第85話 MKY
翌日からは選択科目の見学と修了試験の毎日だった。
修了試験は放課後に行われるのだが、例えば数学1と数学2は同じ時間に試験が実施されるなど、時間割的に同時受験ができなかった。これは、1年生で2までの修了試験を受験する者を想定していなかったためだ。
担任のシンプソン先生に相談したところ、最初は無理はしないでゆっくりやりなさいと言われたが、早く法律を勉強したいのだと言ったら急に協力的になり、俺だけ教室から出ずに連続して受験できるよう調整してくれた。
この結果必修科目は全科目が高得点で合格となり、先生たちを驚かせることとなった。まあ、28歳だし。
選択科目の受講は通常2、3年生が中心で、1年生はせいぜい2、3科目取る程度だ。
俺の場合は必修の座学がなくなったので、むしろ選択科目中心の時間割となった。
俺が選んだのは、王国法、民事系統、刑事系統の法律3科目、錬金、薬学、医学、そして料理だ。
料理はこの世界の食材や調味料を知りたかったから。それに、学院で調理器具が使えればプリンがここで作れる。トーダが強く要求してきたのだ。
これに実技科目の武技、魔術、音楽、美術、ダンスを加えたものが1年の俺の履修科目となる。
実は魔術は取るつもりがなかったのだが、寮の歓迎会での俺の大道芸の噂を聞いた魔術教師が、どうしても受けろと言ってきたので、断りきれずに受講することになった。
A組の連中は全員が座学の必修科目の飛び級試験を受けて合格していた。
もちろんシルビアちゃんも。
全科目飛び級できたのはA組と、B組の三分の一くらい。さすがA組と言いたいところだが、B組上位も変わらないくらいの実力を持っているようだ。うかうかしていると、2年生進級時にクラス落ちしかねない。
シルビアちゃんの選択科目は、家政、刺繍と薬学。薬学は一緒に受講することになる。
ケビンは法律3科目と料理。法律はわかるが、なぜ料理?と思ったら、俺といると面白そうだからだと。公爵家のお坊ちゃんが料理とかやっていいのか?
こうしていると、なんだか学院生活が楽しみになってきた。
以前に言われたように、本当に精神年齢も見かけに近づいてきているのだろうか?
いよいよ本格的な学院生活が始まる。
学院は月曜日から土曜日まで授業がある。土曜日は午前中だけで、日曜日が休日だ。
かつて聞いた昭和の日本のようなシステムだ。
最初の日曜日には、ルクスに乗って、エドと一緒に王都の冒険者ギルドに行き、移動報告をしておいた。
王都には冒険者ギルドの総本部の他、王都内数カ所にギルド支部がある。
俺たちは、討伐系の冒険者が一番多く集まる支部に行った。
確かに規模は大きかったが、高ランクの冒険者はランカスターの方が多そうだった。
ギルドではランカスターのAランクが王都定住ということで、とても喜ばれた。
久しぶりにセントラル広場にも行ってみたが、やはり屋台やフリーマーケットの集合は面白かった。
ルクスは俺と会えないのが寂しそうだったけど、エミーちゃんとは楽しくやっているようだ。
こっちの生活に慣れたら、遠乗りとか行こうな。
寮生活はまったく不自由はない。
元々貴族でもない俺は、すべて自分でやれる。かつてはトイレもお風呂も一人でできなかったことは過去の話だ。
朝はいつも通り午前5時に起きて、早朝トレーニングだ。学院の構内は広大で、ランニングコースには事欠かない。今のところ固定コースはとらずに、その日の気分で色々な場所を走っている。
寮の食事は・・・、まあ普通だ。これまでランカスター家やシェフィールド家で食べていたので、舌が肥えてしまったようだ。まあ、量はあるし、栄養も考慮されているようだから問題ない。
そう言えば聖女ちゃんの寮の部屋問題はどうなったんだろう?やっぱ無理だよね。
授業は、午前中は座学で、実技科目はほぼ午後に行われる。
必修科目は1コマ1時間。選択科目は1コマ2時間。
授業は割と面白い。
錬金術は、錬金釜や錬金台の使い方や機能、色々な魔法陣の働きを学ぶ。
やり方はわかるが、理屈はさっぱりわからない。
新しい魔法陣の研究などは大学に進むか、研究機関に入らなければならない。
もっともルーカス兄上のように、個人で研究を続けている人もいる。
薬学は言ってみれば漢方薬の製造だ。
薬品になる薬草などの植物や、動物、魔獣の素材などを前期中に学び、後期は実際に薬を作る実習を行う。
薬学2では、これに魔術的な措置を施すことで各種ポーションを作ることができる。
薬学2の受講は、薬学1の修了が条件だ。来年取ろう。
医学は、怪我、病気の症状の診断、治癒魔術の理解、治癒魔術の効果を高めるための身体構造の勉強など、俺が力技で押し切ってきたことを反省させられる内容だ。しっかり勉強しよう。
選択科目は、総じて実務的な内容で、修了すればある程度使える技術を身に付けさせることを目的としているようだ。基礎研究、応用研究は大学などの役割だ。
法律は、民事、刑事は日本の成文法とは異なり、判例法、つまり過去の判例の集積が法規範になっている。英米法のコモンローに近い。そのような集積された判例の一部は訴権として成文化されている。元の世界の歴史からすると、ゲルマン法の流れと、ローマ法の流れが混在した形だ。
また、王国の統治や領にまたがる事案については、成文法が存在する。王国法と各領法の棲み分けなども法律問題だ。アメリカの連邦法と州法の関係に似ているのかな。
いずれにしても、法律は得意分野だ。1年で司法試験に受かろうと思っていたら、受験資格はあるけど、普通は更に大学で2年間勉強してから受けるものだと先輩に言われた。
これは独学も頑張らねば。予備校はないのか?
