博之42歳異世界10か月目。揚げ物が新しい名物になる
唐揚げと豚の揚げ物を本格的に出すことを決めた博之は、翌朝からエレナを呼んだ。
「エレナさん、ちょっとしばらくこっち気にしてくれへん?」
「餃子は?」
「包むところは他の人にも覚えてもらお。焼きはできる人限られるけど、
包むだけなら教えたらできるやろ」
「また仕事増やすんですね」
「立ち上げだけやって」
鶏肉を下味につける。
豚肉を切る。
衣をつける。
油の温度を見る。
新しい店を二つ増やす以上、最初だけは経験のある人間が必要だった。
「エレナさん、しばらく休み取りにくくなるかもしれん」
「いいですよ」
「いや、その分はちょっと給金多めに出すから」
「別にそこまでしなくても。私も今、こういうの楽しいですし」
「……ありがとうな」
「もう、しょうがないですね」
エレナは笑った。
その話を聞いたソラ、リク、ミサキまでやる気になった。
「俺も手伝うで!」
「私、皿運ぶ!」
「野菜切る!」
「いやいや、お前ら」
博之が止める。
「あんま期待すんなよ」
「何を?」
「鑑定や。これうまくいって、銭がちゃんと残ったらの話やからな」
三人の顔が少しだけ真面目になる。
「期待させといて、やっぱ無理でしたは俺も嫌やねん」
「分かってるって」
「ならええけど」
そう言いながらも、博之自身には手応えがあった。
唐揚げを油へ落とす。
じゅわああ、と音がする。
隣ではパン粉をまとった豚肉。
こちらも香ばしい匂いが横丁へ流れていく。
「おっちゃん! 鶏二つ!」
「豚もくれ!」
「ビール!」
「はいはい!」
特に酒を飲む客への売れ方が凄かった。
「これあかんな」
常連のおっちゃんが唐揚げを食いながら言う。
「何が?」
「ビール止まらん」
「狙い通りや」
「性格悪いなあ」
「商売や!」
ただ、博之はまだ満足していない。
「ソースやなあ」
「まだ言ってるんですか?」
「豚は絶対もうちょい合う味ある」
トマト。
酢に似た酸味。
蜂蜜。
香辛料。
魚醤に近い調味料。
少しずつ配合を変える。
「昨日よりうまい」
「でもまだちゃう」
「職人めんどくさ!」
「うるさい!」
そんな横で、意外なものまで売れ始めていた。
「パン、またなくなったで」
「え?」
自分たちで焼いているわけではない。
市場のパン屋からまとめて仕入れ、横丁で売っているだけだ。
ところが唐揚げや豚揚げと組み合わせるようになってから、減り方が明らかに早い。
葉野菜。
揚げた肉。
試作のソース。
それをパンに挟む。
「これ二つ包んで」
「朝持ってくん?」
「港で昼に食う」
「ああ」
博之は頷いた。
「持ち帰り需要あるんやな」
朝、仕事へ向かう途中で買う者。
昼前に買っていく者。
「営業時間ちょっと考えなあかんなあ」
「朝から開けます?」
「急には無理。仕込みする人もいるし、パンの仕入れもある」
また考えることが増えた。
その様子を見ていたエレナが笑う。
「博之さん」
「ん?」
「もう商会にした方がいいんじゃないですか?」
「商会?」
「店ごとに肉買って、野菜買って、小麦買ってってするより、まとめて仕入れた方が
安くなるでしょう?」
「……せやねんな」
博之も最近それを感じていた。
帳面が増えすぎた。
店ごとの売上。
給金。
仕入れ。
家賃。
横丁代。
ジュース。
酒。
行商人からの金。
「俺も帳面ばっかり見るの、ちょっとしんどなってきた」
「誰か雇います?」
「銭勘定ちゃんとできる人欲しいな」
「ちょろまかさない人ですね」
「それ最重要」
皆が笑った。
唐揚げと豚揚げは、その後も順調に売れた。
パンに挟んだ持ち帰り用も定着し始める。
「これ、いけんちゃうか」
博之が揚げ場の前で呟いた。
煮込み。
餃子。
スパゲッティ。
冷たい酒。
果物の飲み物。
そして揚げ物。
横丁に、また新しい名物ができた。
そんなある日。
「博之さん」
「ん?」
見覚えのある神父が、ふらりと横丁へ入ってきた。
「また面白いことを始めたと聞きまして」
「なんでそんな情報早いんですか」
「情報を見に来ただけですよ」
「寄付取りに来たんちゃうん?」
「今日は違います」
博之は疑いながら銀貨一枚を出した。
「とりあえずこれで勘弁してください」
「だから今日は取りに来てませんって!」
「まあまあ。教会には世話になってるんで」
神父は苦笑しながら銀貨を受け取った。
「では、ありがたく」
「ほら受け取るんやん」
「頂けるものは頂きます」
周囲が笑う。
「飯食っていってくださいよ」
「いいんですか?」
「唐揚げと豚、どっち?」
「では両方」
「神父さん欲張りやな」
「博之さんに言われたくありません」
冷たい果実の飲み物まで置かれ、神父は周囲を見回した。
家族。
港湾労働者。
冒険者。
黄色い布を巻いた手伝い。
料理を運ぶ子供。
「……本当に、すごい場所になりましたね」
「俺もよう分からんようになってきました」
「最初は飯屋だったのでしょう?」
「今もそのつもりです」
「もう誰もそう思っていないかもしれませんよ」
「やめてくださいよ」
博之は笑った。
「で、最近町でなんか面白い話ないです?」
「ほら。もう商人の顔ですよ」
「飯の種になるかもしれへんやん」
神父は呆れ、周囲も笑う。
十か月目。
おっちゃんの隠れ家横丁は、もはや誰かが新しい話を持ち込んでくる場所にまでなり始めていた。




