武士を恋ふ。
昔々、ある所に源義経という女子小学生がいました。
当時彼女には仲良くしていた男の子がいました。
その男子はこれと言った特徴はなく運動も中の中、絵や歌が上手いわけでもない。
強いて言えば聡明な神童且つ、引くレベルの努力家であったということぐらい。
だが、その聡明さも義経と肩を並べる程度であった。
人は謂う、「義経と釣り合わない」
義経は謂う、「共に一生を寄り添いたい」
そして、時は流れ…小学校の卒業式の日。
「好きでした!今まで…ず、ずっと!つ、付き合ってくれません…か?」
告られた…
その男子から。
義経と男子は同じ私立中学に受験したのだが、
惜しくも男子のみが落ちてしまい、それ故2人が出会えるタイミングも最悪これが最後となってしまう。
よって自分の思いをぶちまける、という行動に出たのだろう。
突然出会った、
当然義経は困惑する。
返事は保留させてくれ
この言葉を皮切りに、2人はだんだん疎遠になってしまった。
各々が楽しい中学生活を送り、
そして卒業した。
問題は高校生活だ、
玄関ロビーにデカデカと張り出された一年生の中間考査の順位の張り紙。
源義経はそこの玉座に鎮座していた。
これは当人にとっては中学からの恒例行事のようなものであり、特段注目する所ではなかった。
問題は「2位」である。
首席の名前を見るからには、否が応でも次席の名前も視界に入る。
義経はその名前を見て驚嘆した。
[2位 5組1番 吾妻鏡介 962点]
懐かしきあの男子の名が刻まれていたのだ。
義経は久々に胸が躍った。
それからというもの、よく5組に顔出したりもしたという。
男子は義経と数点差でいつも2位であった為、よく彼女の目にも止まった。
そして、2年の春…
2人は遂に邂逅した。
憂鬱な月曜日を心待ちにしている…
帰路で今日のあの人の表情を思い浮かべる…
それ即ち『恋』と呼べるものだ。
数年振りに味わった奇跡的な再会に、恋に、
胸躍らない者などいるだろうか?
鏡介の、いつもの淡白な横顔に愛着が湧く…
笑うと頬の笑窪を隠す猫のような仕草に心臓がときめく。
それだけではない!
彼のその直向きさと努力家な所、
それが彼の魅力をさらに押し上げていくのだ!
って………あれ?
───────寝てる…授業中に、
それが原因で義経の恋心は冷えて固まってしまった……のではない!
むしろ更にときめいていたのだ!
鏡介の小動物が如きその寝顔!
義経の口角を上げるのに十分なほどの破壊力であったという。
只、問題は……毎時間その寝顔を見せている、ということだ。
一体どういうこと?あの努力家の一面はどこに行ったの?
放課後も昼休みも遊んでばかり、
義経は冷め始めている己が恋心に気づき始めていた。
中間試験の一週間前には鏡介は彼女の視界の端にも居座れなくなってしまった。
そして、一つの事件が起こる。
中間試験だ。
彼女らの学校の試験は難解なことで有名、
中学では首席の座を開け渡さなかった秀才が、このテストで全教科欠点という惨事がザラにある。
ある俊才が謂う、「5大国家試験でも解いているのか…?僕たちは…」
そんな試験の中でも特に意地の悪い、ラスボスとでも言うべき教科が生徒を襲う。
『古典』である。
かの源義経でさえ、余った時間で全問見直せるか否か、と言う難易度。
そんな古典試験を解いている鏡介をチラリと横目で見てみる。
っふ…流石の堕落した鏡介でさえ、真面目に解いているようだ…
なんせこれは中間テスト、真面目に取り組まない方がおかしい……
は?
鏡介はシャーペンを机上に置いたかと思うと、満足げのある表情で大きく伸びをしたのだ。
この一連の動作から生まれる結論、それは……
───もうすでに解き終わった…?!
ありえないありえないありえない!まだ20分も経っていない…!
