第9話 この世界のこと
ちょうどケイトさんが部屋にコーヒーを持って来てくれたので、ケイトさんにも参加してもらって、エドからこの世界の一般常識を教えてもらった。ケイトさんは「いや私はメイドですので」とか言っていたが、庶民の生活も知りたいとか言って無理矢理座らせた。エドもその辺あまり気にしない奴だったので助かった。
驚いたことに暦、時間、度量衡は地球とまったく同じだった。今は4月。
太陽も月も呼称は同じ。地球のことは『テラ』と言うらしい。
ここ本当に異世界か?もしかしてタイムスリップとか?しかし魔力とかあるしなあ・・・
釈然としないが今考えても答えは出ない。できることからやって行こう。
王都や一部の都市では下水道は整備されている。上水は、貴族や裕福な庶民は魔石で水を出している。庶民の中には井戸を使っているところもある。
貨幣経済だが、紙幣はなく、金貨、銀貨などの硬貨のみだ。
書籍は高価だが流通している。製紙技術、印刷はあるようだ。紙幣を作るほどの印刷ではなさそうだが。
識字率は都市部と田舎では大きく違いそうだ。王都ロマリアでは庶民の子供向けに、読み書き、計算、道徳、社会訓練などを無償で行う学校がある。ランカスター侯爵領でも領立の学校があるそうだ。
貴族は、子供のうちは家庭教師が付き、15、6歳から王立学院に通うのが義務であるとのこと。これは、人質政策か、と穿った見方もできる。商家などの富裕層の子弟に限らず、どんな平民でも試験に通れば王立学院に入れるらしい。
身分制度はしっかりあるが、無意味に貴族が庶民に暴力を振るったりすることは処罰の対象になるらしい。むしろ、貴族は模範となる振る舞いを求められる。
また、貴族もしっかりと働いている。国政に関与したり、官僚になったり、領の行政もある。また、貴族によっては、商会や工業で収益をあげている者もいるとのこと。税収だけに胡座をかいていないのは良いことだ。
働かないことを誉れとした中世イギリス貴族とは違うようで安心した。
交通は未発達だ。陸上は馬車か徒歩。あの角のある足の多い馬はスレイプニルという馬で、王族や有力な貴族くらしか持っていないらしい。
水上交通は河川や沿岸部は船があるが、海や大河にも魔獣がおり、遠洋の航海は困難らしい。大航海時代は来ていない。もっとも、この国は海に面していない海なし国だそうだ。
王都内には運河があって、主に交通や貨物輸送に船が利用されている。
ところどころ俺の世界との比較も混じえながら楽しく話していたら、夕食の時間になった。
ケイトさんもすっかり打ち解けてくれた。
エドは、今日は訓練で疲れたので自分の部屋に戻ると言う。
今日はここでお開きだ。
「ユーキ、明日はどうする?」
「明日は、午前中は騎士団の訓練に参加させてもらって、午後はできれば街を見たい」
「了解。ではそう予定しておく」
「エドは俺に付き合ってていいのか?自分の仕事もあるんじゃないか?」
「俺の今の仕事は君に同行してこの世界に慣れてもらうこと。心配するな」
「そうか、すまんな。明日からもよろしく」
「こちらこそ。じゃあまた明日」
この後、夕食を食べて風呂に入った。夕食はケイトさんに、一緒に食べないか誘ったが、さすがに断られた。
風呂は、ケイトさんたちにお湯だけ出してもらって、身体は自分で洗うと申し出たが拒否された。ホント昨日はすみませんでした・・・今日は素数でも数えながら何とかします。
風呂上がりはスウェットだ。しかし、2着しかない。昨日のスウェットは洗濯を頼んだ。
ケイトさんにコーヒーを頼んで、今日は下がってもらう。
ちなみに、ケイトさんが俺付きのメイドさんということらしい。
1日が長かった。しかし、刺激的ではある。なんとか楽しめそうかな。
昨日と同様ストレージを使う訓練をして今日は寝よう。
異世界生活3日目が始まる。気がついてからだけどね。
ケイトさんは今日も可愛い。
朝食を終え、コーヒーを飲みながらソーラーチャージャーのバッテリーを充電しておく。これも特務部隊の支給品だ。スマホもタブレットも今のところ用なしだけど。
スマホでケイトさんの写真を撮ってケイトさんを驚かす。きゃあきゃあ言って喜んでくれた。
やっと年相応の表情になってきた。あれ、ケイトさんって幾つだっけ?18歳くらいかな。
俺の幸せな時間を壊しにエドがやって来た。
「おはようユーキ。その服はなんだ?」
「おう、おはよう。これはスウェットといって、俺にくつろぎをもたらしてくれる魔法の服だ」
