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Ep.55 6つのピース

・騒がしい朝の悪だくみ


窓から差し込む朝陽が、屋敷の廊下を柔らかな光で満たす清々しい午前のこと。

庭から聞こえるレオンの元気な掛け声や、キッチンでセシリアたちが朝食を準備する賑やかな音。そんな愛おしい日常を眺めながら、カイルはふと思った。


(……みんな、僕のことを大切に思ってくれるのは嬉しいけど、たまにはその情熱を全力でぶつけ合ってみるのも、いい刺激になるんじゃないかな?)


かつて「神」として世界を俯瞰し、今はLv 1から這い上がる元勇者の脳裏に、最高に楽しくて意地悪な計画が浮かぶ。カイルは不敵に微笑み、リリィの魔導配合とセシリアの聖なる隠し味を借りて、世界に一つだけの「琥珀のハニーケーキ」を完成させた。


「みんな、集まって! 今日はちょっとした『演習』をしようと思うんだ」


カイルの手にある、見たこともないほど美味しそうなケーキを見た瞬間、屋敷の空気は一変し、家族たちの瞳に「本気」の火が灯った。




・悪魔の追いかけっこ


「ルールは簡単。日没までに僕を捕まえた一人だけに、このケーキをあげる。……さあ、Lv 30の機動力、捕まえられるかな?」


カイルは魔剣士の身軽さで屋敷の梁の上へと跳び上がり、鬼ごっこの幕を切って落とした。

開始から数時間。屋敷中を駆け回り、カイルは「神としての知性」を効率的な逃走に全振りしていた。ガイアスの力任せな跳躍をひらりと身をかわし、レオンの神速を転移門で翻弄する。



午後を過ぎ、全員の足取りにわずかな疲れが見え始めた頃。

屋根裏の梁の上で、カイルはおもむろにケーキの箱を開け、フォークを手に取った。


「おっと、みんな随分と動きが鈍くなってきたね。……ねえ、これだけ頑張っても僕の影すら踏めないなら、もう諦めていいよ? 誰も捕まえられないなら、今ここで僕が一口食べちゃおうかなぁ?」


甘い蜜の香りをわざとフロア中に漂わせ、カイルは意地悪な笑みを浮かべる。

これが、仲間たちの「執着心」という名の導火線に火をつけた。


「……カイル。テメェ、その一口、……絶対に許さねえぞ」


ガイアスの瞳に、かつての魔王すら凌駕する凄まじい執念が宿る。


「そうですわ。……皆様、もう手加減は無用ですわね?」


セシリアの穏やかな微笑みが消え、聖女の魔力が屋敷の空気を震わせた。

カイルの計算では、彼らは個々に飛びかかってくるはずだった。しかし、「カイルを独り占めさせない(ケーキを食べさせない)」という共通の執着が、彼らを一つの巨大な生き物のように変貌させたのだ。

ガイアスが自らの体を「足場」としてレオンを空中に放り投げ、カイルの退路を力技で叩き落とす。カイルが転移門で逃げようとした瞬間、リリィとセシリアが「魔力と聖力の混合結界」を即座に構築し、転移の座標を強制的に屋上へと捻じ曲げた。


「えっ、混合結界!? 打ち合わせもなしにそんな高度な連携を……っ!?」


カイルの戦術眼ですら予測できなかった、理屈を超えた「執着の連携」。

フローラがカイルの視線を誘導するためにアヒルを乱舞させ、その死角から、ガイアスが床を粉砕しながら最短距離で肉薄する。


「ははっ……! まさか、僕への執着だけでここまでやるなんて!」


カイルは冷や汗を流しながら、全力で屋上へと追い詰められていった。




・夕陽のチェックメイト


ついに日没が近づき、カイルは屋敷の屋上、夕日に照らされた尖塔の先で、ついに逃げ場を失った。

右には肩で息をしながらも「逃がさねえぞ」と不敵に笑うガイアス、左には「捕まえましたよ、先代様!」と瞳を輝かせるレオン。

そして背後には、完璧な包囲網を敷いた女性陣。

カイルは、自分を追い詰めた彼らの「本気」の姿を見て、心の底から嬉しくなった。


「……さあ、カイル。チェックメイトだ。そのケーキ、誰に渡すつもりだ?」


ガイアスが大きな手を差し出す。カイルは最後の手札として、フォークをケーキに沈めかけ――そして、最高に愛おしそうに笑った。


「……追いかけっこは、僕の勝ちでいいかな? ……でも、……6等分にして、みんなで食べよう」




・聖域の一閃


カイルは腰の魔剣を抜き放ち、目にも止まらぬ速さで空中に投げたケーキを一閃した。

精密な魔力操作と計算能力により、ミリ単位の狂いもなく、琥珀色のケーキは完璧な6つのピースに分かれ、それぞれの手に吸い込まれるように落ちていく。


「……チッ。結局、そうなるのかよ。散々煽りやがって……テメェらしいぜ、カイル」


ガイアスの捕食者の目から毒気が消え、いつもの不器用な優しさが戻る。


「先代様! 悔しいけど、甘いです! 口の中でとろけます!!」


レオンとフローラが歓喜の声を上げ、セシリアとリリィも「散々振り回してくれた罰に、お皿洗いは手伝っていただきますわよ?」と微笑みながら、勝利の味を噛み締めた。


「……さあ、冷えないうちに屋敷に戻ろう」


夕闇が迫る中、カイルは5人の家族の真ん中に立ち、階段を降り始めた。

かつて孤独だった神は、今、最高に騒がしくて愛おしい「家族」という名の絆を、その両手に抱きしめている。

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