ちなみに選択科目の受講者はほとんどが3年生で、2年生が若干名。
法律の1年生は俺とケビンの二人だけだった。
疎外感を味わうかと思ったら、皆んなが寮の歓迎会で俺たちを見ていたらしく、芸人さんとして歓迎してくれた。こういうところは全寮制の良いところかも。なお、ケビンのピアノまで、芸人枠に入っていたのでケビンは憤慨していた。芸術枠だそうだ。
武技や魔術のレベルは想像以上に低かった。
魔装を使えるのはほんの一部で、それも相当練度が低い。
最初の頃のエドが、学院では上位だったと言っていたのも納得だ。
その中ではケビンはマシな方だった。
なお、武技と魔術の授業は、人数の関係でA組、B組の共同授業だった。
武技の授業のとき、B組の一人が取り巻き数人を連れてケビンに嫌な絡み方をしてきた。
敬語で話しかけながらも、ニヤけた顔で明らかに魔術が使えないケビンを馬鹿にした態度だった。
「ケビン、あいつら何者?」
「すぐ上の兄上の取り巻き連中だよ。領にいる頃からあんな感じ。多分兄上に何か言われてると思うよ」
「そうなんだ。ちょっと締めとく?」
「君、意外に物騒だね。まあ、慣れてるからいいよ」
ケビンも大変だな。
腕に自信ありげな連中だったけど、どう見ても弱いよね。
これまで良い貴族ばかりに会ってきたから、あんな連中がいることを知って逆に安心した。
善人ばかりの世界なんてちょっと歪だからね。
ところでケビンと言えば、二人で料理の授業に行ったら男は俺たちだけだった。
この世界の貴族の男は料理をしないらしい。
先生はふくよかなおばさまで、俺たちを歓迎してくれたけど、女子たちからは変な目で見られたので、ここはご機嫌取りの一手だと考えて俺が作ったお菓子だと言ってプリンを振る舞った。
作戦は大成功。先生も女子も大絶賛だったが一つ誤算が生じた。
「これプリンじゃん!わぁ、久しぶり!」
え?と思ってそちらを見ると、女子たちの後ろに小柄な聖女ちゃんが隠れていた。
ヤバッ!まさか聖女ちゃんがいるとは!
「なんで、なんで?こっちの世界にもプリンあったの?」
俺が転移してきたことは今のところ隠している。
設定としてはランカスターの孤児院育ちということになっている。
皆んなが初めて見る食べ物だと言って騒いでいる。
聖女ちゃんがこっちを見た。
「え?日本人?」
よし、とぼけよう!
「日本人って何ですか?」
「え?え?でも顔が・・・」
「珍しい顔ですよね。子供の頃よくいじめられました」
「あ、ごめんなさい。私のいた国の人の顔によく似てたから」
「聖女様の国ですか」
「私のこと知ってるの?」
「はい、寮の歓迎会でお見かけしました」
「もう、ホントごめん!殿下ってマジKYだよね」
「KY?」
「ああ、こっちのこと、気にしないで。でもそっか、日本人じゃないんだ」
聖女ちゃんは心底がっかりした様子だった。
こっちこそごめんね。本当のこと言えなくて。
なんか会ってみると軽そうだけど良い子だね。随分心細い思いをしてるんだろうな。
そのうち何とかしてあげられればいいんだけど。
そんなアクシデントはあったものの、俺とケビンはプリンのおかげで無事料理の授業の仲間として受け入れられた。しかし、聖女ちゃんがいるとなると、あからさまに日本食を探しにくくなるな。いや、逆に聖女ちゃんの国の料理を教わるという名目でいけばいいか。うん、それで行こう!もしかしたら、聖女ちゃんが料理上手ということもあるかもしれない。
なお、トーダが、ワイのプリンを勝手に!と言って怒っていた。
先生がプリンの作り方を教えて欲しいと言ってきたが、ランカスター家の許可がいると言ったら引っ込んでくれた。聖女ちゃんはプリンの作り方を知らないらしい。マジか。聖女ちゃんが料理上手という希望が遠のいた気がする…。




