博之42歳異世界10か月目の末日。とうとう金貨一枚が見えてくる。ギルドで鑑定の金貨1枚借りれるか?
異世界に来て十か月目の末日。
博之は帳面を閉じて、しばらく銀貨の山を眺めていた。
「……手元、銀貨五十枚か」
「増えましたねえ」
エレナが笑う。
「ギルドに預けてんのが銀貨十五枚。店増やして、給料払って、油買って、それでも五十枚残った」
煮込みから始まった店は、餃子、麺、唐揚げ、豚の揚げ物、パン、ジュースまで増えている。
その分、売上も随分大きくなった。
「でもな」
「また何か欲しいんですか?」
「冷却箱」
「やっぱり!」
「ビール売れんねんもん!」
今ある一台は、ビール、ワイン、果物、牛乳でぎゅうぎゅうだ。
「もう一台いる。これは絶対いる」
「また銀貨十枚ですか?」
「そこは後で考える」
横ではユーリが冷却箱の魔石へ手を当てていた。
「はい。今日はこれで大丈夫です」
「ありがとうな。ほんま助かってるわ」
博之は銀貨一枚を渡す。
「また?」
「仕事してもろてるからな」
「まだダンジョンにも戻れてないのに」
「せやからや。リハビリ中の生活費にしてもええし、借金返す方に回してもええ。好きにして」
「……ありがとうございます」
「ほな」
博之が立ち上がる。
「ソラ、リク、ミサキ」
「何?」
「三人ともついてこい」
「どこ行くん?」
「ギルド」
三人が一瞬黙った。
すぐに意味を理解した。
「もしかして!」
「まだ期待すんな」
「鑑定!?」
「期待すんな言うてるやろ!」
博之は笑いながら、セラとユーリにも声をかけた。
「二人も来てもらえる?」
「いいよ」
「私も?」
「もし前衛向きの適性出たら、この二人と組んでもらいたいからな」
ギルドへ着くと、博之は受付の前へ座った。
「今日は借金の相談です」
「またですか」
「なんで笑うんです?」
「博之さんですので」
「完全に借金する人やと思われてるやん」
帳簿を開いてもらう。
「現在、預り金は銀貨十五枚ですね」
「はい。手元は銀貨五十枚ほどあります」
「ユーリさんの治療分が返済総額銀貨九十枚」
「はい」
「エレナさんの治療分も残り銀貨二十七枚」
「あります」
「それでも新規のお借り入れを?」
「金貨一枚」
受付の手が止まった。
子供たちも静かになる。
「何に使われます?」
「この子らの鑑定」
「三人全員?」
「いや、まず一人」
金貨一枚。
銀貨百枚。
「俺が全部払ったら店の運転資金なくなるんで、今の信用でどこまで借りられるんかなと思って」
受付はしばらく帳面を確認した。
セラの治療費は完済。
冷却魔道具も完済。
店は継続して黒字。
預金も増えている。
「少々お待ちください」
奥で相談が始まる。
「おっちゃん」
ソラが小声で言う。
「無理やったらええで」
「まだ何も言われてへん」
「俺、自分の銭も出せるし」
「生活費は置いとけ言うたやろ」
「でも――」
「まあ待て」
しばらくして受付が戻ってきた。
「条件付きですが」
「はい」
「追加で金貨一枚と銀貨二十枚までなら融資可能です」
「……ほんま?」
三人が息を呑む。
「ただし、預り金を銀貨二十五枚まで増やしてください」
「あと十枚入れろと」
「はい。また現在の営業利益から見て、返済期間は一年以内を想定します」
博之は考えた。
手元五十枚。
そこから十枚預けても四十枚残る。
店の運転資金としては十分だ。
「いけるな」
「おっちゃん!」
「待て待て」
博之は三人を見る。
「一人だけやで」
「誰?」
「ソラかリク」
「えー!」
ミサキが声を上げる。
「私は!?」
「今回は前衛候補が欲しいねん」
セラが補足する。
「私が弓、ユーリが魔法。前で敵を止めてくれる人がいたら、かなり動きやすくなる」
「もちろん」
博之は言った。
「鑑定して剣も盾も向いてへんかったら、それはそれや」
「じゃあ冒険者無理?」
「何言うてんねん」
博之は笑った。
「商売向きなら店やったらええ。採取なら採取。何が出ても、その使い道考えたらええねん」
リクが恐る恐る聞く。
「鑑定代、返すん?」
「稼げるようになったらな」
「全部?」
「全部一気に返せとは言わへん」
少しずつ。
生活できる分は残す。
そのうえで返してもらう。
「そしたらその金で、次のやつ鑑定できるやろ」
ミサキが目を輝かせた。
「私にも回ってくる?」
「そのつもりや」
「絶対?」
「絶対言うな。商売に絶対はない」
「そこだけ急に大人やな」
セラが笑った。
博之はもう一度受付を見る。
「ほな、銀貨十枚追加で預けます」
「承知しました」
金貨一枚。
十か月前、銅貨数枚すら持っていなかった男が。
とうとう一人の子供の未来を調べるために、金貨一枚を動かそうとしている。
「……なんか、ほんまにここまで来たな」
「おっちゃん?」
「いや、何でもない」
博之は三人を見る。
「ほな、ソラとリク」
「うん!」
「どっちが先に受けるか、喧嘩せず決めよか」
「そこから!?」
横でセラとユーリが笑った。
金貨一枚の鑑定。
それは横丁にとって、飯屋をもう一軒増やすよりずっと大きな、新しい一歩になろうとしていた。




