Ep.60 食卓の絶対強者
「おい、レオン。……ボサッとしてんじゃねーよ。そこにある肉、俺に寄こせ」
カイルが低い声でぶっきらぼうに命じると、大皿の肉を自分の皿に取り分けようとしていたレオンの手が、ガチリと凍りつきました。
「……えっ、せ、先代様……いま、僕に……?」
「あ? 聞こえなかったのか。……耳まで飾りかよ。……その一番デカい塊だ。さっさと寄こせって言ってんだ」
カイルは肘をテーブルにつき、不遜な態度でレオンを睨み据えます。その鋭い視線と、命令形の「俺」という響きに、レオンの顔面は一瞬にして沸騰したように真っ赤に染まりました。
「は、はいッ! 喜んで! 先代様のための、一番いい部位を……ッ!!」
レオンは震える手で、皿の上の最高級の肉を、まるで聖遺物を捧げるかのようにあなたの皿へと差し出します。その際、あまりの緊張と興奮で、彼の鼻からは一筋の鮮血(鼻血の量:深刻)が……。
「……たく、汚ねーな。……鼻血拭けよ、勇者様。……食欲失せるだろ」
カイルは吐き捨てるように言いながらも、彼が捧げた肉を乱暴にフォークで突き刺し、豪快に口へと運びました。
「……ふん。……まあ、味だけは認めてやるよ、セシリア。……でも、少し冷めてんだよ。次はもっと熱いうちに出せ」
「あら……。カイル、『熱い』のがお好みでしたら、私の魔法で直接温め直してさしあげましょうか? ……ふふ、それとも……もっと別の方法で『熱く』なりたいかしら?」
セシリアが、頬杖をつきながら艶然とした笑みを浮かべ、カイルを見つめ返します。その視線は、もはや保護者ではなく、一人の男を値踏みするような妖しさを含んでいます。
「…………ッ! お、おい、セシリア! カイルをあんまり煽るんじゃねーよ! こいつは今、病気(反抗期)なんだぞ!」
ガイアスが、カイルとセシリアの間に割り込むようにして、自分の皿にある野菜をカイルの皿にこっそり移そうとします。
「……ガイアス。……勝手に俺の皿に草(野菜)を盛るな。……食わねーって言ってんだろ、デカブツ」
「ぐっ……!? お、お前……! 前は『健康のために食べる』って言ってたじゃねーか……!」
「……それは『僕』だろ。……今の俺に、そんな殊勝な態度は期待すんな。……この草、お前が全部食え。……命令だ」
カイルは自分の皿の野菜を、ガイアスの口元へフォークで強引に突きつけました。
【現在の戦況】
カイル: 食卓の絶対強者。肉を喰らい、魔王を顎で使う。
ガイアス: 「命令だ」と言われ、断れずに野菜をモグモグ食べ始める。
レオン: 先代様に「寄こせ」と言われた悦びに浸り、鼻血を出しながら昇天中。
リリィ: 「俺様カイルの食事風景」という神映像を録画石に収めるべく、食事を放置して撮影に没頭。
カイルはフォークをテーブルに放り出し、椅子の背もたれに深く体重を預けました。不遜な態度で、隣で野菜を必死に咀嚼しているガイアスを横目で睨みつけます。
「おい、ガイアス。……ちゃんとデザートは用意したんだろうな? メインの肉は食ってやったんだ。……俺の口に合う、極上の甘いやつだぞ」
「ごふっ……げほっ! あ、ああ……分かってるよ。お前がさっき『落とし前』とか物騒なこと言うから、セシリアと一緒に……いや、俺が責任を持って用意させた」
ガイアスは慌てて口の野菜を飲み込み、巨大な体を揺らしてキッチンへと向かいました。カイルの「俺」という呼びかけ一つで挙動不審になっています。
数分後、彼がうやうやしく(そして少し震える手で)運んできたのは、最高級のベリーをふんだんに使い、真っ白なクリームでデコレーションされた特製ホールケーキでした。
「ほら……これだ。お前の好きな……その、イチゴが一番デカいとこのやつだ」
「……ふん。……まあ、見た目だけは及第点だな」
カイルはケーキを一瞥し、ナイフを手に取る……かと思いきや、そのままガイアスを真っ直ぐに見上げました。
「……ガイアス。……お前が持ってきたんだ。……お前が切り分けて、俺の口まで運べよ。……手が疲れてんだよ、今日は」
「なっ……!? お、俺が……食べさせるのか? お前に……?」
「あ? 嫌なのか。……俺の命令が聞けねーってのか、相棒」
「…………ッ!! くっ、分かったよ! やればいいんだろ、やれば!」
ガイアスは顔を真っ赤にしながら、震える手でフォークを握りました。一口大に切ったケーキを、カイルの口元へおずおずと差し出します。
「……ほら。……あ、あーん……だ」
「………………」
