博之42歳異世界11か月。人を雇うのが一番難しい。商館を探しながら色々面接
商会を作ると決めても、翌日から急に何かが変わるわけではない。
博之は昼前になると、いつものように横丁へ顔を出していた。
「油、昨日より黒なるの早いな」
「鶏の方ですか?」
「せやな。今日は早めに替えよ。味落ちたら客すぐ分かるから」
自分で一日中鍋を振ることは、ずいぶん減った。
新しい料理を試す時は自分で触る。
唐揚げや豚の揚げ物も、衣の具合や揚がり方は見る。
だが普段は各店を巡り、
「こっちパン足りてる?」
「ビール二箱目から出してええで」
「夕方用の鶏、下味つけといて」
と声をかけて回ることの方が多くなった。
「俺、料理人というより巡回するおっさんになってきたな」
エレナが笑った。
「それだけ店が増えたんですよ」
「問題は朝やねんなあ」
博之は、豚の揚げ物と葉野菜を挟んだパンを見る。
最近、港へ仕事に向かう者がこれを朝に欲しがる。
「パンと揚げ物のサンドだけ、朝売りたい」
「今の人員だと厳しいですね」
「せやろ?」
仕込みをする者まで朝売り場に立たせれば、昼から疲れる。
「ここは朝だけ働ける人を別で雇う方がええか」
パンを受け取り、肉を挟み、包んで銭を受け取る。
難しい調理はさせない。
「朝だけなら働きたい人、おるかもしれんな」
「子供がいる女性なんかも来るかもしれませんね」
「ああ。それええな」
また一つ募集の札を出すことになった。
だが、その日の博之の仕事はそれだけではない。
夕方。
ギルドから紹介された職員と一緒に物件を見て回った。
「こちらはいかがでしょう」
「うーん……」
二階建て。
一階の前側に小さな受付。
奥には荷物を置けそうな部屋。
二階には四部屋。
「広さはええねんけど、横丁からちょっと遠いな」
次。
「こっちは近いです」
「倉庫狭っ」
「その分、家賃は安いですよ」
「油と酒置いたら終わるやん」
三軒目。
「おお、これはええな」
一階奥にそれなりの倉庫。
前側には机を三つほど置けそうだった。
二階も数部屋ある。
「これくらいが理想やなあ」
「ただし家賃は少し高くなります」
「……やっぱり?」
世の中うまくできている。
良いものは高い。
「難しいなあ」
ぶつぶつ言いながら横丁へ戻る。
そして夜。
今度は経理ができるという人間との面接だった。
「月銀貨五枚程度を考えてまして」
そう言うと、向かいの男が鼻で笑った。
「この規模の商売でしょう? 銀貨十枚は頂かないと」
「十枚?」
「私は商家で七年帳簿を付けていますので」
「なるほどなあ」
確かに能力はありそうだった。
だが。
「それと私は食堂の人間とは業務を分けていただきたい。銭勘定する者が給仕などと
一緒に扱われるのは困ります」
「……ああ、そうですか」
面接が終わる。
男が帰ったあと、博之は頭をかいた。
「能力以前に、あの人うち無理ちゃう?」
エレナが苦笑する。
「少し偉そうでしたね」
「うち、皿洗ってる子供も冒険者もおばちゃんも一緒に飯食う横丁やからなあ」
帳簿だけ正確ならいい、という話でもない。
「しかも銀貨十枚か」
「高いですね」
「月十枚払うなら、めちゃくちゃ仕事してもらわな採算合わんぞ」
そこで博之は考えた。
「面接のやり方変えよか」
「どうするんです?」
「最初から机挟んで話すから分からんねん」
横丁へ飯を食いに来てもらう。
まかないを食べてもらう。
エレナやミサキ、リクと話してもらう。
「その上で、ここで働きたいか考えてもらった方がええんちゃう?」
「こちらも、その人を見られますね」
「そうそう」
給金も銀貨だけではない。
「月銀貨五枚。それに毎日の飯付き。酒は……仕事終わり一杯くらいならええか」
「そこまで付けます?」
「うち飯屋やぞ。飯の原価なんか知れてる」
ミサキが横から口を挟む。
「私も面接するん?」
「面接いうか、普通にしゃべっといて」
「何見るん?」
「お前らに偉そうにせえへんか」
「そこ!?」
「大事やぞ」
リクも笑う。
「じゃあ俺、変なこと聞いてええ?」
「ほどほどにしろ」
さらに冒険者組が帰ってきた日なら、セラやユーリ、ソラにも同じ席についてもらえばいい。
「いろんな人と普通に話せるか見たいねん」
セラが唐揚げをつまみながら言った。
「商会の経理を冒険者が面接するん?」
「面接ちゃう。飯食うだけ」
「絶対見てるやん」
「そら見るよ」
博之は笑った。
帳簿を付ける技術。
計算。
信用。
それはもちろん大事だ。
だが、毎日顔を合わせる人間なら、それだけでは困る。
「うちは高級商会ちゃうからな」
「じゃあ何なん?」
ソラが聞く。
博之は横丁を見回した。
港の労働者がビールを飲み、子供が皿を運び、冒険者が餃子をつまんでいる。
「……よう分からん」
「分からんのかい!」
「でも、ここに馴染める人がええわ」
物件もまだ。
経理担当もまだ。
商会の名前すら決まっていない。
それでも博之は少しずつ、自分一人で抱え込まない仕組みを作り始めていた。
店を増やすより、人を選ぶ方が難しい。
十一か月目になって、博之はようやくそれを実感し始めていた。




