博之42歳異世界9か月目。冷気魔法使い、ユーリ。
数日後。
昼の混雑が少し落ち着いた頃、セラが一人の女の子を連れて横丁へやってきた。
「おっちゃん、連れてきたで」
「おお。この前言うてた子?」
「そう」
セラの後ろにいたのは、二十歳そこそこに見える小柄な女だった。
片手に杖。
もう片方には、歩くための木の杖。
右足を庇うように、ゆっくり歩いている。
「ユーリです」
「博之です。まあ座って座って」
とりあえず煮込みを出す。
「セラさんから聞いたけど、魔法使いなん?」
「はい」
「何使えるん?」
「冷気です」
「……冷気?」
博之の目が止まった。
「はい。氷そのものを大量に作るほどではないですけど、物を冷やしたり、冷気を飛ばしたり」
「採用」
「え?」
「おっちゃん!」
セラが笑った。
「まだ何も聞いてへんやん!」
「いやいや、冷気やで?」
博之の頭には、現在一台しかない冷却魔道具しか浮かんでいなかった。
ビール。
ワイン。
果物。
牛乳。
冷たいジュース。
「なあユーリさん」
「はい?」
「冷却魔道具の魔石に魔力入れたりできるん?」
「できますけど……」
「メンテナンスとかは?」
「簡単なものなら」
「採用」
「だから早いって!」
セラが博之の肩を叩く。
「足の治療の話でしょう!」
「あ、そうやった」
「忘れんな!」
周囲のおばちゃんたちまで笑い始める。
博之はユーリの前へ座った。
「すまん。今、二台目の冷蔵庫欲しくて頭いっぱいやねん」
「冷蔵庫?」
「冷やす箱」
「ああ、冷却箱」
「それそれ」
ユーリは少し困ったように笑った。
「魔石に魔力を足せば、消耗を抑えられると思いますよ」
「ほんま?」
「はい」
「おお……」
博之が感動している。
「じゃあ火の魔法使える人がおったら?」
「火?」
「薪に火つけたり、炭起こしたりできる?」
「それくらいなら普通にできますね」
「……魔法使い、飯屋でめっちゃ使えるやん」
「そこ?」
セラが呆れた。
「普通はダンジョンでどう使うか聞くところやで」
「ダンジョンはセラさんに任せる」
「丸投げやん」
だが、冗談はそこまでだった。
博之はユーリの足を見る。
「その足、治療したら普通に歩けるようになる?」
「治療院では可能性は高いと言われました」
「いくらぐらい?」
「ちゃんと見てもらわないと分かりませんけど……銀貨五十枚前後だと思います」
「やっぱそんくらいか」
安くはない。
セラの時とほぼ同じだ。
「じゃあまず見積もり取ろう」
「え?」
「治療院行って、ほんまに治るんか、何枚いるんか確認する」
ユーリが目を見開く。
「そのあと、簡単な依頼いくつかやってみよ」
「私、この足で?」
「危ないやつちゃうで。荷物の確認とか、魔石に魔力入れるとか、できる範囲のやつ」
博之は指を折った。
「約束した日に来るか。頼んだことやってくれるか。銭持って逃げへんか。その辺見たい」
「……セラさんの時も?」
「めちゃくちゃ見た」
「このおっちゃん疑り深いで」
「銀貨五十枚やぞ!」
博之は即答した。
「セラさんやからうまくいったけど、誰彼なしに貸したら俺破産するわ」
ユーリはしばらく博之を見ていた。
それからセラを見る。
「……ほんとに、この人なんだ」
「何が?」
「セラさんが話してた人」
「おいユーリ」
セラの顔が少し変わった。
「何?」
「余計なこと言わんでええからな」
ユーリがニヤッとする。
「好きって話も――」
「ユーリ!」
「え?」
博之が首をかしげる。
セラの顔が赤くなる。
エレナは餃子を包む手を止めた。
ソラとリクとミサキも一斉にこちらを見る。
「……何?」
博之だけが分かっていない。
ユーリがセラを見る。
セラが必死に首を振る。
「いや、だからセラさん、おっちゃんのこと――」
「ああ」
博之が頷いた。
「懐いてくれてるってことやろ?」
「……」
沈黙。
「あー……」
ユーリが何とも言えない顔をした。
ミサキまで、
「あー……」
と呟く。
「なんやねん!」
博之が周囲を見る。
「だってセラさん、借金返し終わってもここ来たいって言うてたやん。飯も食えるし、
居心地ええんやろ?」
「……そうやな」
セラが遠い目をした。
エレナが小さく笑う。
「博之さんは、そのままでいいと思いますよ」
「何が?」
「何でもありません」
「なんやねん、みんな」
ユーリは堪えきれず笑い始めた。
「セラさん、大変やね」
「言うな」
「何が大変なん?」
「おっちゃんがや!」
「俺?」
また周囲から笑い声が上がった。
博之には、やっぱり意味が分からない。
「まあええわ」
気を取り直してユーリを見る。
「とりあえず足や。治せるなら治そう」
ユーリの笑顔が止まった。
「……本当に?」
「まだ貸すって決めたわけちゃうで。見積もり取って、何回か仕事して、それからギルドと相談」
「はい」
「でも治したら働けるんやろ?」
「働けます」
ユーリは強く頷いた。
「セラさんと一緒なら、ダンジョンにも戻れます」
「ほな、それ目指そ」
博之は立ち上がる。
「あと冷却箱な」
「まだ言うてる!」
「大事やって!」
セラが笑い、ユーリも笑う。
その横でエレナだけが、少し複雑そうに二人を見ていた。
こうして。
おっちゃんの隠れ家に、今度は冷気を操る魔法使いが加わろうとしていた。
もっとも博之の頭の中では――。
「魔石代、ほんまに安なるんかな……」
人助けより先に、冷たいビールの計算が始まっていた。




