博之42歳異世界11か月。朝食のサンドイッチと朝の持ち帰り飲み物
朝向けの揚げ物サンドを考えていた博之は、ふと横に置かれた果物を見た。
「……飲み物もいるな」
「また始まりましたね」
エレナが笑う。
「いやいや、朝飯にパンだけやったら喉渇くやろ」
傷物の果物を潰した果汁。
そこへ冷たいミルクを加え、少し蜂蜜を入れる。
二台目の冷却箱が入ってから、朝でも冷たい飲み物を出しやすくなっている。
「これ一緒に持って仕事行けたらええやん」
「持っていくって、何に入れるんです?」
「そこやねん」
博之は考えた。
「一回使って捨てられるようなコップない?」
「ないですよ」
「ないかあ」
「普通は陶器か木か、ガラスですね。ガラスは高いですけど」
「そらそうやな」
紙のコップなど期待する方がおかしい。
しかし、だからといって諦める博之ではない。
「……ほな、陶器ごと売ったらええやん」
「え?」
「飲み物入れて、銅貨十枚」
「高すぎません?」
「違う違う。最後まで聞いて」
博之は指を六本立てた。
「コップ返してくれたら銅貨六枚返す」
「……ああ」
「せやから実質、飲み物は銅貨四枚」
客が自分のコップを持ってくれば、最初から銅貨四枚。
こちらの陶器を使う場合は十枚預かり、返却時に六枚返す。
「捨てんと持って帰ってきてくれたら、洗ってまた使えるやろ」
「なるほど」
「うちで決めた大きさのコップにしたら、量も毎回同じになる」
エレナが感心したように頷く。
「それなら売上の計算もしやすいですね」
「せやろ?」
「でも、返ってこなかったら?」
「その時は六枚でコップ売ったと思えばええ」
「商魂たくましいですね」
「生きる知恵と言うて」
翌朝。
試しに十個ほど陶器のコップを用意した。
揚げた鶏を挟んだパン。
豚の揚げ物を挟んだパン。
そして横には、冷たい果物とミルクの飲み物。
『持ち帰り 銅貨十枚
器を返せば 銅貨六枚返します
器持参 銅貨四枚』
札を出してみる。
「……ほんまに売れるん?」
リクが疑わしそうに見る。
「知らん」
「知らんの!?」
「せやから試すんや」
最初に買ったのは、港へ向かう荷運びの男だった。
「これ持っていけるんか?」
「いけるで。飲み終わったら、帰りにコップ持ってきて」
「そしたら六枚返る?」
「そう」
「ほな一つ」
男は揚げ物サンドと一緒に受け取り、その場で一口飲んだ。
「おお。冷てえ」
「朝からええやろ?」
「これええな」
その翌日。
同じ男が陶器を持って戻ってきた。
「ほれ」
「ほんまに返してきた」
「六枚返せや」
「分かっとるわ!」
それを見ていた別の男も買う。
また一人。
数日すると、自分の木杯や陶器を持参する客まで現れた。
「俺これに入れてくれ」
「はい、四枚」
「昨日のやつな」
「果物とミルク?」
「それそれ」
意外に売れた。
「……なんで?」
博之本人が一番驚いている。
「始めた人が言います?」
エレナが笑った。
半月ほど経つ頃には、朝の横丁に小さな習慣ができていた。
揚げ物サンドを買う。
冷たい果物の飲み物を受け取る。
そのまま港へ仕事に向かう。
「おっちゃん」
いつもの荷運びの男が言った。
「これな、馬鹿にできへんぞ」
「何が?」
「朝から冷たいの飲んで、肉入ったパン食って仕事行くやろ」
「うん」
「なんか今日も働くかって気になる」
「そこまで?」
「自分へのご褒美みたいなもんや」
博之は少し嬉しくなった。
「……そういう売れ方か」
単に喉が渇くから買うのではない。
仕事へ向かう朝に、少しだけうまいものを買う。
「それええな」
また博之の目が動き始めた。
「紅茶みたいなんもないかな」
「ありますよ」
「高い?」
「物によります」
「もっと安く出せる飲み物欲しいな。銅貨二枚とか」
「また増やすんです?」
「朝から毎日果物ミルク四枚は高い人もおるやろ」
温かい茶。
冷ました茶。
香草を使った飲み物。
「あと、水筒みたいなんない?」
「水筒?」
「蓋できて持ち歩ける器」
「ああ、小さな陶器の瓶や木の容器ならありますね」
「それ買うた人には朝入れてあげてもええな」
家で湯を沸かして、茶を作って、容器を洗って。
毎朝それをやるのは面倒な人間もいる。
「ここ来て銅貨二枚、三枚払ったら入れてもらえる。それ、楽ちゃう?」
「……ありかもしれませんね」
「やろ?」
博之は少し嬉しそうに笑った。
「こういう小さい思いつきが当たると、めっちゃ嬉しいねん」
「また悪い癖が出ましたね」
「何が?」
「ちょっとやってみよう、ってやつです」
「ええやん。たまに当たるから」
「たまにですか」
「そこは言わんでええ」
朝飯。
持ち帰りのサンド。
冷たい果物の飲み物。
返せば銭の戻る陶器のコップ。
横丁は夜に酒を飲む場所だけでなく、少しずつ、働きに出る人間の朝にも入り込み始めていた。




