博之42歳異世界10か月目。今度は揚げ物。ビールと絶対合うはず。鶏のから揚げと一口トンカツ。
十か月目、今度は揚げ物
十か月目も半ばになった。
博之は朝から帳面を広げ、銭を数えていた。
「……手元、銀貨三十九枚くらいか」
「結構ありますね」
エレナが横から覗く。
「あるように見えるやろ?」
「違うんですか?」
「ユーリさんの銀貨九十枚とか、エレナさんの治療費とか考えたら、借金もでかいねん」
「私のはちゃんと返しますから」
「まあ、ぼちぼちでええよ」
ギルドには別に銀貨十五枚を預けている。
以前の自分なら信じられない額だった。
だが博之の頭は、貯まった銀貨より別のことでいっぱいだった。
「……油やな」
「今度は何です?」
「揚げ物」
市場で油を見る。
安くはない。
大量に使うなら、今までの煮込みより原価は上がる。
「でも絶対うまいねん」
横丁へ戻ると、大鍋に油を張った。
まず親鶏。
肉は少し硬い。
だから小さめに切り、塩、胡椒に似た香辛料、それに醤油に近い調味液で下味をつける。
「しばらく置く」
「そのまま焼かないんですか?」
「今日は焼かへん」
小麦粉を水で溶き、鶏肉へ薄くまとわせる。
そして熱した油へ。
じゅわああああ。
「おお」
周囲にいた子供たちが一斉に振り返る。
「めっちゃええ匂い!」
「まだや。触んなよ」
表面がきつね色になったところで引き上げる。
一つ割る。
湯気。
「ほれ」
セラが食べる。
「……うまっ」
「やろ?」
「ビール!」
「早い!」
次は豚肉だった。
一口大に切り、塩と香辛料。
溶いた卵へくぐらせ、その上から乾いたパンを砕いた粉をまぶす。
「パン粉?」
「せやな」
「それも油?」
「そう」
別の鍋へ落とす。
こちらも、じゅううう、と激しい音。
揚げたてを切ると、衣はさくり。
中から肉汁が出た。
「これもええな」
博之が一口食べる。
「でもソース欲しいな」
「十分おいしいですよ」
「いや、もう一工夫できる」
「職人うるさっ」
リクが言った。
「うるさいわ!」
「十分うまいって!」
「こういうところで妥協したらあかんねん」
トマトを煮詰めるか。
酸味を少し足すか。
香辛料。
甘み。
魚醤もほんの少しならありかもしれない。
「おっちゃん、どんだけ職人気質なん」
「その職人がうるさいから、お前ら安くてうまいもん食えてんねんぞ」
すると皆が揃って頭を下げた。
「ありがとうございます」
「急に素直になるな!」
笑いが起こる。
その横では常連のおっちゃんが、揚げた鶏を食いながら冷たいビールを飲んでいた。
「……これあかんぞ」
「何が?」
「ビール進む」
「せやろ!」
「豚の方もくれ」
「試作品やぞ」
「もう一皿」
「金取るで」
「取るんかい」
「当たり前や!」
博之自身も分かっていた。
揚げた肉。
冷たいビール。
これは強い。
「店出してくれや」
「まだ試作や」
「出せって」
「油高いねん」
「でも売れるぞ」
「それも分かってんねん」
博之は腕を組んだ。
「鶏と豚、油分けたいな」
「なんで?」
「味混ざるやろ。鶏は鶏。豚は豚」
「また設備増えるやつや」
「うるさい」
そして、もう一つ。
「これな、持って帰れると思うねん」
「どうやって?」
博之はパンを切った。
葉野菜を挟む。
その上へ揚げたての豚。
試しに作った甘酸っぱいソースを少しかける。
パンで挟む。
「ほれ」
セラが受け取る。
「……食べやすい」
「やろ?」
「歩きながらでもいけるな」
「昼飯持って仕事行けるやろ」
港で働く者。
荷運び。
行商人。
冒険者。
席に座れない者にも売れる。
「おっさん、天才か」
「もっと言うて」
「調子乗るからやめとこ」
「なんでや!」
エレナが笑っている。
「また店増やすんですか?」
「どうしよかな」
博之は横丁を見回した。
煮込み。
餃子。
スパゲッティ。
魚。
串焼き。
ジュース。
冷たいビール。
「……横丁全部、俺の飯で埋めたいな」
「野望が出てきましたね」
「ちゃうちゃう。食いたいもん増やしてるだけや」
「同じです」
「ただな」
博之は冷却箱を見る。
「今、一番欲しいのは二台目や」
「揚げ物屋よりそっち!?」
「冷たいビールが足らんねん!」
皆が笑う。
銀貨三十九枚。
昔なら抱えて動かなかったかもしれない。
今の博之には、その銀貨で何を作れば、次の銅貨が生まれるのか。
そちらの方が気になって仕方なかった。
「まあ順番や。冷却箱。その次、揚げ物」
「もう出す気やん」
「……売れそうやからな」
油の弾ける音と、冷たいビールを求める声が、今日も横丁に響いていた。




