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博之42歳。異世界2か月目。治療院や教会、ギルドの情報をエレナさんから得る。当面の目標は病気対策と勉強対策

二軒の店を回し始めて、生活は少しずつ落ち着いてきた。

 朝に仕込みをして、昼に売る。

 夕方に市場へ行き、その日の余り物を買う。

 夜の分と、翌朝の賄いを作る。

 エレナには鍋を見てもらい、接客をしてもらう。それとは別に、博之の洗濯や寝床の布、

 店で使う布巾なども任せるようになった。

「そういやエレナさん」

「はい?」

「この町の教会とか治療院って、どんな感じなんです?」

 営業が終わったあと、賄いを食べながら聞いてみた。

「治療院はありますよ」

「病気とか治してくれる?」

「診てはくれます。でも、お金がかかります」

「どれぐらい?」

「怪我ならまだいいんです。薬を塗ったり、傷を縫ったり。それくらいなら私たちでも、何とか」

「もっと重い病気は?」

 エレナは少し困った顔をした。

「無理ですね」

「無理?」

「治癒魔法を使える人に診てもらったり、何日も治療を受けたりすると、銀貨が何枚も必要に

 なりますから」

「なるほどなあ」

 日当銅貨十五枚で暮らす人間にとって、銀貨数枚は簡単に出せる金ではない。

「私たちなら薬草を煎じた薬を買うくらいです」

「根本的に治すとかは?」

「よほどお金がある人じゃないと」

「そら病弱やったら、そのまま仕事も減るわな」

 エレナは小さく頷いた。

「教会は?」

「教会でも診てくださることはあります。治療院より安かったり、寄付だけでいいこともあります」

「ええやん」

「でも、人が多すぎるんです」

 孤児を預かっている教会もある。

 食事を配るところもある。

 読み書きを教えているところもあるらしい。

 ただし、どこも余裕があるわけではない。

「寄付で成り立ってるん?」

「そうですね。商人さんや貴族の方が寄付されることもあります」

「でも足らん?」

「いつも足りないって聞きます」

「まあ、そらそうか」

 孤児が何百人もいるなら、少しの寄付で全員を養えるわけがない。

「でも神父さんは文字読めるんやろ?」

「もちろんです」

「計算も?」

「できますよ」

 博之の表情が少し変わった。

「ほんなら、銀貨何枚か寄付したらさ」

「はい」

「毎日は無理でも、週一回くらい、こいつらに読み書き教えてもらわれへんかな」

 ソラ、リク、ミサキが一斉に顔を上げた。

「勉強?」

「そう」

「嫌や」

「まだ何も始まってへんやろ」

 博之は笑った。

「お前ら、せめて数字と文字くらい読めるようになった方がええって」

「なんで?」

「銭ごまかされたらどうすんねん。仕事の紙に変なこと書かれてても分からへんやろ」

 エレナも頷いた。

「読める方がいいですよ」

「エレナさんも一緒にやりません?」

「私も?」

「俺もやります」

「博之さん、文字読めないんですか?」

「この辺の文字はな」

 遠い国から来たという設定はすでに通している。

「俺のいたところでは、子供はみんな学校行ってたんですよ」

「みんな?」

「だいたいな。読み書きと簡単な計算は、できて当たり前みたいな感じやった」

「すごいところですね」

「そう考えたら、そうなんかもなあ」

 元の世界では当たり前すぎて考えたこともなかった。

 文字が読める。

 数字が分かる。

 契約書を見られる。

 値段を比較できる。

 それだけでも、この世界ではかなり大きいのかもしれない。

「ギルドは?」

 博之が聞く。

「私はあまり詳しくないです」

「子供でも仕事あるん?」

「薬草採取くらいならあるかもしれません。でも……」

「でも?」

「スキルが必要な仕事も多いですし、魔法が使えることが条件の依頼もあります」

「スキルか」

「ちゃんと調べるには鑑定が必要です」

「いくら?」

「金貨一枚くらいって聞いたことがあります」

「百万円……」

「ヒャクマン?」

「いや、俺の国の感覚」

 金貨一枚。

 今の博之には到底払えない。

「じゃあソラとかリクに、なんかすごいスキルあっても分からんわけ?」

「たぶん」

「もったいな」

 本人に才能があるかどうかも分からない。

 修練の仕方も分からない。

 だから結局、荷運びや掃除など、目の前にある仕事をする。

「課題だらけやな」

 博之は頭をかいた。

 治療。

 教育。

 仕事。

 スキル。

 孤児。

 貧困。

 全部つながっているように見える。

 けれど、それを一度にどうにかしようとすれば、間違いなく自分の店が潰れる。

「まあ、まず飯やな」

「飯?」

「そう」

 博之は空になった鍋を指した。

「この四十食をちゃんと売る。銭残す。家賃払う。エレナさんの給料払う。俺らが食えるようにする」

「はい」

「それができてから次」

 大きなことを考えるのは、その後でいい。

「教会に頼めたら頼む。でも金かかるなら、文字読めるおっちゃん探すでもええやろ」

「そんな人いますかね?」

「おるんちゃう? 元商人とか、元役人とか」

 飯を一杯奢る。

 その代わり一時間だけ数字を教えてもらう。

 文字を五つ覚える。

 それでも昨日よりは前に進む。

「別に学校作る必要ないねん」

「ガッコウ?」

「いや、なんでもない」

 博之は笑った。

「今できる範囲でやろうや」

「うん」

 ミサキが頷く。

「でも明日も飯ある?」

「結局そこかい」

 笑い声が上がった。

 翌朝。

 博之はいつも通り鍋に水を張った。

 まず四十食。

 まず今日の売上。

 まず今日の飯。

 遠くを見るのも大事だが、足元が崩れたら何もできない。

「今週もぼちぼちやりますか」

 湯気が上がり始める。

 分からないことだらけの異世界で、博之たちの新しい一週間が始まった。

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