第90話 野外実習その3 裸でキス
夕食後、学生会のテントではコーヒーを飲みながら今日の反省会と明日の打ち合わせが行われた。
「皆んな今日は良くやってくれた。今年の学生会全員揃っての初仕事としては十分だ。特に1年の三人は初めての行事なのに素晴らしい活躍だった」
「ありがとうございます」
「それで問題は、まあ皆んなも察している通り、アルフレッド殿下のグループだな」
全員がその言葉に頷く。
「元々勝手の目立つご性格だったが、このところ更にその傾向が強いな。スティング、何かあるのか?」
へえ、こういうクローズの場でもスティングで通すんだね。徹底してるな。
「いえ、僕もちょっと王宮とは距離を置いてるんでわからないですね。あるとすれば、噂のマックス兄上のご婚約が整いそうなのか。そうなると立太子はほぼ確実でしょうから」
「まあそんなところか。しかしなあ・・・」
会長は言葉を止めた。そうだよね。それがなくてもあの性格では次期国王は無理だよね。
「ともかく、明日は1日森の探索だ。全体的に目が行き届かないこともある。冒険者にも学生の安全を第一に危険は侵さないよう徹底しているが、今日の様子を見るとあの連中は何をしでかすかわからん。あいつらスタンリーの冒険者か?」
「多分そうか」とリッキー殿下が答える。
「いいか、あのグループと誰が対峙することになるかわからん。しかし、誰が当たっても毅然として対処しろ。絶対に勝手を許すな。アルフレッド殿下が何を言おうと構うな。あの冒険者どもが狼藉を働いたら斬り捨てろ。責任は俺が取る。俺たちの任務は学生全員を無事に学院に帰すことだ。貴族も平民もない。学生全員だ。いいな!」
「はい!」
すごいな、この人は。本当に10代かよ。歳上に感じるよ。
根っからのリーダー。これが侯爵家の嫡男、次期侯爵を継ぐ貴族というものか。
そしてそれに自然に応じる学生会のメンバーたち。元の世界で言えば全員が高校生。
例えば元服が早かった武士の子供たちなら、こんな感じだったのだろうか?
いやはや、元が28歳で良かったよ。本当の16歳の俺ならついていけなかったかもね。
翌日は、朝改めて学生の安全を最優先するように冒険者たちに通達されて、近くの森に移動して班ごとの探索が開始された。
俺たち学生会メンバーは、昼の集合場所に指定された森の中ほどにある開けた場所に先行して、全方位に対応できるよう準備する。馬は連れて来ていない。
昼食の食材などを持った学院の使用人や先生たちと一緒に集合場所に着くと、本当に開けた場所だった。これ、天然か?実習のために切り拓いたのかなと思うほどの広さだ。近くに川も流れている。幅3メートルほどで、それほど大きな川ではない。水が澄んでいる。一口飲んでみると冷たくて美味い!魚いないかな?いても釣りしてちゃまずいか。
俺たちは散会して周辺の安全確認を行うことにした。
しかしこの学院の学生自治はすごいね。先生はほとんど口を出さずに学生会に任せてくれる。
なるほど、これが伝統なら学生会出身者が評価されるわけだ。10代から、この癖の強い貴族の集団を引っ張って統治しているのだから。徹底したエリート教育なのかもしれない。
そんなことを考えながら俺は周辺にサーチをかける。
おそろしく平和な森だ。俺のサーチ範囲になんと魔獣が1匹もいない。
動物も小鳥やリスなどの小動物くらいで、危険な動物さえいない。
元々魔獣がほとんどいない森と聞いていた。
なので、学生たちは森歩きと、薬草や果実などの採取を体験するということだ。
運悪く魔獣に遭遇しても、過去の例では低ランクの魔獣しか出ていなかった。
これなら今日は無事に済みそうだと思っていたところ、事件は以外な形で起きた。
昼の集合時間になり、学生たちが広場に集まって昼食の準備を始めたころ、突然「きゃあ!」という悲鳴とともにザッバンという水に落ちる音がした。
響き渡る多数の悲鳴!
誰か川に落ちた!まずい、大きくはない川だが鎧を着た状態で泳げる学生はまずいない。
簡単に溺れてしまう!
俺は川に向かって走りながら鎧と上半身の衣服をむしり取る。川辺で靴を脱ぐと川に飛び込んだ。少し先を流されているが、女子か?
「レーナ!!」という絶叫が聞こえる。
え?落っこちたの聖女ちゃん?
何やってんだよ!
ズボンが重い!水の中で何とかズボンを脱ぎ、全力で泳ぐ。
意外に川の流れが速いようで聖女ちゃんは結構流されていた。
ようやく追いついてみると、やっぱり聖女ちゃんだ。水を飲んだらしく意識がない。
助けるには暴れないので都合がいいが、急ごう!
俺は聖女ちゃんを上向きにして首を持つと、近くの川辺に向かって泳ぎ、何とか聖女ちゃんを岸に引き上げた。
馬鹿王子を始め、大勢の学生が取り囲んで来る。
「レーナ!大丈夫か!」
馬鹿王子が聖女ちゃんに縋り付くのを押し留める。
「誰か女性で人工呼吸ができる人いますか?」
聞いても皆がポカンとしている。
時間がない。俺がやるしかないか。
俺は聖女ちゃんに覆い被さり人工呼吸を始める。
「貴様!レーナに何をする!」
ああもう面倒臭い!
