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博之42歳異世界9か月目。冷気魔法使いと、銀貨八十枚

 それからユーリは、時々セラと一緒に「おっちゃんの隠れ家横丁」へ顔を出すようになった。

 まだ足は悪い。

 杖をついて歩いているが、座ってできることなら問題はない。

「おっちゃん、来たで」

「おう。ユーリさんも飯食ってく?」

「いいんですか?」

「冷却箱見てもらう代わりや」

「やっぱりそこなんですね」

 ユーリが苦笑する。

 治療院でも正式に足を見てもらった。

「それで、見積もりどうやった?」

「……銀貨八十枚です」

「八十?」

 さすがの博之も一瞬止まった。

 セラが腕を治した時より、かなり高い。

「骨だけじゃなくて、筋も傷んでるみたい。完全に治して、またダンジョンで走れるようにするなら、

 そのくらいって」

「なるほどなあ」

 ユーリは申し訳なさそうに言った。

「高いから、無理ならいいです」

「いや、ありやな」

「え?」

「治るんやろ?」

「治療師は、治る可能性は高いって」

「ほんならあり」

「即答なんですか?」

 セラまで呆れる。

「おっちゃん、銀貨八十枚やで?」

「分かっとる」

「セラさんの時より三十枚高いですよ」

「それも分かっとる」

 博之はそこで、横に置いてある冷却箱を指した。

「それよりこれ見て」

「それより?」

「大事や」

 ユーリが箱を開ける。

 中にはビールやワイン、果物がぎっしり入っていた。

「魔石ちょっと弱ってますね」

「分かるん?」

「はい」

 ユーリが冷却箱の魔石へ手を触れる。

 淡い光が指先から流れ込んだ。

 しばらくすると、箱の中から冷たい空気が強く流れ出した。

「おおおお!」

 博之の目が輝く。

「めっちゃ冷たなった!」

「この程度なら私でも補充できますよ」

「採用」

「まだ言うてる!」

 セラが笑った。

「足の治療の話でしょう!」

「いや、これ大きいぞ。冷却箱の維持費下がるやん」

 ユーリが戸惑う。

「私、魔法使いなんですけど」

「知ってる。めっちゃ便利やん」

「普通、戦闘の方を聞きません?」

「そっちはセラさんに聞く」

「おっちゃん、冷たいビールの方が大事になってるやん」

「今はな」

 博之の頭の中には、さらに別のものがあった。

「ユーリさん、冷たい水も作れる?」

「冷やすだけなら」

「牛乳も?」

「できますけど」

「よし」

 すぐに果物を扱っているおばちゃんを呼んだ。

「ちょっと果物何種類か持ってきて」

「また何するん?」

「実験」

 甘い果物。

 酸味のある果物。

 それを小さく切って、銀貨一枚で買った果実を砕く道具へ入れる。

「ユーリさん、これ冷たくして」

「はい」

「牛乳入れて」

「牛乳?」

「そう」

 そこへ蜂蜜を少し。

 ぐるぐる回す。

 どろりとした冷たい飲み物ができた。

 博之が一口。

「……うまっ」

「飲んでいい?」

 ミサキが飛んでくる。

「ちょっとだけな」

「うまい!」

「私も」

 エレナも飲む。

「あ、これ好きです」

「やろ?」

 ユーリまで一口飲んで目を丸くした。

「こんな使い方するんですね、冷気魔法」

「めっちゃ有用やで」

「ダンジョンではこんなのしませんよ」

「ここダンジョンちゃうからな」

 博之は考える。

「これ銅貨四枚で売ろ」

「また商売!」

 セラが笑った。

「牛乳と蜂蜜入ってるから三枚やと安すぎる。四枚」

「銀貨八十枚の話してたはずなんですけど」

「その八十枚返してもらうには稼がなあかんやろ」

「……それはそうですけど」

「まずユーリさん、しばらくここ来て冷却箱見て。あと簡単な仕事何個かやって」

「分かりました」

「それちゃんとできたら、ギルド行こ」

 ユーリの表情が変わった。

「本当に治してくれるんですか?」

「貸すんやで」

「はい」

「返してもらうで」

「絶対返します」

「そこ確認できたらやな」

 その日の午後。

 博之はセラと一緒にギルドへ向かった。

「まずこれ」

 受付へ銀貨五枚を置く。

「セラさんの残り」

 職員が帳簿を確認する。

「はい。これでセラさんの治療に関する返済は完了ですね」

「終わった!」

 セラが嬉しそうに笑う。

「ほんまに全部返したな」

「言うたやろ」

「いや、最初は正直怖かってん」

「今言う?」

「銀貨五十五枚やぞ」

 受付職員も笑っていた。

「かなり早い返済でしたね」

「セラさん頑張ったからな」

「おっちゃんのおかげでもある」

「ほな飯代で返して」

「それはずっと食う」

「ずっとなん?」

 そして博之は、一枚の見積書を出した。

「で、次これなんですけど」

 受付職員の顔が変わった。

「……銀貨八十枚?」

「はい」

「また治療ですか?」

「今度は足悪い魔法使い」

「博之さん」

「はい」

「どんどん幅が広がっていますね」

「俺もそう思います」

「最初は飯屋でしたよね?」

「今も飯屋のつもりなんですけど」

 セラが横から言う。

「飯屋のおっちゃんが冒険者治してるのおかしいやろ」

「でも返ってきたやん」

「それはそうやけど」

 博之は見積書を指で叩いた。

「まだすぐ貸してくれとは言わへん。何回か仕事やってもろて、信用できるか見てから

 改めて相談します」

「承知しました」

「冷気魔法使えるんですよ」

「それが?」

「冷却箱の魔石も見れるんです」

「……そこですか?」

「めっちゃ大事ですよ!」

 ギルドの受付でまで笑いが起きた。

 セラの借金、完済。

 そして次に見えてきたのは、銀貨八十枚。

 普通なら怯む金額だった。

 だが博之の頭にはすでに、

 冷たいビール。

 冷たい果物。

 牛乳と蜂蜜を混ぜた新しい飲み物。

 そしてユーリとセラが並んでダンジョンへ向かう姿が浮かんでいた。

「……まあ、順番にやろか」

 飯屋のおっちゃんが何を目指しているのか。

 本人にも、だんだん分からなくなってきていた。

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