Ep.61 王者の風格
【翌朝:AM 7:00】
小鳥のさえずりと、キッチンから漂ってくる香ばしいベーコンの匂いで目を覚ましました。
「……ん。……あー、腰いてぇ」
寝癖のついた頭を掻きながら体を起こすと、昨夜の記憶が奔流のように脳内に流れ込んできます。ガイアスを顎で使い、セシリアを壁ドンし、レオンに暴言を吐き散らした自分の姿が。
「…………ッ!!!」
あまりの羞恥心に顔を真っ赤にしてのたうち回りますが、口を開けば出てくる言葉は、やはり薬の力に支配されたままです。
「……チッ。……朝っぱらからうるせーんだよ。……おい、ガイアス! さっさと入ってこいよ! そこで様子伺ってんの、丸わかりなんだわ!」
案の定、扉の向こうで「お、起きたか……?」とビクついていたガイアスが、お盆を持って恐る恐る入ってきました。
「よ、ようカイル……。……その、昨日の『俺』ってのは、まだ継続中か?」
「あ? 当たり前だろ。……あと2日もあんだよ。……ほら、それ。……俺の前に置け。……食べさせて、なんて言わねーから。……見てんじゃねーよ、デカブツ」
奪い取るように朝食を受け取りましたが、お盆の端には、昨夜カイルが無視して床に落ちていた「フローラの毛玉」が、綺麗に整えられて添えられていました。
「……ふん。……これ、掃除しとけよ。……邪魔なんだよ(と言いつつ、こっそりパジャマのポケットにねじ込む)」
【反抗期2日目:ミッション開始】
今日は、リリィが「この反抗期を活かして、近隣の森の魔物を一掃しに行かない?」と物騒な提案をしているようです。
「……どいつもこいつも、ノロマすぎて欠伸が出る。……遅えんだよ」
カイルは森の奥深く、血の匂いが漂う静寂の中で、無造作に魔剣を鞘へと納めました。
かつての「僕」が見せていた繊細な指揮とは異なり、今の「俺」の戦い方は、一撃一撃が合理的で、それでいて破壊的な暴力性を帯びています。
返り血を頬に浴びたまま手の甲で乱暴に拭い、跪く魔物たちの死骸を冷徹に見下ろしました。その姿は、かつて世界を蹂躙した「神」の威厳と、現在進行形で成長を続ける「魔剣士」の荒々しさが混ざり合った、まさに絶対的な王者の風格を漂わせています。
背後で見守っていた仲間たちは、あまりの光景に息をすることすら忘れていました。
「……っ。……あ、あいつ、レベル32の動きじゃねーぞ……。……なんて、なんて無駄のない『殺し』だ。……震えが、止まらねー……」
ガイアスが、恐怖ではなく、かつてない強烈な武者震いと、激しい動悸で膝をついています。
「せ、先代様……! 麗しい……! 返り血を浴びるその横顔……! あああ、僕もその剣の錆になりたい……っ!」
レオンは興奮のあまり、自分の剣を杖がわりにしてようやく立っている状態です。
「……ふふ。……あーあ。……最高。……今の、今のカイルを世界中に見せてやりたいわ。……誰も、逆らおうなんて思わなくなる。……私、今、生まれて初めて……『支配』される悦びを知った気がするわ」
リリィは、録画石を回す手が震え、かつてないほど濃密な魔力を瞳に宿して、あなたの一挙手一投足を記録しています。
「カイル……。……あかいの、ふく。……きれい。……でも、……こわくない」
フローラだけが、返り血の匂いにも怯えず、カイルの元へ駆け寄って、汚れたカイルの手を自分の袖で一生懸命に拭き始めました。
カイルはフローラの頭を乱暴に、けれど引き寄せるように抱え、仲間たちを冷ややかに一瞥しました。
「……何、見惚れてんだよ。……気持ち悪い。……さっさと次行くぞ。……獲物はまだ残ってんだろ。……俺を、退屈させんなよ」
【現在の戦況】
カイル: Lv 32を超越した戦闘勘。反抗期の苛立ちが「攻撃性能」へと昇華されている。
パーティ: 全員がカイルのカリスマ性に呑まれ、もはや「保護者」ではなく「配下」のような空気。