「そうか。それは国宝級の服だな。それより騎士団の午前の訓練は8時からだ。君専用の訓練着を用意してもらったから持ってきた。着替えたら行こう」
お、新品だ。ありがたい。
もちろん一人で着替えた。
エドと連れ立って訓練に行く。
「エド、付き合わせて悪いな」
「いや、このところさぼってたから丁度いい。父上にも怒られたよ」
「アダム様か。あの人も相当強そうだな」
「ああ、格闘も剣も全然敵わない」
「そうか、まあ頑張れ」
訓練は、昨日で実力はわかったということで、通常メニューの他、特に魔装ができる人と模擬戦を組んでもらい、魔装の動きに慣れることにした。そして今日もボロボロになった・・・
おお、エド君もマグロになってるね。
エドとは一旦別れて、それぞれ部屋に戻って風呂に入ることにした。
エドは別館に自分の部屋があるそうだ。
昼食は俺の部屋で一緒にとり、その後街に繰り出すこととする。
風呂も慣れてきた。男の裸なんて見られても減るもんじゃない。
訓練着は洗濯してくれるとのこと。
上げ膳据え膳だね。
まあ、自立生活にはいつでも戻れる。サバイバル訓練で一月以上ジャングルを彷徨ったこともある。辛かった・・・。
エドとの昼食を終えていよいよ街へ繰り出す。
が、その前にエドにお願いする。
「エド。アダム様に頼んで、俺の持ってるもの何か換金してもらえないか」
「ああ、それは心配するな。はい、これ。君の資金と侯爵家の身分証だ」
エドが小袋と金属プレートを渡してきた。
「すまん。文無しだし、ありがたく借りておこう」
「いや、返済の必要はないぞ。足りなくなったら言ってくれ。また貰ってくる。それと、身分証は貴族街や王都の入門のとき必要になる。門番に見せればいいだけだ」
俺は小袋と身分証をストレージに収納する。
「それ便利だよな。ストレージ持ちはうらやましいよ」
「確かに。元の世界でも欲しかったな」
「ところで護衛は断ったけどいいよな」
「護衛?当然いらんし、そんな偉くない」
「まあ、大事なお客様だし」
そう言ってニヤリと笑うエド。
「さあ、行くぞ」
エドに促されてお出かけだ。
貴族服に馬車。
まあ仕方ない。御者さん、よろしく。
そもそも、侯爵家の門までそこそこ距離がある。でかい家だ。
門衛のところで一旦停車して、エドが俺を門衛に紹介してくれる。
「当家の客人のユーキ・カムラ様だ。今後お出かけになることもあるので覚えておいてくれ」
ハッ、と返事をし胸に腕を当てる門衛。これが敬礼か。
門を出ると少し先にお城が見える。
「あれが王城だよ。君の部屋からも見えるよね」
馬鹿でかい城だね。相当の権勢を誇っていることが窺える。
そこから貴族街が延々と続く。
「ここらは貴族街だ。高位の家ほど王城に近い。この辺は敷地も屋敷も大きいね。しばらく行くと屋敷も小さくなるよ」
江戸城周りの大名の上屋敷みたいなもんだな。
ようやく貴族街を出る。貴族街と庶民街は、堀と門で仕切られている。
「貴族街は周囲が堀になっていて、四箇所に門がある。ここが中央門で、後は東門、西門、北門だ。俺たちが普段使うのはほとんど中央門だね。堀の周囲は遊歩道になっていて、季節の花が植えてあるよ。馬車は乗り入れできない。王都民の憩いの場の一つだな。そして、王城と貴族街を中心にして、ロマリアの街は円状に広がってるんだ」
なるほど良くできている。王都のどのエリアからも遊歩道にこれる訳か。
貴族街の門を出ると、そのまま広い道が直線に伸びて、多数の馬車や人が行き交っている。
「それぞれの門を出ると、ここと同じように広い道がまっすぐ伸びている。中央門を出た辺りは役所ばかりだ。見ても大して面白くないよ」
確かに、異世界に来たというより、ヨーロッパの古い都市にきた感じだ。
建物は石造りの三階建てくらいのものが整然と並んでいる。
「さて、我が国の王都ロマリアは周辺国の中では最大の街だ。人口は約150万人。一日で見て回れる広さじゃない。帰ったら地図で説明するけど、今日はどこに行く?」
いや、完全に圧倒される。ファンタジーの異世界ではなく美しい計画都市だ。
「驚いた。どこに行けばいいかもわからないから、君にまかせる」
「まあ、俺もロマリア全部を知ってるわけじゃないからね。大雑把に言うと行政地区、商業地区、工業地区、農業地区に別れている。行って面白いのは商業地区だから、そこに行こう」
そう言って、エドは御者に商業地区に行くように指示した。




