第98話 転移魔法
グラウンドの片付けと整備が終わると、間もなく闘技会の準決勝、決勝が始まる。
グラウンドには、最終日用の巨大な円形の闘技台が何かの仕掛けでせり上がってきた。
高さ1メートルの闘技台。
ここから落ちても負けにはならない。落ちている間は攻撃してはならないが、10カウント以内に闘技台に戻れなければ負けとなる。
あれ?あの闘技台、何か魔力を感じるぞ。せり上がりの仕掛けかな?
それよりもアッサムだ。
何かやってくるのか、それとも杞憂で終わるのか。
闘技台に準決勝に進出した四人が登場して紹介される。
アッサム以外の三人は3年生だ。
皆んなそれなりに強いが、俺の見立てではアッサムとは大人と子供だ。
アッサムの紹介で会場が湧く。昨日の妙な勝ち方で変に人気が出たようだ。
俺たち学生会は、全員で治癒班のエリアに集まった。ここがグラウンドに飛び出すのに一番早い。
アッサムのヤツを魔力を込めた目でしっかり観察するが、よくわからない。何か魔力の流れがあるのだが、それが何だかさっぱりわからなかった。
(トーダ、アイツ見て何か変な感じしない?)
(何やマナの流れがおかしいな。何やろ?術使とるんかな?ようわからんわ)
(トーダでもダメか。とにかく注意しといてくれる?何かあったらお願いね)
(わかった。ワイも妙に胸騒ぎするねん)
闘技台上のアッサムはニヤけている。
あの表情のやつは絶対何か企んでいる。
クソ、一体何をしようとしている…?
準決勝第一試合が始まった。
3年生の剣士と槍使いの対戦。二人ともある程度魔装が使える。
激しい戦いになった。お互い一歩も引かない接戦だ。
剣士は上手く槍の間合いを潰しながら接近戦に持ち込もうとするが、体格に勝る槍使いが弾き飛ばして間合い作る。二人とも相当強いね。
15分ほど続いた打ち合いは、剣士のフェイントに一瞬戸惑った槍使いの隙をついた剣士の勝利に終わった。
会場からは熱戦を繰り広げた両者に万雷の拍手が贈られた。
傷だらけの二人は、すぐに治癒班のテントで治療を受ける。
そしていよいよアッサムが闘技台に上がった。
会場は、アッサムがまた面白い戦いを見せるのではと期待している。
俺はもう一度アッサムを注視する。相変わらず人を小馬鹿にしたようなニヤけづら。しかしこの表情は、どう見ても16、7の学生のものではない。昨日先生から聞いたアッサムの評価は、大人しい穏やかな青年。外国の血が混じっている、王都の裕福な商家の息子ということだった。
いや、これは別人だろう。マフィアの幹部にでもいそうな面構えだぞ?
アッサムと相手の剣士が距離をとって対峙する。
アッサムは今日も剣を片手ににぶら下げて持っている。舐めた態度だ。
俺はアッサムの動きを一瞬も見逃さないよう凝視する。
審判の「始め!」の声が終わらないうちに、相手が場外に吹き飛んだ!
相手の立っていた場所には、今はアッサムが立っている。
何が起きた!?
俺はヤツから目を離さなかった。
そしてヤツは消えた!
今は、相手のいた場所にいる。一体どういうことだ?
会場は静まり返っている。
審判も事態がつかめず呆然としている。
アッサムが審判に剣で場外に吹き飛んだ相手を示した。
相手選手は気を失っているようでピクリとも動かない。
ハッと気づいた審判が、慌てて担架を要請し、アッサムの勝利を宣言した。
ドッと湧く会場。悠然と退場するアッサム。そして冷や汗を流す俺・・・。
どうやら今日のヤツは、実力を隠すつもりはないらしい。
(トーダ、何が起きた?)
(アイツ、多分転移しよったで)
(転移?)
(せや。マナの塊が一瞬で場所を代えよったわ)
(転移なんてできるの?)
(ワイは似たようなことできるで。せやけどワイのとはちょっとちゃうな)
(どう違うの?)
(ワイはマナに溶け込んで別の場所に移動するんや。一瞬や。アイツんは、マナに溶け込むんやない。何や術を使うたんやないかな?)
(転移の魔術・・・。そんなのがあるの?)
(式神の仲間なら使えるやつおったで)
転移か…。
俺の目にはアッサムが魔力を帯びた瞬間、消えたように見えた…。
「会長、今の見えましたか?」
「いや・・・。まったく見えなかった。お前には見えたのか?」
「いえ、僕も見えませんでした。会長は転移魔術ってご存知ですか?」
「転移?物語の魔術だろう…。まさか、ヤツは転移を使ったと!?」
「わかりません。でもそれなら説明がつくかと。僕は魔力が見えます。なので、どんなに速くても、移動したのであれば魔力の流れを感じたと思います。でもヤツは魔力を帯びた瞬間消えました」
「消えた・・・」
「そして同時に別の場所に立っていました」
トーダが転移だと言うのだ。ならば間違いない。
ヤツは転移できるという前提で考えるべきだ。
「会長!急いで陛下の周りに防護壁を!それに2階席以上にもできれば防護壁を!」
「わかった!」
会長はすぐに行動に移ってくれた。
さすがだ。無駄な議論が不要で助かる。危機管理として何をすべきか、すぐに共有できる。
決勝戦は1時間後。
ヤツが何を企んでいるのか不明な現在、できることは万が一に備えて防護壁を張るくらいしかない。
(トーダ、ヤツの転移にどう対処すればいい?)
