博之43歳。異世界16か月目。ダンジョンの怪我と活躍したゼルダ先生。経験が生きた
十六か月目。
夕方、博之が商会の一階で書類を見ていると、入口の方が少し騒がしくなった。
「ただいま」
「おう、おかえり……って、ソラどうしたん?」
戻ってきたソラの腕には布が巻かれていた。
「怪我したん?」
「ちょっとな」
「ちょっとちゃうやろ。大丈夫なん?」
「ミサキが治してくれたから、もうだいぶ大丈夫」
後ろからミサキが入ってくる。
「傷自体はそんな深くなかったよ」
「ほんま?」
「うん。ただ、もうちょっと深かったら嫌やったな」
「怖いこと言うなあ」
博之は思わずソラの腕を確認した。
「低層やろ?」
「低層の中でも、今日はちょっと奥の方まで行ってみてん」
「チャレンジ枠か」
「うん」
普段より少しだけ強い魔物が出る場所だったらしい。
「別にチャレンジするなとは言わへんけど、命一個しかないからな」
「分かってる」
「体も一個やぞ」
「分かってるって」
そこでゼルダが口を開いた。
「今回は、途中で別の若い連中が倒れてたんだ」
「別のパーティー?」
「ああ」
人数はいたものの、装備も経験も足りていなかった。
前衛が一人崩れたことで一気に形が悪くなり、そのまま魔物に押し込まれていたらしい。
「それをゼルダさんが見つけてな」
ソラが言う。
「助けたん?」
「まあな」
「お、ゼルダさんやるやん」
「危なかったけどな」
身体そのものは、まだ全盛期には戻っていない。
だが長年、高難度のダンジョンへ潜ってきた経験がある。
どの魔物から落とせば流れが変わるか。
誰を先に逃がすか。
どの距離まで下がれば追撃されにくいか。
その辺りの判断が速かった。
「俺自身、前みたいには動けない。でもこういう時は経験で何とかなる」
「それ、先生としてめっちゃ価値あるやん」
博之は素直に感心する。
「ソラらも見て勉強になった?」
「めちゃくちゃなった」
「なら怪我したんはあかんけど、全体としては経験になったか」
博之は少し考える。
「やっぱ初心者のうちは何人かで潜った方がええな」
「取り分は減るけどな」
「そこなんよ」
一人、二人で潜れば、一人当たりの報酬は増える。
だが、事故が起きた時に助けられる人数は減る。
「稼ぐんも大事やけど、帰ってこんかったらゼロやからな」
「その辺は若い奴ほど難しい」
ゼルダが言う。
「一回うまくいくと、次もいけると思うから」
「そこ教えたって」
「ああ」
「優しいところでちょこちょこ稼いで、身体作って、経験積んだらええねん」
ソラも素直に頷いた。
・・・・・・・・・・・・
「それとな」
ゼルダが袋を取り出した。
「これ」
「何?」
「返済」
机の上に銀貨が並ぶ。
「……十五枚?」
「ああ」
「こんなにええの?」
「今回、助けた連中の方から報酬を多めに回してもらった」
「なるほど」
「俺が借りてる額考えたら、これくらい返しとかんとな」
「まあ銀貨三百三十枚やもんな」
「毎回言うな」
「貸した側は忘れへんよ」
博之は笑いながら銀貨を受け取った。
「でも、正直な」
「何だ?」
「十五枚返してくれたことより、倒れてた子ら助けたって聞いた方が嬉しかったわ」
ゼルダが少し笑う。
「じゃあ十五枚返さなくてもいいか?」
「それは返してください」
「そこだけ急に厳しいな」
「当たり前や!」
周囲から笑い声が上がる。
「人助けと借金は別や」
「分かった分かった」
「これで残り三百十五枚な」
「ちゃんと数えてるのが怖いわ」
・・・・・・・・・・・・・
博之は改めてソラたちを見る。
「今のパーティー、結構ええんちゃう?」
ソラが前。
セラやゼルダが後ろ。
ユーリが魔法。
ミサキが治癒。
「人数増えたら取り分の問題は出てくるけどな」
「ずっと全員で潜る必要もないだろ」
セラが言う。
「低層や新人を見る日は多めに組んで、中層以上なら分ければいい」
「その辺は冒険者側で考えて。俺、そこまで分からん」
「珍しく投げたな」
「専門家に任せるという成長です」
「便利な言い方だな」
博之は笑った。
「ゼルダさんもさ、また無料券渡しとくから」
「またか?」
「休みの日とかリハビリがてら来て、ここでだらだら喋ってよ」
二階にはパーティールームもある。
若い冒険者たちが集まれば、自然と経験談を聞く機会にもなる。
「飯食って、酒飲んで、昔のダンジョンの話でもしてくれたらええから」
「分かったよ」
するとセラが何気なく言った。
「私の家も近くなったしな」
「……ん?」
ソラがセラを見る。
「セラさん、引っ越したん?」
「ああ。商会から三軒隣」
「三軒隣!?」
ユーリまで振り返った。
「いつの間に?」
「博之の近くに住みたいと思って」
「……え?」
空気が一瞬止まる。
ソラ。
ユーリ。
ミサキ。
全員の視線が博之へ集まった。
「いやいや」
博之は慌てて手を振った。
「今その話、本質ちゃうから!」
「本質じゃないん?」
「今はソラの怪我とゼルダさんの活躍の話!」
ミサキがにやっと笑う。
「おっちゃん、話そらした」
「そらしてへん!」
「顔赤いで」
「うるさいわ!」
ゼルダは事情がよく分からないまま笑っている。
ダンジョンで一人救われ。
ソラは少し怪我をして帰り。
ゼルダは銀貨十五枚を返した。
それだけでも十分に話題の多い一日だったはずなのに。
結局最後は、なぜか博之の女関係に話が流れかけた。
「ほんま、最近こっちの方が危険やわ」
「ダンジョンより?」
「それ以上聞くな」
またパーティールームに笑い声が響いた。




