Ep.66 嵐の過ぎた朝
「俺様」の嵐が過ぎ去った翌朝。カイルは知力をフル稼働させ、寝静まった魔王の部屋へ忍び込みました。
昨日の涙が嘘のような、キラキラとした「イタズラっ子」の瞳。カイルは寝入っているガイアスの分厚い胸板へ、軽やかな身のこなしで飛び乗ります。
カイル:
「おはよう! ガイアス!! 起きろーッ!!」
ガイアス:
「ぐはっ!? ……な、なんだ、敵襲……!? カイル……!? お前、朝っぱらから……」
寝ぼけ眼のガイアスが状況を把握するより早く、カイルは天井に仕掛けておいた魔法の糸をパチン!と弾きました。
(ボフボフボフボフッ!!)
「うおわぁっ!? なんだこれ、クマか!? クマのぬいぐるみが降ってきやがった!!」
視界を埋め尽くす大量のふわふわなテディベア。魔王の巨体が、愛らしいぬいぐるみたちの山に埋もれていきます。
カイル:
「にししっ! 先日の『落とし前』だよ! じゃあね、のぼせ魔王!」
カイルはガイアスの顔に一匹のテディベアを押し付けると、追撃を許さぬ速さで部屋を飛び出しました。
ガイアス:
(山積みのテディベアの中から、顔を真っ赤にして這い出す)
「……っ、あいつ……! 戻りやがったな、いつものクソ生意気なカイルに……! クソッ、朝から心臓に悪いんだよ……!」
(手に持った一匹のクマを、不器用そうに、けれど愛おしそうに抱きしめながらニヤけ顔が止まらない)
廊下のリリィ:
(角を曲がってきたカイルを録画石でパシャリ!)
「あ、カイル! 良い笑顔ね! 今の『おはようガイアス』、昨日の『俺様』より破壊力あったわよ? ガイアス、今ごろ部屋で悶絶してるわね!」
キッチンのセシリア:
(朝食を並べながら、廊下を走るカイルの足音を聞いて)
「ふふ、元気な足音……。ようやく、いつものカイル様が戻ってこられたようですわね。……さて、ガイアス様が『クマまみれ』で食堂に来るのを、楽しみに待ちましょうか」
カイルは廊下を駆け抜けながら、胸に溜まっていた「恥ずかしさ」が、スカッとした爽快感に変わるのを感じています。
「俺」ではない、でも「ただの子供」でもない。仲間を振り回し、笑い合う、これがカイルの選んだ最高の日常です。
・キッチンとリビングの境界
ガイアスへのクマ爆撃を成功させ、テンションが最高潮に達したカイルは、勢いそのままにリビングへと滑り込みました。エプロン姿で朝食の仕上げをしているセシリアの背中を見つけ、イタズラが囁きます。
(……よし。先日の『俺様』の威圧感を再現して、セシリアを驚かせてやる!)
カイルは足音を消し、背後から一気に間を詰めました。セシリアが振り返る寸前、昨日と同じ角度、同じスピードで、彼女の横の壁に「ドンッ!!」と勢いよく手を突きます。
カイル:
「……おい、セシリア。……いつまで僕を待たせん……っ、……な、……」
昨日なら低く響いたはずの声が、あまりの恥ずかしさと「素」の自分とのギャップで、最後は情けなく裏返ってしまいました。しかも、勢い余って自分の手首を少しグキッといわせる始末。
カイル:
「……っ、……あいたたた……。……あ、あー……、……おはよ、セシリア。……ええと、今の、……冗談だから! 忘れて!!」
顔面を真っ赤にし、壁に手をついたまま固まるカイル。昨日の「覇王」の面影はどこへやら、そこには一生懸命にかっこつけようとして大失敗した、いつもの可愛いカイルがいました。
セシリア:
(ゆっくりと振り返り、カイルの真っ赤な顔と、少し震える手首を見て……慈愛に満ちた、けれど最高にいたずらっぽい微笑みを浮かべる)
「ふふふ……。あら、カイル様。……今のは、昨日の『続き』かしら? ……でも、そんなに顔を真っ赤にされて、お手首まで痛めて……。そんなに必死に私を追い詰めたいのなら、今すぐ抱きしめて差し上げてもよろしいですわよ?」
リリィ:
(物陰から録画石を構えて、お腹を抱えて笑い転げる)
「ぷっ……ははは! ダメ、今の最高! 『締まりがない壁ドン』! カイル、あんたやっぱり『俺様』は3日間が限界だったのね! でも今の情けない感じ、100回は見返せるわよ!」
レオン:
「……先代様。……昨日の鋭さはどこへ……。いえ、でも! その不器用な壁ドンもまた、新しいジャンルの『尊さ』を感じますッ!! 素晴らしいです!!」
ガイアス:
(頭にテディベアを一匹乗せたまま、フラフラと食堂に現れて)
「……おい。……カイル、お前……。またセシリアをいじめてんのか? ……って、なんだその顔。茹で上がってんじゃねーか。……ほら、飯だ。さっさと座れ、バカ」