カイルは無言で、しかし力強い視線を逸らさないまま、ガイアスの差し出したフォークをパクリと咥えました。
「「「「………………ッ!!!!」」」」
食卓に、言葉にならない絶叫(心の中)が響き渡ります。
「せ、先代様が……魔王の手から直接……! あああ、なんて罪な光景なんだ……ッ!」
「……っ。……カイル、……美味しい? ……ふふ、耳まで赤くなってるわよ? 言葉とは裏腹に、素直な体ね」
リリィが、録画石のズーム機能を最大にして、カイルの口元を執拗に追いかけます。
「あらあら……。ガイアス様、手が震えてクリームがカイル様の頬についてしまいましたわね。……ふふ、私が拭いてあげましょうか?」
セシリアが、獲物を狙う雌豹のような瞳で、ナプキンを手に身を乗り出してきます。
カイルはクリームのついた口端を舌でペロリと撫で、不敵な笑みを浮かべました。
「……甘すぎんだよ。……でも、悪くねーな」
【現在の状況】
カイル: 魔王を餌付け(?)させ、食卓を支配。
ガイアス: 精神的限界。
状況: 甘いデザートタイムが、一気に熱を帯びてきた。
カイルはフォークを置き、椅子をガタッと鳴らして立ち上がりました。まだたっぷり残っている最高級のベリーケーキには目もくれず、全員を冷たく見下ろします。
「……飽きた。残りは俺の食い残しだ、お前らで勝手に食ってろ」
ぶっきらぼうに言い放つと、ポケットに手を突っ込み、一度も振り返ることなく大広間を後にしました。
「あ、おい! カイル! まだ一口しか食ってねーだろ!」
後ろでガイアスの困惑した声が響きますが鼻で笑って階段を上がります。
「先代様の……食い残し……! 聖遺物だ、これは聖遺物ですよリリィさん! 誰にも渡さないッ!!」
「ちょっとレオン、独り占めは許さないわよ! 私がこの『俺様カイル』の食べっぷりを録画しながら味わうんだから!」
背後で始まる「カイルの残り物争奪戦」という名のカオスを背に、カイルは自室の扉を開け、乱暴に閉めました。
・カイルの自室:深夜
バタン、と鍵を閉め、ベッドにどかっと倒れ込みます。
部屋の中は静かです。さっきまでの熱狂が嘘のように。
「…………っ、あー……クソ。何やってんだよ、俺……」
一人になると、思考が「やりすぎた」という客観的な事実を突きつけてきます。ガイアスへの無理難題、セシリアへの挑発、レオンへの毒舌。
胸の奥がキリキリと痛み、顔が熱くなります。
「……あんな言い方、ねーだろ……。……でも、……止まんねーんだよ、言葉が」
カイルは枕に顔を埋め、足をバタつかせました。
薬の効果はまだあと2日以上残っています。
その時、コンコン、と控えめなノックの音がしました。
「……誰だよ。寝るっつってんだろ、失せろ」
枕に深く顔を埋めます。思考が「扉の向こうにいるのが誰か」を瞬時に割り出そうとしますが、今はそれすらも「知るかよ」と切り捨てました。
「…………っ、あー……クソ。何なんだよ、あいつら……」
扉の向こうでは、誰かが立ち尽くしている気配がします。去っていく足音も聞こえません。
カイルは枕をぎゅっと抱きしめ、仰向けに転がって天井を睨みつけました。
「……『俺』とか言っちゃってさ……。……バカじゃねーの、俺。……ガイアスの顔、マジで凹んでたし。……セシリアだって、あんな……っ」
一人になると、刺々しい言葉を吐き散らした後の猛烈な自己嫌悪が、波のように押し寄せてきます。
でも、薬のせいで「ごめん」なんて言葉は喉の奥にこびりついて出てきません。
「……勝手についてくる方が悪いんだ。……あんなの、放っておけばいいだろ。……なのに、……なんであいつら、まだ扉の前にいんだよ……っ」
苛立ちを紛らわせるように、ベッドの上で足をバタつかせ、シーツをぐちゃぐちゃにかき乱しました。
反抗期のトゲと、本来の優しさが、胸の中でバチバチと火花を散らしています。
すると、扉の隙間からスッ……と何かが差し込まれました。
扉の隙間から差し込まれたものには目もくれず、カイルは乱暴に毛布を頭から被りました。知略100の頭脳も、反抗期の刺々しい感情も、深い眠りの淵へと沈んでいきます。
「……ふん。勝手にしやがれ……」
最後に小さく毒を吐いたものの、数分後には規則正しい寝息が部屋に響き始めました。
ベッドに大の字で横たわり、無防備に眠るその顔は、不思議なほど穏やかです。昼間の「俺様」な険しさは消え失せ、仲間たちが愛してやまない、あの純粋な「いつものカイル」の寝顔に戻っていました。寝顔だけはいつも通りのようです。




