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博之42歳。異世界12か月目。おっちゃんの隠れ家商会始動

 異世界に来て十二か月目。

 ようやく看板が掛かった。

『おっちゃんの隠れ家商会』

「……ほんまにこの名前で商会になってもうたな」

「今さらですか?」

 エレナに言われ、博之は苦笑した。

 新しく入った三人も机につき、今日から本格的に帳簿を触り始める。

「まずこれな」

 博之は今まで自分で付けていた帳面を、どさりと机に置いた。

「過去の売上とか仕入れとか。一応俺なりに書いてるけど、自分らがやりやすい形に変えてくれて

 ええから」

「全部ですか?」

「全部」

「量ありますね……」

「せやから雇ったんやんけ」

 十一か月目末までの数字も出ていた。

 直近では半月で銀貨三十枚ほどの利益。

 商会立ち上げに銀貨四十五枚を払い、それでも現在の手元は銀貨四十五枚ほどある。

「ただな、ここから固定費が重い」

 博之は指を折った。

「商会の建物。倉庫。ほんで三人の給料が銀貨七枚ずつで二十一枚」

「飯も付きますね」

「そう。まあ全部合わせたら、今までみたいには残らん」

 月銀貨六十枚ほど利益が出ても、商会を維持する費用が増える。

「うまいこと回って、月銀貨二十枚くらい残ったらええかなと思ってる」

「十分じゃないですか?」

「俺、借金も設備投資もあるからなあ」

 そう言いながら、博之の顔はむしろ楽しそうだった。

「せやから俺も考えてんねん。次」

「もうですか?」

「もうや」

 まず一つ。

「朝飯」

「もうサンドイッチ売ってますよね?」

「それとは別」

 煮込み屋を一軒だけ朝開ける。

 パンと温かいスープ。

「銅貨五枚」

「安いですね」

「朝から重たいもん食いたない人もおるやろ。パンちぎってスープ飲んで仕事行く。これでええねん」

 二つ目。

「生餃子売る」

 三人が止まった。

「……焼かないんですか?」

「焼かへん」

「なんで?」

「家で焼いてもらう」

 博之は楽しそうに説明する。

「こっちで包むところまでやる。家で油ちょんと引いて焼いたら、焼きたて食えるやろ?」

「なるほど」

「お母さんらも一から飯作るより楽や。こっちも焼く手間ないから、店で出す餃子より安く売れる」

「持ち帰りですね」

「そうそう。夜飯のおかずや」

 三つ目。

「魚」

「次は何するんです?」

「小魚のつみれあるやろ?」

 それを丸めるのではなく、平べったくする。

 中には歯ごたえのある野菜の茎を細かく刻んで混ぜる。

「それ油で揚げる」

「また揚げる」

「油あるから使わな損やろ」

 醤油に似た調味料を少し付ける。

「絶対うまいと思うねん」

「まだ食べてないですよね?」

「頭の中ではうまい」

「危ないやつですね」

「試すからええねん!」

 そして四つ目。

「これが一番俺の検証」

 鶏や豚を大量に仕入れると、どうしても形の悪い端肉が出る。

 野菜にも切れ端が出る。

「それ全部細かくする」

 肉と野菜。

 卵。

 小麦粉を少し。

 それを混ぜて、ぺったんぺったんと丸く固める。

「焼く」

「肉の塊みたいに?」

「そう。ステーキほど立派ちゃう。でも肉食ってる感は出るやろ」

 焼いた後の肉汁に、トマトを煮詰めたものや調味料を足してソースにする。

「これな」

 博之がニヤリとした。

「今まで安く売るか、煮込みに入れるしかなかった端切れが商品になる」

 新入りの一人が帳面を見ながら言った。

「それ、うまくいけば利益率かなり高いですよ」

「やろ?」

「味さえ良ければ」

「そこ余計や!」

 笑い声が起こった。

「ほんで、お前らに一番見てほしいんは仕入れや」

 これまでは各店がかなりバラバラに材料を買っていた。

「鶏をこっちで買って、豚をあっちで買って、野菜は店ごとに買うとかやってるから、

 絶対無駄あるねん」

「倉庫に一度集めます?」

「そのつもり」

 まとめて買う。

 倉庫で受ける。

 必要な量だけ各店へ出す。

「一か月やってみて、仕入れ値が何枚下がったか見せてほしい」

「注文多くないです?」

「多い?」

「初日ですよ」

「……まあ、休み休みやって」

 博之は奥の部屋を指差した。

「ちゃんと寝台三つ入れたから」

「本当に入れたんですか」

「言うたやろ。仮眠室」

「仕事増やした直後に寝ろって言う商会、初めてです」

「人間ずっと集中できへんからな」

 博之は胸を張った。

「数字締める時だけちゃんと締めて。間違ったら書いといて。分からんかったら聞いて。疲れたら寝ろ」

「代表が一番自由ですね」

「俺は料理考えなあかんから忙しいねん」

「今四つ増えましたもんね」

「思いついてもうたからしゃあない」

 エレナが呆れながらも笑っていた。

 商会になったからといって、急に立派な会社になるわけではない。

 飯を考え。

 試して。

 失敗したらやめる。

 売れたら残す。

 その裏側の数字だけを、今度は誰かに支えてもらう。

「まあ、こんな感じでやってみよ」

 博之は新しい商会を見回した。

「俺一人でやらんでよくなった分、また変な飯いっぱい考えるから」

「それ、一番怖いですね」

「なんでやねん!」

 十二か月目。

 おっちゃんの隠れ家は、飯屋の集まりから、とうとう小さな商会として動き始めた。

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