(せやなぁ、目で追うのは無理や。せやからいつ攻撃されてもええくらい魔装を強うしとくんやな)
(そうだね、身体の近くにマギシールドも張っておくよ)
(それと戦うんならなるべく一カ所に留まらんことやな)
(わかった)
想像するだけで厄介な相手だな。
転移なんて魔力を相当使いそうだけど、何度も連発できるんだろうか?
転移距離はどのくらいなんだろう?
そもそもヤツは何者なんだ?
商家の子供と言っていたが、絶対別人だ。だとすると本物のアッサムはどうなった?
「ユーキ!」
振り向くとカインさんとエドがいた。
「カインさん!エド!どうしてここに?」
「そんなことよりアイツ何者だ?」
「わかりません。2年生のアッサムということになっていますが、どう見ても別人です」
「そうだろうな。あんな学生がいてたまるか。やたら戦闘慣れしてやがる」
さすがカインさんだ。ちゃんと見抜いている。
「ユーキ、ヤツが何をやったかわかったか?」
「いえ、まったく見えませんでした。エドは?」
「俺もまったくわからなかった」
やはりエドにもわからないか。
「カインさん、想像になりますがよろしいでしょうか?」
「構わん」
「多分ヤツは転移魔術を使ったんだと思います」
「転移!?」
カインさんとエドの声が重なった。
「転移か・・・。なるほど、それなら納得がいく」
「笑わないんですか?」
「なぜ?俺にはヤツが消えて見えた。そうしたら別の場所にいやがった。それが転移なら納得がいく」
「転移なんて物語のものだと言われるかと」
「常識に囚われるな。俺は世の中のすべてを知っているわけじゃない。俺たちが知らない魔術があったって何の不思議もない」
その通りだ。自分の知識や常識だけで物事を見ていると手痛い目に遭う。
「それでどう戦う?」
「まず魔装はできるだけ強度を高めておきます。そして、周囲にマギシールドを張っておこうかと。いつどこから攻撃が来るか読めませんから」
「そうだな。となると、戦えるのは魔装を常時展開できる者だけか・・・」
「転移できる距離もわかりませんし、繰り返し使える技なのかも不明です」
「情報が足りんな…」
「ヤツが何もしないということは?」と、エドが聞いてきたがカインさんに即座に否定された。
「馬鹿を言うな。ヤツは絶対何かやる!いいか、エド。こういう場合は、絶対に事が起きると信じて行動しろ。もし起きなければ儲け物というだけだ。そうだな、ユーキ」
「はい、その通りだと思います」
「問題はヤツが何を企んでいるかだが。陛下の暗殺か、無差別テロか・・・。陛下には?」
「今ブライソン会長が報告に行っています」
ちょうどそのとき会長が戻って来た。
「カインさん、エド先輩。こちらにいらしたんですか」
「ああ、それで陛下は?」
「ヤツが転移を使うと思われるので、防護壁をお願いしてきました。ただ、近衛の皆さんに笑われました」
「馬鹿どもが!陛下はどうされたんだ?」
「幸い陛下は私の言葉を信じて下さり、魔術師に防護壁を張らせて、周囲に人を置くよう指示されました」
「そうか、良かった。しかし、近衛の連中は・・・」
カインさんの顔が憎々しげに歪んだ。
そう言えば近衛騎士の実力ってどうなんだろう?
「カインさん、近衛騎士の実力ってどうなんですか?」
「まあ模擬戦の実力はそこそこだ」
「模擬戦?」
「近衛は実戦経験がない」
「え?」
「近衛は王族警護が役割だから、家柄が重視される。採用も最初から近衛で、他の騎士団に異動することもない。なので、実戦経験が皆無だ。昔は違ったんだがな…」
マジか!いや、そんなものか?
「魔獣相手の訓練は?」
「やってないな。対人訓練だけだ。連中はプライドが高いからな。魔獣なんて相手にするのは兵隊や他の騎士団の役割らしいぞ」
それはまずいな。
「カインさん。陛下の近くに行かれた方が良いのでは?」
「近衛がそれを許すと思うか?」
そういうことか。
これ以上俺にはどうしようもないな。
「わかりました。それでカインさんとエドはこちらにいてもらえるんですか?」
「そのつもりで来た。問題ないか?」
「大歓迎です!」
カインさんが声をひそめる。
「ヤツと戦うとなったらこの三人以外は役に立たないと思え。忖度はするな。いいな!」
「はい。カインさん、ヤツに攻撃を当てるにはどうすれば?」
「転移するより速く斬る!」
なるほどシンプルだ。しかしそれが一番正しいかもね。
さあ、間もなく決勝戦が始まる。
俺たちは、学生会のメンバーも一緒に治癒班のエリアのある1階席最前列に移動した。
会場を見渡す。
1階席の随所に衛兵が配置されている。全部で4、50人くらいか。
グラウンド内には主審一人、副審が3人。他にスタッフや治癒班の緊急処置担当者など10人くらい。
ロイヤルボックスを見る。遠くて良く見えないが、強い魔力の塊があるので、陛下を護るマギシールドなのだろう。しかし、余り緊張感は感じられない。
あれ?ジェームス様とエリカお姉様がいるじゃないか。今日も来たのか?
「エド、ジェームス様たちがいるけど」
「陛下の護衛だ。陛下から頼まれたらしい」
「ということはフレッド団長も?」
「うん、ジェームス様の護衛の名目でね」
よし!これは朗報だ!
ジェームス様とフレッドさんがいるなら、陛下の護りは何とかなるだろう。
観客席には一応魔術で防護壁が張ってある。学院長がやってくれたようだ。
転移に対してどれだけ役に立つかわからないが、何をするかわからないから、あって損はない。




