、濃いめのソースにする。
「これやな」
皿へ大きめに一枚。
ソースをたっぷり。
横にパン。
「銅貨七枚」
「結構量ありますね」
「端肉使ってるからな」
客が切って食べる。
「おお」
「どう?」
「肉食うた感あるわ」
「やろ?」
さらにパンをソースへ押しつける。
「この汁うまいな」
「そこまで全部食え」
「パン追加!」
果物と牛乳の飲み物を付ければ銅貨十枚。
これも意外に売れた。
「一食としてちゃんとしてるな」
「腹いっぱいなる」
博之は横丁を見回す。
餃子。
生餃子。
唐揚げ。
豚の一口揚げ。
スープ。
サンドイッチ。
魚の揚げつみれ。
肉の寄せ焼き。
ジュース。
酒。
「なんか、毎日違うもん食えるようになってきたな」
「だから皆さん回ってるんでしょうね」
エレナの言う通りだった。
今日は餃子。
明日は揚げ物。
次の日は肉の寄せ焼き。
新しいもの好きの客が別の店を覗き、それを見た別の客がまた寄ってくる。
「人が人呼んでるなあ」
商会としては悪くない流れだった。
ただし。
「……あれ?」
ある日の昼。
博之が商会へ戻ると、帳簿係の男が机に突っ伏していた。
「何してんの?」
「休憩です」
「顔赤いやん」
「ビールを少々」
横を見る。
空になった杯が三つ。
「三杯飲んどるやないか!」
「仕事は終わってます」
「終わってへん! 夕方の集計あるやろ!」
「あとでやります」
「お前、勤務中ビール一杯まで!」
「ええー」
「ええーちゃうわ!」
無口な女性がジュースを飲みながら小さく言う。
「前から言おうと思ってました」
「もっと早く言うて!」
「言いにくかったので」
三人目が笑う。
「代表、緩すぎたんですよ」
「俺も今そう思った!」
博之は額を押さえた。
「休むのはええ。昼寝もええ。飯も食え。ただ酒だけは別や。一杯まで!」
「分かりました……」
「ほんまやな?」
「はい」
「夜、仕事終わったら飲んでええから」
「じゃあ頑張ります」
「結局ビールなんかい!」
商会になっても、相変わらず締まっているのか緩いのか分からない。
それでも店は増え、料理は増え、客も増えている。
おっちゃんの隠れ家商会は、今日も少しずつ、自分たちなりの形を作り始めていた。




