博之42歳。異世界9か月目。8月末の金銭整理と借金返済。また欲しいものが増える。冷蔵魔道具
異世界に来て八か月目の末日。
営業を終えた博之は、いつもの広いボロ小屋で帳面を広げていた。
「さて、と」
五軒の店。
煮込み、餃子、麺。
焼き魚に肉串。
ビールとワイン。
果物のジュース。
中央には机と椅子まで並び、黄色い布を腕に巻いた手伝いの者たちも入るようになった。
「人増やしたけど、給金そのものは思ったより増えてへんな」
正規の者を週に一日休ませ、その穴へ体験中の者を入れる。
皿洗いだけの日。
昼の配膳だけの日。
仕込みだけ手伝う日。
うまく組み合わせれば、店全体の人件費は以前とほぼ変わらなかった。
しかも今回は、前の半月のように机や椅子、皿を大量に買う必要もない。
「で、全部引いて……銀貨九枚か」
「半月で?」
エレナが驚く。
「半月で」
「すごいですね」
「俺もびっくりしてる」
以前なら一か月働いて銀貨数枚残れば喜んでいた。
それが今では半月で銀貨九枚。
「でも、六枚なくなる」
「何に使うんです?」
「冷却魔道具の借金」
「あ」
「あと六枚やったやろ。返してくる」
銀貨九枚稼いで、六枚返済。
この半月で新しく残るのは銀貨三枚。
「借金一個消える方が気持ちええわ」
「博之さんでもそんなこと思うんですね」
「俺を借金大好きおじさんみたいに言うな」
「違うんですか?」
「設備投資好きおじさんや」
翌日、ギルドへ銀貨六枚を持っていき、冷却魔道具の借入を完済した。
「これでこちらは完済ですね」
「おお……」
帳面に印がつく。
「なんか気持ちええな」
ところが店へ戻ってきた博之は、早速冷却箱を眺め始めた。
「……もう一台欲しいな」
エレナが振り返った。
「え?」
「冷却魔道具」
「今、借金返してきたところですよね?」
「そう」
「なのに?」
「いや、見てみ」
箱を開ける。
中にはビール。
ワイン。
ジュース用の果物。
冷やした器。
かなり窮屈だった。
「ビールだけで結構場所取るやろ?」
「取りますね」
「これからジュース増やしたら入らへん」
「……まさか」
「酒用一台。果物とか食材用一台。二台欲しい」
「もう増やす話してる!」
「いやいや、まだ買うとは言うてへん!」
「博之さんの『まだ』は信用できません」
周囲のおばちゃんたちまで笑う。
だが博之の頭はすでに次へ進んでいた。
「あとさ」
「まだあるんですか?」
「外の机や」
中央の席を見る。
晴れた日は日差しが強い。
雨の日には当然使いにくい。
「大きい傘みたいなん置けへんかな」
「日除けですか?」
「そう。雨除けにもなるやろ」
「また設備……」
「でもこれはまだ早い」
「珍しい!」
「火が怖いねん」
魚も肉も餃子も火を使う。
炭火の近くへ布を大量に張れば、火事の危険がある。
「屋根作るにしても、火元と離さなあかん。水桶も増やしたい。砂も置きたい」
「ちゃんと考えてるんですね」
「そら横丁全部燃えたら終わるからな」
そして再び冷却箱。
「でも二台目は欲しい」
「戻った」
「だって冷たいビール売れるぞ」
冷却魔道具を入れてから、明らかに注文が増えた。
「もう一杯!」
と声が飛ぶことも珍しくない。
「それに果物もや」
「ジュースですか?」
「今は果物一種類とか二種類やろ?」
「そうですね」
「もっと混ぜたらどうなるかなと思って」
甘い果物。
少し酸っぱい果物。
牛乳。
蜂蜜。
砂糖。
「牛乳?」
「入れてぐるぐる混ぜる」
「おいしいんですか?」
「多分」
「多分なんですね」
「俺のいた場所に似たようなんあってん」
冷たい果物と牛乳を混ぜ、甘さを蜂蜜で調整する。
果物だけのジュースとは違う、濃い飲み物になるはずだった。
「子供も飲むやろ?」
「飲む!」
ミサキが即答する。
「私も!」
「ほらな」
「まだ作ってへんで」
「甘いんやろ?」
「多分甘い」
リクまで寄ってくる。
「銅貨三枚?」
「牛乳使うなら四枚かなあ」
「高っ!」
「原価かかるねん!」
エレナが呆れながら笑った。
「八か月前は、明日の食材どうしようって言ってた人なんですけどね」
「そうやったなあ」
「今、二台目の冷却魔道具と日除けと新しいジュースの話してますよ」
「なんかすごいことになってんな」
「自分でしてるんでしょう」
博之は横丁を眺めた。
休みの日ができた店員。
黄色い布を巻いて働き始めた新入り。
中央の卓で飯を食う家族。
冷たいビールを飲む男たち。
ジュースを持って走る子供。
「まあ、足せるもんは足していこうや」
「また忙しくなりますよ」
「その時はまた人雇ったらええ」
「簡単に言いますね」
「でも回り始めたやろ?」
博之は笑った。
「次は冷たい果物と牛乳やな」
「二台目買う気満々じゃないですか」
「……必要経費や」
その言葉に、また横丁の皆が笑った。