っ………舐めプかぁ……!
その刹那、義経の冷めた恋心は一転、激しい憎悪へと置き換わった。
今がテスト中だと言うことに感謝しよう…
そうでなければ今この瞬間彼女は自我を見失い、ゆっくりゆっくりと鏡介を締め殺していたかもしれない。
憎い。憎い。あんなに愛していたあの人が…今はただ、ただ単に憎い。
そして、古典のテストだけに飽き足らず、全てのテストでそれをこなしてみせた。
どんな形容詞でも…この思いを、憎しみを表せない!
どんなに素晴らしき詩人でも、この感情を表現し切るのは不可能だ。
あいつの、いつもの紋切り型なその横顔を削り取って仕舞いたくて堪らない…
笑うと頬の笑窪を隠す蠅を想起させる仕草に殺意が倍増する。
許さない…絶対に、
せめて、鏡介の醜態をこの目に焼き付けねば、狂って死んでしまう…
義経はそう判断したのだろう、中間考査の順位表を見にロビーにやってきた。
まずは自分の順位だ、当然一位である………
1位 3組01番 吾妻鏡介 957点
2位 3組34番 源義経 936点
人に理性を備え付けさせた神とやらに今は唯、最大の怒りを…
理性が無ければ、すぐ様にあのハナクソを殺すことができない…
しかし、それでも、真理と言う名の足枷を引き摺り、憎きあのチンカスに近づいていった。
それは自我であり、本能であった。
そして告げる。
「いた」───
おっす!オラ芳一!
テスト明け初めの学校に赴いたら、テストの順位表が張り出されていたぜ!
興味本位にみてみると、なんと!我が人格を宿している吾妻鏡介が学内一位じゃないか!
これは喜ばしい!
その10秒後無事、鏡介の好きな人源義経に首を絞められる結果になったぜ!
なんでこうなった?
「5秒あげる、遺言なら今言って」
「待って、話聞いてって!」
「4……3……よし殺す」
「5秒待ってよ!ちゃんと!」
「私の脳内時間で5秒だよ」
「早すぎだろ、俺の事殺したすぎだろ」
こいつら……意外に仲がいいのか?
周りから「やれやれ、こいつらホント仲良いな」的に温かい目で見られそうな夫婦漫才を繰り広げながらも、
不思議だ。
彼女自身の殺意、あれは本物だ。
「私の人生の5秒間、あんたに費やしてんだから感謝しなさいよね」
「ツンデレかよ!おま!?」
「あ゙?」
水墨を垂らした清水の如きドスの効いた声が彼女の口腔から飛び出た。
ひどくびっくりだ。
「何が『ツンデレ』よ…舐めんなカス、『ツンデレ』じゃねえよ…『ツン』だよ『ツンツン』なんよ…!デレてねえよ、『ツンイラ』だよ!」
「やばい、『ツン』がゲシュタルト崩壊してきた」
「で?どうするの?遺言済んだ?」
「待って!ちょっと考えたいから明日まで待ってよ!」
「糞くだんねぇ事抜かしてんじゃねえですよこのクソカスゴミアホクズ」
「んー、強烈〜」
義経が出すあまりの憎悪と殺意とそして圧に辟易し、鏡介は『冷笑界隈』ならぬ『苦笑界隈』と化してしまった。
「もう我慢ならない、この手で殺してやる」
そういった途端、ギシィッ…!っと凡そラブコメで出てきてはならない効果音が僕の、僕たちの鼓膜を揺らした。
義経が全力の握力を込め、鏡介の頸椎を握りつぶさんとしているのだ。
「げっはぁ!ちょ…待って、待っで!まじィ゙…死ぬ!死ぬっで!」
「しね」
強烈な文句が痰のように吐き捨てられた。
とかいう僕自信は何も感じてなどいないのだけれど。
するとどうしたろう。
鏡介は頭半分低い位置にある義経のおでこを
ぐいっと手の付け根で押し返した。
「むぎっ」
すごい、鏡介の首から義経の手が離れていったのだ。
「むぎ〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
彼女の手が完全に離れた暁には、
