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博之43歳。異世界16か月目。広げるよりも、にじませる。教会での炊き出しと神父さんとのやりとり

 十六か月目。

 博之は銀貨一枚を持って、また教会へ顔を出した。

「神父さん、これ」

「……また寄付ですか?」

「まあ一枚だけやけどな。あと世間話」

「博之さん、最近は寄付と世間話がセットですね」

「話聞いてもらう代金みたいになってんな」

 二人で笑ったあと、博之は思い出したように言った。

「あと今晩、炊き出ししようかなと思ってんねんけど」

「今晩ですか?」

「急すぎる?」

「いえ。やっていただけるならありがたいです」

「ほな決まりやな。野菜と肉とパン、適当に持ってくるわ」

 大量に豪華なものを出す必要はない。

 温かい汁物とパンがあって、腹いっぱいになればいい。

「それとな」

「まだあるんですか?」

「この前、教会から三人試しで雇って、一人戻したやろ?」

「ええ」

「代わりというわけちゃうけど、二号店の方で二人ぐらい試してみてもええかなと思って」

「本当ですか?」

 神父の顔が明るくなる。

「めちゃくちゃありがたいです」

「ただし最初は試用な」

 黄色い腕章を付けてもらう。

 掃除、皿洗い、配膳、簡単な荷運び。

「もちろん給料は払うで」

「それなら子供たちも喜びます」

「二人行ってもろて、しばらく見て、そのうち一人でも長く残れそうならええかなと」

「もし二人ともよく働いたら?」

「そら二人とも仕事あるなら置いたらええやん」

 博之は笑った。

「無理やり一人落とす選抜試験ちゃうんやから」

 ただ、二号店のある地区には、そちらの教会もある。

「ほんまは現地の子も雇わなあかんと思ってんねん」

「それは大事でしょうね」

「せやろ?」

 よその地区へ店を出して、働く人間まで全員こちらから連れていく。

 それでは地元から見れば、金だけ取りに来たように見えるかもしれない。

「向こうの教会にも挨拶行こかな」

「統括の方に任せるのでは?」

「それも考えてんねんけど……」

 博之は頭を掻いた。

「最初の入口だけは俺も行った方がええ気すんねんな」

 二号店をどういう考えで作ったのか。

 どういう子供を雇いたいのか。

 鑑定や融資まで含めた事情。

 統括が全部を知っているわけではない。

「一回だけ一緒に挨拶して、そっから統括に任せよかな」

「広げると、広げた分だけ難しくなりますね」

「そうやねん」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 博之は教会の椅子にもたれた。

「一号店の横丁は、もうだいぶ完成してると思うねん」

 これ以上、飲食店を何軒も増やす気はない。

 やりたい者がいて、場所が空いていて、周囲とも揉めないなら相談に乗る。

 それくらいだ。

「この前も四人目の鑑定したやろ?」

「縫製の女の子ですね」

「そうそう」

 冒険者だけではない。

 リクのように商売をする者。

 ミサキのように治療へ進む者。

 縫製の子のように職人へ進む者。

「店そのもの増やすより、これからは人を増やす方がおもろい気がしてんねん」

「なるほど」

「三号店、四号店を俺がガンガン建てるよりな」

 足場を固める。

 横丁を安定させる。

 二号店を育てる。

 その利益で少しずつ鑑定をする。

 出てきた適性に合う仕事へつなぐ。

「それを見た別の地区が、『うちでも似たことできへんか』って思ってくれた方がええんちゃうかな」

 神父が頷いた。

「一つの見本になるわけですね」

「そうそう。俺一人で全部やるんは無理やから」

「むしろ、それも見せた方がいいかもしれません」

「何を?」

「博之さん一人では限界がある、ということです」

「それは嫌でも見えると思うけどな」

 二人で笑う。

「でも、こうして寄付したり炊き出しをしたり、現地の人を雇ったりしていれば、

 別の地区でも評判にはなりますよ」

「そうかな」

「そのうち向こうから、『こちらにも来てほしい』と言われるかもしれません」

 博之は少し考えた。

「……それが一番ありがたいな」

「なぜです?」

「こっちから乗り込んで店出して、地元の店から嫌われるん嫌やもん」

 二号店の最初がそうだった。

 サンドイッチを安く売りすぎて、周囲から苦情が来た。

「あの時、結構反省したからな」

「なら、今のやり方の方がいいですね」

「じわじわええこと積んどいたら、期待値みたいなんが向こうへにじんでいくわけやな」

「そういうことだと思います」

「ほな、それでええわ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 その夜。

 教会の前では大鍋から湯気が立っていた。

 肉と野菜をたっぷり煮込んだ汁物。

 パン。

 少しだけ果物。

「並んでなー。まだあるから押さんでええで」

 博之も鍋の横で器を渡す。

 子供たちは夢中で食べ、大人たちも温かい汁をすすった。

「おっちゃん、ありがとう!」

「おう」

「うまかった!」

「それはよかった」

 何人にも声を掛けられる。

 帰り際、神父が笑った。

「こういう『おっちゃん、ありがとう』って、気持ちいいでしょう?」

「……まあな」

「だから続けてるんじゃないですか?」

「いや、商売のためや」

「はいはい」

「ほんまやって」

 と言いながら、博之も笑っていた。

 三号店も四号店も、今すぐはいらない。

 一軒の横丁。

 一軒の二号店。

 そこから仕事が生まれ、人が育ち、別の場所へ少しずつ流れていく。

「一個一個、丁寧にやりますわ」

「博之さんがそれを言えるようになったのは成長ですね」

「俺、前から丁寧やったやろ」

「どうでしょうね」

「なんでやねん」

 大鍋の底が見える頃には、集まった人たちの腹もだいたい満たされていた。

 広げるのではなく、にじませる。

 博之のやっていることは、少しずつそんな形に変わり始めていた。

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