博之42歳。食堂の手伝いで得た銅貨で市場で食材と香辛料を買い、食堂で料理をしてみる。以外と好評。店で出してみる。
市場から戻った博之は、買ってきたものを食堂の裏の小さな台に並べた。
「……なんやこれ」
おばちゃんが横から覗き込む。
「いや、俺も名前まではよう分からん」
「分からんのに買ったのかい」
「一口分とか二口分ぐらいやからええやろ。全部合わせても、そんな高くなかったし」
肉や魚ではない。
博之が買ってきたのは、乾燥させた海藻のようなもの、干した野菜、黒っぽい粒の香辛料、
黄色い粉、赤い粉、それから塩に似た結晶だった。
市場そのものは、スーパーのように綺麗に商品が棚に並んでいるわけではなかった。
木の台。
籠。
樽。
麻袋。
店ごとに主人がいて、客が声をかけて量り売りしてもらう。
いかにも昔の市場という感じである。
ただし、完全に文明が遅れているわけでもない。
魚屋の裏には、青白い石がはめ込まれた箱があった。
触ると中がひんやりしている。
聞けば冷却魔法を込めた道具らしい。
「冷蔵庫あるやん」
「レイゾウコ?」
「いや、なんでもない」
肉屋にも似た設備がある。
大きな商会になると、倉庫そのものを冷やしているらしい。
「便利なんか不便なんか、よう分からんな、この世界」
博之は呟いた。
しかし、少なくとも食材はかなり豊富だった。
だからこそ。
「ちょっと作ってみたいねん」
「何を?」
「飯」
「飯なら毎日作ってるだろ」
「いや、俺が」
おばちゃんは博之を見た。
「料理できるのかい?」
「なんとなく」
「なんとなくで店の材料使わないでよ」
「いや、俺が買うてきたもんでまずやるから」
「肉は?」
「……ちょっとだけ貸して」
「結局使うんじゃないか」
文句を言いながらも、肉を少し切ってくれた。
博之は鍋に水を入れる。
火にかける。
まず入れたのは、市場で見つけた乾燥海藻だった。
「それ入れるのかい?」
「たぶん」
「たぶんばっかりだね」
さらに干し野菜のようなものを少し。
しばらく煮る。
湯の色が変わってきた。
匂いを嗅ぐ。
「お」
「どうした?」
「だし出てるっぽい」
「ダシ?」
「スープの元みたいなもん」
おばちゃんが鍋を覗く。
「あんた、最初から汁の味を作るんだね」
「そらそうやろ?」
「うちは肉と野菜を煮て、塩と香草入れて終わりだよ」
「なるほどな」
悪くはない。
実際、それでも食える。
ただ日本で慣れた味からすると、少し物足りなかった。
博之は海藻と干し野菜を取り出し、刻んだ根菜を入れる。
芋。
玉ねぎに近い野菜。
人参っぽいもの。
それから借りた肉。
ぐつぐつ煮込んでから、塩。
黒い粒を潰した香辛料。
少量の黄色い粉。
「それは入れすぎると辛いよ」
「先言うてよ」
「ちょっとなら平気だ」
「怖いなあ」
さらに小麦粉に似た粉を水で溶き、少しだけ加える。
とろみがついた。
「……シチューやな」
「シチュー?」
「俺のいたところに、こんな感じの料理があってん」
正確には全然違う。
牛乳もバターもない。
ただ、野菜と肉の旨味が出た、とろみのあるスープ。
それだけでも十分だった。
木の匙ですくって味を見る。
「うん」
「どうだい?」
「食える」
「自分で作って感想がそれかい」
「もうちょっと濃い方が俺は好きやけど」
おばちゃんも一口飲んだ。
「……あら」
「どう?」
「うまいじゃないか」
「ほんま?」
「ちゃんと味がする」
「普段のスープも味するやろ」
「そういう意味じゃないよ」
もう一口。
おばちゃんは首を傾げながら飲む。
「肉の味だけじゃないねえ」
「最初の海藻と干したやつやと思う」
「なるほど」
試しにその日のまかないとして他の者にも食わせた。
「これ何?」
「おっちゃんが作ったらしいよ」
「へえ」
反応は悪くなかった。
「パン浸したらうまいな」
「もうちょっと塩あってもいい」
「いや俺も濃い方が好き」
「じゃあ入れなよ」
「初めてやから怖かってん」
おばちゃんが笑った。
そして鍋を見ながら言う。
「明日から、少しだけ店で出してみるかい?」
「え?」
「この煮込み」
「売るん?」
「売れたらね」
博之は少し驚いた。
「材料代、大丈夫なん?」
「その辺はこっちで考えるよ。ただし」
おばちゃんが指を立てる。
「売れた分の中から、あんたにも少し渡してやる」
「ああ、ほんまに?」
「毎日薪割りだけじゃ先がないだろ」
確かにそうだった。
薪割りをして飯をもらう。
それだけでも今は助かる。
だが一生続けたい仕事ではない。
「じゃあ、やる」
「決まりだね」
博之は少し考えてから、おばちゃんを見る。
「なあ」
「何だい?」
「香辛料とかさ」
「うん」
「あと、さっき言うてた、だしになりそうなもん。もっと教えてくれへん?」
「市場の?」
「そう。この国の人がどういう味付けしてるかも知りたい」
「料理する気になってきたねえ」
「料理したいっていうより……」
博之は少し笑った。
「食っていく方法、探してるだけや」
剣は使えない。
魔法もまだ使えない。
冒険者になる予定もない。
だが。
自分で作った飯に値段がつくのであれば。
それは、この世界に来て初めて見つけた。
薪割り以外の、稼ぐ手段だった。