カイルの「再起をかけた俺様リプレイ」は見事に自爆に終わりましたが、リビングは昨日の凍りついた緊張感とは対照的な、爆笑と温かい空気で満たされました。
・賑やかな食卓
自爆した「壁ドン」の恥ずかしさを振り払うように、カイルはパッと顔を上げ、カウンター越しに準備をしている相棒へ声をかけました。
「あ、そうだ。……ねえガイアス! ここ数日、君のあの『クソ苦いコーヒー』飲んでないや。……淹れてよ、ガイアス。今すぐ飲みたい!」
ガイアス:
(テディベアを頭に乗せたまま、持っていたスプーンを落としそうになって固まる)
「……あ? お、お前……正気か? 昨日は『センスねー』だの『泥水』だの言いたい放題だったじゃねーか……。それが、急に……」
昨日の「反抗期モード」で浴びせられた罵倒がまだ胸にチクリと刺さっていたガイアスでしたが、カイルのその「いつもの、少しわがままで懐っこい声」を聞いた瞬間、強面の顔がみるみるうちに緩んでいきます。
ガイアス:
「……けっ。……勝手な野郎だぜ。……分かったよ。お望み通り、目が覚めるような『クソ苦い』やつを淹れてやる。……感謝しろよ、カイル」
(背中を向けて必死にニヤけるのを堪えながら、世界一丁寧に豆を挽き始める)
セシリア:
(パンケーキをカイルの前に置きながら、慈しむような微笑みで)
「ふふ……。カイル様、やはりあの苦味がないと、一日が始まりませんわよね? ……ガイアス様、私の分もお願いいたしますわ。……カイル様と一緒に、その『センスのない味』を楽しみましょう」
レオン:
「先代様……! 苦いコーヒーを欲するそのお姿、まさに大人の男の余裕……! 僕も、僕もご一緒させてください! 」
リリィ:
(録画石を構えて)
「はいはい、仲直りの一杯ね! 昨日の『俺様』も良かったけど、やっぱりこうやってガイアスに甘えてる(?)カイルの方が、絵になるわよ!」
数分後。湯気と共に、部屋中に広がるあの「焦げたような、強烈な苦味」の香り。
ガイアスが、カイルの前に少し震える手でカップを置きました。
ガイアス:
「……ほらよ。……飲め。……苦くて泣き言言っても、砂糖は足してやらねーからな(と言いつつ、こっそりカイルの手の届くところに蜂蜜の瓶を置く)」
・幸福な朝食
カイルは湯気の立つカップを両手で包み、意を決して一口、その「黒い液体」を口に含みました。
「…………っ!! げっ、やっぱり苦い! 最悪だよガイアス! 舌が痺れるじゃんか!!」
カイルは露骨に顔をしかめ、ベロを出して子供のように悶絶してみせます。ここで文句を言うのが「いつもの僕」の様式美。ですが、飲み込んだ後に喉の奥に広がる独特の香ばしさと、胃の腑に落ちる温かさに、カイルの表情は自然と緩んでいきました。
「……でも、……これだよね。……結局、これが一番、落ち着くわ」
伏せ目がちに、けれど消え入りそうなほど優しい声で呟いたその瞬間。
ガイアス:
(持っていたコーヒーポットを落としそうになりながら、真っ赤な顔で顔を背ける)
「……っ、……ふん。……勝手なこと抜かしやがって。……最悪なら残せよ、バカ。……ったく、……そんなに落ち着くんなら、……明日も淹れてやるよ。……あー、……豆、買い足しとくか……」
(声が上ずっています。頭の上のテディベアが、彼の動揺に合わせてぷるぷると揺れています)
セシリア:
(カイルの向かいに座り、自分のコーヒーを優雅に啜りながら)
「ふふふ……。カイル様、お顔がとっても幸せそうですわよ? ……やはり、ガイアス様のこの『不器用な愛の味』は、何物にも代えられませんわね」
レオン:
「先代様……! 苦味を噛み締め、日常を慈しむそのお姿……! 昨日の『俺様』な覇気とはまた違う、深い慈愛のオーラを感じますッ!!」
リリィ:
(録画石をズームして、カイルの微かな笑顔をキャッチ)
「はい、名場面更新! 『苦い!最悪!……でも落ち着く』……。カイル、あんた最高のツンデレね! 昨日の壁ドン失敗の汚名、これで返上かしら?」
フローラ:
「……カイル、にこにこ。……ガイアス、あかい。……みんな、いっしょ。……しあわせ。」
(カイルの膝の上で、カイルのカップを不思議そうに覗き込みながら、尻尾を「ぴこん、ぴこん!」とリズムよく鳴らしています)
カイルは苦いコーヒーをちびちびと飲みながら、ハチミツたっぷりのパンケーキにフォークを伸ばします。
外は今日もいい天気。昨日の涙も、一昨日の傲慢さも、すべてはこの賑やかな食卓の笑い話へと変わっていきました。




