博之42歳3か月目。さらに2週間。40食完売の日が出てきて収支も見えてきた。3軒目どうするか。
二軒の店を回し始めてから、さらに二週間ほどが過ぎた。
最初は四十食作っても残る日の方が多かった。
だが最近では、三十八食、三十九食。
時には四十食すべてなくなる。
「……ちょっと計算するか」
営業を終えた夜。
博之は机に銅貨と銀貨を並べた。
食材。
薪。
香辛料。
二軒分の小屋の家賃。
エレナの日当。
ミサキへの給金。
ソラとリクのうち、一人が店を手伝った日の給金。
エレナに頼んでいる洗濯や掃除の分もある。
薬代も出している。
全部引く。
「銀貨七枚と……銅貨二十九枚か」
「そんなに?」
ミサキが覗き込んだ。
「売上はもっとあるで。残ったんがこれ」
「すごいやん」
「いやいや。明日の仕入れもせなあかんからな」
それでも。
異世界に来た直後は、飯一杯食う銭すらなかった。
それが今では、人を雇って給料を払い、飯を食わせ、それでも銀貨が残る。
「悪ないな」
博之は少し笑った。
そこから銀貨二枚ほどは、治療院と教会のために取った。
エレナの薬。
今後の診察。
そして博之たち五人が読み書きと計算を習うための寄付。
「また減るなあ」
「無理しなくてもいいですよ」
エレナが言う。
「いや、ここは使おう」
博之は銀貨二枚を別の袋へ入れた。
「エレナさん倒れたら店一軒止まるし」
「そういう理由ですか?」
「大事な理由ですよ」
「ふふ」
「それに俺も文字読まれへんまま商売するん怖いしな」
残りは銀貨五枚ほど。
博之はそれを見ながら考えた。
「……もう一軒いけるかな」
「また増やすんですか?」
「増やせそうやろ」
二軒で四十食。
それがほぼ売れる。
一軒目は博之とミサキ。
二軒目はエレナと、ソラかリク。
問題は三軒目だった。
「エレナさん、もう火加減ほとんど見れるやろ?」
「だいたいは」
「味も?」
「博之さんほど適当にはできませんけど」
「適当言うな」
「毎回材料違うじゃないですか」
「それが日替わりやねん」
二人とも笑った。
エレナがある程度作れるなら、博之がずっと二つの鍋を往復する必要もなくなる。
「誰かおらん?」
「働ける人ですか?」
「うん。料理人じゃなくてええ。火見れて、言うたことちゃんとしてくれる人」
ソラとリクにも聞いた。
「仕事ない人?」
「いっぱいおるで」
「いっぱいは困る」
「女の人でもええ?」
「もちろん」
数日後、一人の女性を紹介された。
四十歳前後。
以前は港近くの宿で働いていたが、店が潰れて仕事を失ったという。
料理そのものはできない。
ただ、野菜を切る。
水を汲む。
火を見る。
客に飯を出す。
その程度ならできる。
「十分やな」
「こんなのでいいんですか?」
「俺が最初作りますから」
三軒目の小屋も、近くの空き小屋を安く借りることにした。
「最初から二十食売ろうと思わんでいいです」
「はい」
「二十作って、十売れたら合格」
「半分で?」
「半分で」
残った十食はどうする。
リクが即座に聞いた。
「俺ら食える?」
「お前はほんまそればっかりやな」
博之は笑った。
「余ったら賄いや。働いてるやつで食ったらええ。それでも余ったら近所の人に出す」
「炊き出し?」
「ちゃう」
「でもタダやろ?」
「余った時だけや。最初から配るために作ってへん」
博之はそこだけは譲らなかった。
慈善事業を始めたつもりはない。
まず商売。
売れた金で次の材料を買う。
給料を払う。
家賃を払う。
薬代を払う。
勉強する金を払う。
そのうえで余ったなら、食いたいやつが食えばいい。
「三軒で六十食か」
エレナが言う。
「売れますかね?」
「最初は五十売れたら十分ちゃいます?」
一軒目二十。
二軒目二十。
三軒目十。
「そっからやな」
博之は三つ並んだ小屋を眺めた。
立派な店など一つもない。
全部ボロい。
厨房というほどの設備もない。
大きな鍋。
木の机。
椅子。
それだけ。
だが、人が働いている。
客が来る。
銭が動く。
飯が出る。
「なんか……ほんまに店になってきたな」
「最初から店ですよ」
「俺の中では最初、ただのボロ小屋やったからな」
異世界へ来て、そろそろ二か月。
何のスキルも見つかっていない。
魔法も使えない。
剣など握ったことすらない。
それでも。
店は三軒になった。
働く人も増えた。
エレナの薬も買える。
子供たちは少しずつ数字を覚え始めている。
そして手元には、まだ銀貨が残っている。
「次はギルドやな」
「ギルド?」
「銭預けたいし」
それだけではない。
どんな仕事があるのか。
スキルとは何なのか。
ダンジョンではどれくらい稼げるのか。
そろそろ飯屋の外も見てみたい。
「まあ、その前に」
博之は翌日の仕込み用の鍋を見た。
「明日、六十食作らなあかんな」
新しい生活の二か月目は、三軒のボロ小屋とともに終わった。




