博之42歳。作ってみた料理。おばちゃんに値段付けてもらう。評判は意外と上々。近々の目標もできた。
「で、これ、いくらで出すん?」
おばちゃんに聞かれて、博之は鍋の中を見た。
「それが分からんねん」
「作った本人が分からないのかい」
「こっちの物価がまだよう分かってないからなあ」
博之が作ったシチューもどきは、思っていたより評判がよかった。
海藻や干し野菜でだしを取り、根菜と肉を煮込み、少しとろみをつけただけ。
日本にいた頃なら、別に珍しくもない料理である。
だが、この街では肉と野菜を水で煮て塩と香草を入れるだけの料理が多いらしく、
だしを取って味を重ねるというのが少し珍しいようだった。
「大きい器で豆貨五枚。小さいので三枚くらいでどうだい?」
「銅貨五枚?」
「肉も入ってるからね。それくらいなら高くないよ」
「なるほどな」
博之は指を折って考える。
市場を歩いて、何となくこの世界の金銭感覚も分かってきた。
銅貨一枚。
自分の感覚なら、だいたい百円。
銅貨百枚で銀貨一枚。
つまり銀貨一枚が一万円ほど。
さらに銀貨百枚で金貨一枚。
「金貨一枚で百万円か」
「何ぶつぶつ言ってるんだい?」
「いや、こっちの話」
もちろん日本円に正確に換算できるわけではない。
食料が安いものもあれば、魔法道具のように高いものもある。
ただ生活感覚としては、そのくらいで覚えておけば計算しやすそうだった。
「小さいの三枚はええな」
「なんで?」
「味見してもらえるやろ」
最初から五枚払って知らない料理を食えと言われても、警戒する者はいる。
三枚なら、少し腹が減った時に試してみようと思うかもしれない。
「大が五枚。小が三枚」
「じゃあ、それで出してみようかね」
「うん」
博之は鍋を混ぜながら、次のことを考えていた。
「牛乳ってある?」
「あるよ」
「高い?」
「そこまでじゃないね。ただ傷みやすいから、冷やす道具のない家じゃあまり買わないけど」
「なるほど」
冷蔵の魔法道具があるなら使える。
牛乳を少し入れれば、色も白っぽくなって見た目が変わる。
味も柔らかくなる。
「白い煮込みにしてもええな」
「また何か考えてるのかい?」
「同じもん毎日やったら飽きるやろ」
牛乳を入れる日。
香辛料を強くする日。
黄色や赤の香辛料を混ぜて、少し辛めの煮込みにしてもいい。
頭の中にあるのはカレーだったが、カレー粉そのものがあるわけではない。
ならば、この世界にある香辛料を少しずつ混ぜて、それらしいものを作ればいい。
「肉多めにして、濃く煮込んだらビーフシチューっぽくなるか」
「びーふ?」
「気にせんで」
逆に汁を少なくして、芋や根菜を大きめに切る。
甘味のある調味料と塩気を足せれば、肉じゃがに近いものもできる。
「魚を漬けた黒い汁みたいなんなかった?」
「ああ、魚醤かい?」
「それそれ」
「匂い強いよ」
「やっぱりな」
醤油そのものではないだろう。
だが少しずつ混ぜれば、使えるかもしれない。
花椒に似た香辛料も市場で見た。
干した魚。
海藻。
乾燥させた茸。
この世界には、思っていた以上に味を作る材料がある。
「なんか、ちょっと楽しくなってきたな」
「料理が?」
「飯考えるのが」
別に料理人になりたいわけではない。
だが、昨日より少しうまいものが作れる。
それを誰かが食べる。
そして豆貨が数枚入る。
今の博之には、それで十分だった。
大きな夢など必要ない。
魔王を倒す必要もない。
王様に会う必要もない。
まずは自分の飯。
その次に寝る場所。
「この辺にさ、安い小屋とかない?」
「小屋?」
「住むところ」
「宿じゃ駄目なのかい?」
「毎日払うの嫌やん」
「変なところ細かいねえ」
「金ないからな」
おばちゃんによれば、街の外れには使われなくなった倉庫や古い小屋がいくつもあるらしい。
雨漏りする。
壁も薄い。
まともな者なら住みたがらない。
だから安い。
「ええやん」
「よくないよ」
「屋根あったらええ」
博之の当面の目標が決まった。
自分の作った飯を売る。
少しずつ客を増やす。
そこから自分の取り分を貯める。
そして街外れのボロ小屋を借りる。
布団を一枚置いて。
鍋を一つ置いて。
夜になったら帰って寝る。
「まずそこやな」
店を何軒も持つとか。
商会を作るとか。
そんな話はまだ遠い。
まず、自分一人がこの世界で食って寝られる状態を作る。
そしてできれば。
薪割りをしなくても、自分の料理が売れた金で生活できるようになる。
「大五枚、小三枚か」
博之はもう一度確認した。
「売れると思う?」
「出してみなきゃ分からないね」
「そらそうやな」
鍋から湯気が上がる。
博之は木の匙で一口すくった。
「……もうちょっと濃くてもええな」
「また濃くするのかい」
「俺、濃い味好きやねん」
「客に合わせな」
「はいはい」
異世界で生き直すことになった四十二歳。
最初に立てた目標は、勇者になることでも大金持ちになることでもなかった。
豆貨五枚の煮込みを売って。
街外れのボロ小屋で。
誰にも迷惑をかけずに寝られるようになること。
今の博之には、それくらいがちょうどよかった。