決して届くことのないグルグルパンチをエンドレス発動する末路を辿ることに義経はなってしまっていたのだ。
「ヤーダァ!殺す!」
やれ哀しきかな。
義経がいくらガンダッシュしようとも、その麗しい旋毛が、アホ毛が、彼に到達することは決してない。
それが目に届く範囲にあろうが、手を伸ばしても、駆け抜けても、それが手中に収まることは殆どない。
人生とはそういう物であるのだと、恥ずかしながら僕は今更ながらにそれに気づいた。
そして眼前のこの光景はそれを圧縮した物であり、そこはかとなく感じる壮大さはまさしくガンジス川の如き。
僕は静かに手を合わせたのだった。
「お〜〜〜い!始業だぞー!何やってる、教室に入れー」
「…ッチ」
「《え?舌打ち?》」
僕たち2人はハモった。
「しゃあない、寿命が伸びたね」
鏡介が言う
「決心つかなったくせに…」
「殺す」
今までに浴びたことのない殺意を思い切り浴びた…
過呼吸が止まらない…
僕は、僕たちはこれから『あれ』に命を狙われ続けるのだ…
発狂できる物なら、させて欲しい…
そうなればいくら楽だろうか…
溢れ出る吐き気を抑えつつ、僕 (というか鏡介)は教室に入って行くのであった…
「あ〜〜〜〜〜〜〜〜…」
鏡介は気が滅入ったようだ。
無理もない、夫婦漫才を繰り広げていたとは言ってもあの殺意を一身に受けていたのだ。
滝に打たれながら落語をするようなものだ。
今この瞬間に形容し難い疲労感が鏡介を襲っていることだろう。
今は彼を休ませるのが人間という物であろう。
「嫌われてないといいなあ〜…」
……
馬鹿かこいつ。
いや馬鹿だこいつ。
あんな殺意を向けられて、考えることが「好きな人に嫌われたくない」だと…
それにあんな殺意を向けられて嫌われてないわけがない。
「ふぅ〜〜〜〜〜……芳一……」
《心ん中で喋りかけろよ…どうした?》
(え?ああ、すまん…)
《いや、別にお前を思ってだから…まあいい、なんだ?》
(俺ちょっと寝るから、あとはよろしくな)
…こいつ殴ったろか
────というわけで僕は授業を受けることになった…
なんで一度習ったところをもう一回受けないとならないんだ?
僕は教科書のコラムページを読んだり、シャーペンを弄ったりして時間を潰した。
するとその時だった。
「あ」
手中にあった筈のシャーペンが気づけば音を立てて床と接吻を交わしていた。
…つまり、シャーペンを落としてしまった…
(拾わなきゃな……)
僕がシャーペンに手を伸ばした、その時だった。
「これ…落としたよ?」
柔らかく、オルゴールを想起させる優しい声が告げる。
隣の席の女子が僕のシャーペンを拾ってくれたのだ。
青みがかった黒髪ロングが美しい。
沈魚落雁の麗しさ、二次元の女の子で目が肥えてしまっている僕でも思わずたじろいでしまった。
まさか、二次元の女の子より可愛い女子が三次元にいたなんて……
さて、お礼を言おう!
お礼……
おれ…
ここで読者諸賢様には思い返して頂きたい。
なんと僕こと阿弥陀芳一は女子と喋ってなどいないのだ。
それは描写されていないというわけではない。
『喋れない』のだ
「あ…そ、その、あ……ありが、とうござい…ます、、」
僕は前世で、休み時間は音ゲーをし、弁当はクラスの端っこか、トイレで推しの配信を見ながら食べていた。
放課後はもちろん、たむろする事なく、外界に自信を隠すように教室を出ていく。
そんな典型的な陰キャ男子高校生だったのだ。
当然、女子となど喋ったことはない。
何か喋ろうとしたら必ず文頭に「あ、」がつく。
よってついた二つ名は『カオナシ』である。
「あれ?吾妻ってそんなキャラだったっけ?」
ふと思い返した。
そうだった、僕は鏡介の体にいるんだった!