「助けたいのなら黙ってて!」
俺の威圧でシンとなった。
続けて人工呼吸と胸の圧迫を繰り返すと、幸いなことに数回で聖女ちゃんは水を吐き出した。
ゲホゲホと咳き込む聖女ちゃん。よし、大丈夫だ。
「レーナ!大丈夫か!?」
聖女ちゃんを抱きかかえながら必死な馬鹿王子。意識はあるな。
「もう大丈夫だと思いますので、後はお任せします。早く着替えさせてあげて下さい。身体が冷えますよ」
女子学生たちが慌てて駆け寄り、聖女ちゃんを連れて行ってくれた。
俺も着替えようと思い歩き出すと馬鹿王子から声がかかる。
「待て!貴様がレーナにやったのは何だ?」
後じゃダメかな?俺パンイチなんだけど。あ、靴下履いてる!最高にダサいじゃん!
「人工呼吸です。聖女様は溺れて水を大量に飲んで呼吸が停止していました。なので、無理矢理空気を肺に送り込んで呼吸を確保しながら、水を吐き出させたんです」
「治療行為なのだな!」
「当たり前です!」
「貴様はなぜそのようなことを知っている」
「私が治癒師だからです。治癒魔術以外にも一通り医学は学んでいます」
「貴様が治癒師だと?」
「意外ですか?それでは」
俺が立ち去ろうとするとまた「待て!」だとよ。もういい加減にしてくれ!女子の前でパンイチ靴下という屈辱を晒してんだけど!
「なぜお前は裸になった」
すると救いの声が!
「服を着たまま飛び込むと自分も溺れるからですよ。ユーキ、もういい、早く服を着て来い」
会長!ありがとうございます!
俺はこれ以上引き止められないように、靴を拾うと走ってテントに戻った。
まったく、無事に一日終わると思ったら。
俺はストレージからタオルを出して、素っ裸になって入念に身体を拭いた。
ちょうど着替えのパンツを履いたときに、ケビンとイアンが入って来た。
「ユーキ!大変だったな!」
「ああ、まあ大したことないよ」
「よくあんな蘇生法知ってたね」
「人工呼吸?え?皆んな知らないの?」
「僕たちは知らなかった。会長は知ってたみたい。なんか、大きな川とかのある領地で、水の事故が多いところでしか知られてないんじゃないかって言ってたよ。蘇生法って言うらしい」
危ねぇ。こっちに世界に人工呼吸なかったら、変に疑われるところだったよ。
「しかし、驚いたよ。ユーキがいきなり裸でキスしだしたから」
ブッ!飲みかけていたコーヒーを吹き出した。
「あれはキスじゃねぇ!人命救助だ!」
「怒るなよ。だって皆んなそう見えたと思うよ。会長が改めて皆んなに説明してくれたから理解できたけど」
さすが会長。頼りになるな。
俺はいいけど、聖女ちゃんに変な評判が立ったら可哀想だもんね。
着替え終わって俺たちがテントの外に出ると、なぜか人だかりがしている。
今度は何だ?何かを取り囲んでいる人垣を、ちょいとすいませんねと分けて行くと、その中央には馬鹿王子と取り巻き連中、そして下卑た笑いを浮かべる冒険者が、そして相対するはシルビアちゃんと彼女の両側に縋り付く女子二人。何だこれ?
「会長、どういう状況ですか?」近くにいた会長に聞く。
「アルフレッド殿下が、シルビア嬢が聖女様を川に突き落としたと言い出した」
「はぁーっ!?」
俺の驚きの声が大きかったのか、皆んながこちらを振り向いた。
「あっ、ユーキお兄様!」
シルビアちゃんが涙目で駆け寄って来て俺にしがみついた。
おう、怖かったんだね。もう大丈夫。
俺はシルビアちゃんを連れたまま進み出る。
「殿下。直接お声がけするのをお許し下さい。一体どういうことでしょうか?」
「聞いただろう。シルビアがレーナを川に突き落とした!」
「そんなことしてません!」
シルビアちゃんが叫ぶ。
「失礼ですが殿下。シルビア嬢がなぜそんなことをする必要が?」
「おおかた、レーナが現れて私の婚約者候補という地位が危うくなったからであろう。レーナがいなくなればライバルはいないからな!」
コイツやっぱり馬鹿だった。
「まさかそんな理由で」
「そんな理由とは何だ!最もありそうな理由ではないか!」
「それは憶測ですか?目撃者でもいるんですか?」
「こいつが目撃している!」
馬鹿王子が取り巻きの一人を俺の前に押し出す。
何だ?怯えてないか?
「あなたが目撃したんですか?」
「ああ」
「本当にシルビア嬢が、聖女様を川に突き落とすところを見たんですね?」
俺は一言一言をゆっくり区切りながら強い口調で問いかける。
取り巻き君は目が泳ぎ出したぞ。コイツ見てないな!
「どうなんですか?」
「あ、ああ、見た・・・」
「では、シルビア嬢がどうやって突き落としたのかやって見せて下さい」
「え?」
「あなた見たんでしょう?だったら見た通りのことをやって見せて下さい」
「あ、いや、その・・・」
馬鹿王子も頭が悪いわけではない。この様子にさすがにおかしいと思い出したようだ。
「貴様!見たと言ったな!嘘だったのか!」
「いや、あの、多分突き落とした後を見たんだと・・・」
「突き落とした後だと!」
やっぱりそんなことか。
よし、潰してしまおう。




