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博之43歳。16か月目。横丁二号店が回り、三号店の話が来る

 十六か月目。

 二号店のある地区で教会と顔役への挨拶を済ませてから数日後、博之のところへ統括から

 手紙が届いた。

「どれどれ……」

 店の数字と人員の報告。

 その最後に、新しい商品の相談が書かれている。

『鶏の唐揚げと、一口大の豚の揚げ物も始めたいと思います』

「ああ、そうそう。それまだやってへんかったな」

 揚げ物を始めれば、それだけを酒のつまみにしてもいい。

 さらにパンに挟めば、今までのサンドイッチも増やせる。

 鶏の唐揚げを挟む。

 一口カツを挟む。

 野菜と合わせる。

「サンドイッチまで強くなるんやったら、ありやな」

 博之は返事を書いた。

『一気に量を作りすぎなければやってよし。油代と売れ残りだけ注意』

「……俺、なんかめっちゃ経営者っぽいこと書いてんな」

 自分で書いて少し笑った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ただ、手紙にはもう一つ報告があった。

『若干、揉め事がありました』

「若干って何や」

 詳しく読むと、二号店へ見かじめ料のような金を要求してくる連中が現れたらしい。

「出たかあ……」

 博之自身が以前話していた通り、店が目立てば、こういう者も寄ってくる。

 だが今回は統括が自分たちで動いた。

 二号店に時々来る、身体の大きな常連客がいる。

 酒も飯も普通の客の三倍ほど食う男だ。

「飯とビール多めに出すから、変なん来たらちょっと店の前おってくれ、か」

 別に殴り合いをさせたわけではない。

 でかい男が何人か店の前にいて、

「何の用や?」

 と聞いただけで、相手は一度引いた。

 さらに統括は、先日つないだ地区の顔役にもすぐ報告した。

『こちらでも目を光らせておくと言っていただけました』

「……やるやん」

 博之は感心した。

 自分ならどうするか。

 近所の人間に頼る。

 顔役へ話を通す。

 店だけで抱え込まない。

 ほぼ同じことを統括が勝手にやっている。

「俺、いらんようになってきたな」

 少し嬉しい。

 少し寂しい。

・・・・・・・・・・・・・・

 教会から来てもらった二人の子供についても、報告は良かった。

 黄色い腕章をつけて試用中。

 一人は朝の掃除。

 もう一人は皿洗いや配膳。

『二人ともよく働いています』

「おお、それが一番ええわ」

 博之はすぐ返事を書いた。

『無理に一人に絞らなくていい。仕事があるなら二人ともそのままで』

 二号店は少しずつ、その地区の人間だけでも回る店になってきていた。

「なんとかなってんなあ」

・・・・・・・・・・・・・・・

 そんなある日。

 今度は、本店から見て二号店とは反対方向にある地区から話が来た。

「博之さん。一度こちらでも店をやってもらえませんか?」

「……来た」

「何です?」

「いや、待ってましてん」

 二号店を出した時のように、博之から場所を探して乗り込んだ話ではない。

 横丁の評判。

 炊き出し。

 雇用。

 教会との付き合い。

 そういう話を聞いた向こうの顔役から声が掛かった。

「ほな、いきなり横丁全部は無理ですけど、小さくなら」

「何を出します?」

「まずサンドイッチやな」

 これは一号店でも二号店でも安定している。

「あとジュース」

 持ち歩けて、子供にも売れる。

「鶏の唐揚げと、一口の豚カツくらいかな」

「それだけ?」

「最初はそれだけ」

 博之は真顔だった。

「俺も学習したんですよ」

「ほう」

「最初から十種類やったら現場死ぬんで」

 向こうの顔役が笑う。

・・・・・・・・・・・

 数日後、博之は新しい地区へ挨拶に向かった。

「おっちゃんの隠れ家商会の博之です」

「話は聞いてるよ」

「悪い話ちゃいます?」

「今のところはな」

「それならよかった」

 博之は最初に方針を説明した。

「じっくりやります」

 既存店と無理に価格競争しない。

 現地の人間を雇う。

 自分たちが扱っていない商品なら周辺の店も紹介する。

「よそと揉めんように頑張りますんで」

「それなら歓迎するよ」

「ありがとうございます」

 そして早速、現地で統括を一人置くことになった。

 二号店で覚えた。

 博之本人が毎日来る必要はない。

「基本はこの人に任せます」

「え?」

 突然前へ出された新しい統括が固まる。

「大きい話だけ俺に持ってきて」

「いきなりですか?」

「そのための統括やん」

「まだ店も開いてませんよ!」

「開く前から統括や。偉いやん」

「嬉しくない偉さです!」

 周囲が笑う。

 帰る前に博之は肩を叩いた。

「一個だけお願いな」

「何です?」

「近所の店、ちゃんと挨拶行って」

「全部ですか?」

「全部じゃなくてええけど、少なくとも隣と向かいと、同じような飯売ってるところ」

「分かりました」

「揉める前に顔知っといた方が楽やから」

 二号店で一度失敗したからこそ分かる。

 店を作るより、居場所を作る方が難しい。

・・・・・・・・・・

 そうして博之は、まだ看板すら完成していない三号店を統括へ預け、元の地区へ戻った。

「……三号店か」

 自分から探しに行ったわけではない。

 横丁から始めたものが二号店へ流れ。

 二号店が少しずつ地区へ馴染み。

 今度は反対側の地区から声が掛かった。

「これくらいの広がり方が一番ええな」

 頼まれた場所で。

 小さく始めて。

 現地の人と一緒にやる。

「問題は」

 博之は積み上がった書類を見る。

「俺の仕事だけ全然減ってへんことやな」

 横丁を増やすたび、博之の仕事は調理から遠ざかっていた。

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