博之42歳。異世界8か月目後半。博之、みんなに休みを作る
共同の机と椅子を置き、五軒の店と屋台がまとまり始めてから半月。
博之は営業が終わったあと、いつものように帳面を広げていた。
「机、椅子、皿、杯。果物潰す道具も買った。人も増やした。地区の顔役にも払った……」
指で一つずつ追っていく。
「で、今の手持ちが銀貨十四枚か」
「思ったより残りましたね」
エレナが隣から覗き込む。
「せやな。売上増えてるから助かってる」
横丁の真ん中に席を置いた効果は大きかった。
一人が煮込みを買い、連れが麺を買う。
そこから餃子。
冷たいビール。
果物のジュース。
ついでに肉串。
一つの卓から何度も注文が飛ぶ。
「銀貨五枚払って道路使わせてもろてるけど、今のところ正解やな」
「忙しくなりすぎですけどね」
「そこなんよ」
博之は帳面を閉じた。
利益が増えた。
客も増えた。
しかし、働く側の疲れも目に見えて増えていた。
「エレナさん、最近休んだ?」
「……いつでしたっけ」
「それあかんやつや」
子供たちも同じだった。
昼は配膳。
皿洗い。
空いた時間には読み書き。
大人たちも毎日の仕込みと営業。
「店増やして人倒れたら意味ないな」
そこで博之は決めた。
「全員、週一回は休み」
「え?」
「休み作る」
翌朝、働いている者を集めて話した。
「一週間に一日は休んで」
「店は?」
「代わり入れる」
博之は新しく数人、近所から人を探した。
毎日固定で働く正規の人間ではない。
誰かが休む日に入る。
忙しい時間だけ皿を洗う。
配膳を手伝う。
野菜を切る。
果物を洗う。
そういう人間だった。
「最初から一人前扱いはせえへんで」
博之は黄色い布を何本か用意した。
「これ腕に巻いて」
「何ですか?」
「手伝いやって分かるようにする」
正規で店を任されている者と区別するためだった。
黄色い布を巻いている間は、銭箱を一人で触らせない。
火も勝手に触らない。
料理の味付けもしない。
皿洗い。
配膳。
掃除。
簡単な仕込み。
「まずここから」
「働けそうやったら?」
「何回か入ってもろて、ちゃんとしてたら正規で雇う」
体験入店みたいなものだった。
近所には、毎日働くのは難しくても数日なら働ける者がいる。
子供を抱えている女。
年を取って重労働ができない男。
仕事を探している若者。
「飯は出す。働いた分の銭も出す。ただ、最初は手伝いや」
意外にも人はすぐ集まった。
「黄色い布の人、皿こっち!」
「はい!」
「三番の卓にジュース二つ!」
「持っていきます!」
慣れていないため失敗もする。
違う卓に餃子を持っていったり。
皿を一枚割ったり。
「まあ最初はしゃあない」
博之は怒鳴らなかった。
「割った皿は次から気をつけて。客にぶつからんことの方が大事や」
数日すると、交代で休めるようになった。
「明日、エレナさん休みな」
「本当にいいんですか?」
「休むために人雇ったんやろ」
「じゃあ……何しようかな」
「好きにしたらええやん」
次の日。
エレナは店にいなかった。
その翌日は別のおばちゃん。
その次はソラ。
リク。
ミサキ。
順番に休む。
最初は皆、妙に落ち着かなかった。
「店、大丈夫かな」
「大丈夫やって」
「私いなくても?」
「それをできるようにしたいねん」
そして一週間ほど経った。
博之は市場で、休みのはずのミサキを見つけた。
「何してんの?」
「買い物!」
手には小さな包み。
「何買ったん?」
「髪留め」
「へえ」
「あと甘いお菓子」
銅貨を自分で数えて払っていた。
少し離れたところでは、別のおばちゃんが布を見ていた。
新しい服を作るらしい。 ソラは中古の靴を買ったと言っていた。
リクは小さな木彫りのおもちゃを持っていた。
「……そうか」
博之は少し立ち止まった。
最初は、今日飯が食えるかどうかだった。
働いた銭は、その日のパンと寝床で消えていた。
それが今は。
少し貯めて。
休みの日に市場へ行って。
別になくても死なないものを買える。
「ええやん」
「何が?」
ミサキが首をかしげる。
「いや。別に」
店へ戻ると、黄色い布を巻いた新入りが皿を運んでいた。
正規の者は休める。
手伝いの人間には働く機会ができる。
その中から使える人間が見つかれば、また正規で雇える。
「これやったら店増やしても回せるかもしれんな」
博之の頭がまた動き始める。
誰をどこへ置く。
何人余分に確保する。
人件費はいくらまでなら払える。
繁忙時間だけ雇うならどうか。
六軒目を作るなら誰を店主役にするか。
「また考えてますね」
エレナが笑う。
「分かる?」
「顔が楽しそうです」
博之は横丁を見る。
冷たいビールを飲む男たち。
麺を食べる家族。
果物のジュースを持って走る子供。
黄色い布を巻きながら、一生懸命皿を洗う新入り。
「……楽しいな」
「はい?」
「いや、なんかさ」
博之は照れくさそうに頭をかいた。
「前は仕事なんかしんどいだけやったのに、今はこういうの考えてる時、結構楽しいわ」
「よかったじゃないですか」
「せやな」
誰かが休めるように、人を増やす。
誰かが少し豊かになるように、仕事を作る。
そのうえで店も儲ける。
「ほな次は、黄色い布何本いるか数えるか」
「もう増やす気です?」
「まだ考えてるだけや」
「その言葉、もう信用してません」
エレナが笑う。
博之も笑った。
八か月目。
横丁が大きくなるにつれ、博之自身もまた、少しずつ生き生きとし始めていた。