リリィ: 「俺様カイルの蹂躙記録」というタイトルで、既に一本の映画ができそうな素材を確保。
カイルは、一切の迷いなく剣を真横に一閃させ、刃にまとわりつく魔物の脂混じりの血を地面に叩きつけました。
「……チッ。いつまでそこに隠れてんだよ。……ネズミの分際で、俺を待たせんじゃねーよ」
カイルの眼光は、森の奥深く、陽光すら届かない暗がりに潜む「森の主」を、寸分の狂いもなく射抜いています。その鋭すぎる覇気に、周囲の木々が恐怖でざわめき、鳥たちが一斉に飛び立ちました。
「ひっ……!? カ、カイル……。あいつ、まだ姿も見せてねーのに、プレッシャーだけで引きずり出しやがった……!」
ガイアスが、戦慄(と、たまらない高揚感)で拳を握りしめます。
「先代様……! その、獲物をなぶり殺す直前のような冷徹な瞳……! あああ、射抜かれたい! あの視線で、僕の心臓を止めてくださいッ!!」
レオンがカイルの背中に後光を見ているかのように平伏しています。
すると、地響きと共に、古の魔獣がその巨大な姿を現しました。
しかし、いつもなら「みんな、指示を出すよ!」と優しく微笑むはずのカイルは、鼻で笑い、顎で仲間たちを指し示します。
「おい、お前ら。……見てろ。……神だの勇者だの、そんな肩書きがなくても……俺が、この世界のルールだ。……余計な手出しはすんなよ。……邪魔したら、次はそいつを斬る」
カイルは低く構え、Lv 32とは思えないほどの爆発的な魔力を剣に纏わせました。
「……リリィ。……ちゃんと撮れよ。……俺の、一番いい角度をな」
「ガイアス、見てろ。……お前の力なんて借りなくても、……俺一人で十分だ」
カイルは背後の仲間たちを突き放すように言い放つと、迷いなく巨大な魔獣の懐へと踏み込みました。かつての「勇者」としての献身も、「神」としての静謐な裁きもそこにはありません。あるのは、ただ圧倒的な個の武勇。
「……遅ぇんだよ」
突進してくる巨体の質量を紙一重の回避でいなします。風を切る音が鼓膜を叩く刹那、すれ違いざまに放たれた一閃が、魔獣の強固な喉元をバターのように切り裂きました。
噴き出す鮮血を意に介さず、重力を無視するかのような脚力で大きく跳躍。最高到達点から、魔剣に全魔力を叩き込んだ「神速かつ重厚」な一撃を脳天へと振り下ろしました。
ドォォォォン!!
森を揺らす轟音と共に、魔獣の巨体が地面に沈みます。カイルは着地したその巨体の上で、汚れ一つない所作で剣の血を振り払い、カチリと音を立てて鞘に納めました。
「……つまんねーな。この程度かよ」
見下ろす瞳には冷徹なまでの虚無感。その強者の風格に、森の空気さえも凍りついたかのようです。
「……っ。……あ、ああ……。……お前、……本当に、あのカイルか? ……今の動き、魔王の俺でも……目で追うのが精一杯だったぞ……っ!」
ガイアスが、あまりの圧倒的な「個」の輝きに、相棒としての誇りと、言い知れぬ敗北感、そして猛烈な動悸で胸をかきむしっています。
「先代様……! 完璧だ……! 無駄のない殺戮の美学……! あああ、その足で踏みつけられたいッ!!」
レオンはもはや立ち上がることもできず、カイルの立つ魔獣の死骸を拝むようにして地に伏しています。
「……ふふ。……ねぇ、今の見た? 今の着地の瞬間の、あの蔑むような視線。……あー、もうダメ。録画石、これ予備まで全部埋まっちゃうわよ……っ!」
リリィが、恍惚とした表情で録画石を抱きしめ、カイルの「覇道」を歴史に刻む悦びに震えています。
カイルは魔獣の死骸から飛び降りると、立ち尽くす仲間たちの横を、一瞥もくれずに通り過ぎました。
【現在の戦況】
カイル: Lv 32という数値が冗談に思えるほどの戦闘効率。反抗期の「苛立ち」がそのまま「剣のキレ」になっている。
ガイアス: カイルの背中が、かつての神時代よりも遠く、けれど不思議と惹きつけられるものに見えている。