忘れていた…
というより、僕は彼のキャラを知らない…
唯一知っているのは脅された時の軽々白々とした態度…
これはヤバいことになった
…と思っていたその瞬間。
「なぁんだ…ちょっと親近感湧いてきたかも…」
「……え?」
「ほら、アタシって可愛いじゃん?」
えげつない第一声だ。
だが事実そうであるため、何も言えない。
「だから他の女の子達に話しかけられるんだけど…アタシはちょっと苦手なんだよねー…あーゆー空気」
「は…はぁ、」
「アタシはただ、静かーに青春したいだけなのにさ…友達も5人以上はいらないし、勝手に好きな人作って付き合って…校舎裏で、キス……とかだけで十分なのに……だから、今のちょっと大人しめの吾妻ぐらいがちょうどいいかな?放課後に好きなアニメとかBLとか話し合ったり…っていう感じのね」
……正直驚いた、
内面、それもほんの表面だけであるが、素の自分を受け入れてくれる人がいたなんて…
「あーあ、吾妻が女の子だったらいいのに…」
瞬間、ここがターニングポイントなのだと僕は自覚した。
ここで「友達になろう」といえば、僕の初めての女友達ができるのだ!
がんばれ。僕!
いけ!
がんばれ…
…
だめだ、全て喉で突っかかって飲み込んでしまう…
小骨のようなもどかしさが、喉から全身へと運ばれる。
言えばいいだけなのに。
そんな事、自分で重々承知している。
でもなぜか足がすくむ、何かを言い訳にして折り返そうとしている。
だめだ!そんなんじゃ、垢抜けするんじゃなかったのかよ…
怖い、ただ怖い…
嫌な可能性が脳内に充満していく。
僕は、ここまで弱かったのか…
「あ、そーだ!別に女子じゃなくたっていーじゃん!」
黒髪ロングのかわい子ちゃんが口を開いた。
全ての鬱蒼とした悩みが拭き取られたかのような感覚だ。
「ねえ!吾妻!アタシと友達になってよ!てかインスタやってる?」
………この世の全ての感覚が遮断されたような気がする。
そしてこの世に残るのは自分の感情だけである。
しかしどこか暖かい、嬉しい、高揚する。
「ラ…LINEなら…」
「わかった!………はい、!これアタシのラインね!」
「あ、ありがとうございます……!えっと、どっか……どこから、するんでしたっ…け?」
「ここだね!QRコードをスキャンってところ!」
彼女に教えてもらいLINEを追加した。
彼女の名前を見てみる。
「NoRitsune⭐︎」
おそらく彼女の名前は平教経だろう。
史実では源平合戦の最終決戦、壇ノ浦の戦いにて、源義経に単独で切り掛かった猛将。
義経はかの有名な八艘飛びでそれから逃げた。
教経はそれだけに留まらず、源氏の巨漢を両脇に抱え、道連れという形で壇ノ浦に沈んだという。
まさに平家物語のスター。
「よろしくね!吾妻!っていうか、名前でよんじゃってもいい?よろしくね鏡介!」
明眸皓歯の美しさ、こんな僕でも友達として慕おうとしてくれている。
そして許容してくれている。
僕は明らかに彼女に友情ではない『何か』を抱いていた。
これが恋というものか。
『源平男子、武士に恋する。』とはよく言ったものだ。
僕は…阿弥陀芳一は、吾妻鏡介の体で、1人の女子に恋してしまった。
こんな恥知らずの僕を誰が切り捨ててくれようか、
今はただ、僕の醜態をせいぜい嗤い飛ばしてくれ。
こんな馬鹿な僕の醜態を。




