第82話 スタンリー家の四男
俺たちはクラス単位で引率されて教室に向かう。
2階席を見るとエミーちゃんが一生懸命手を振っていた。
軽く振り返しておこう。
大講堂を出て庭園の遊歩道のように手入れされた道を行き、赤茶色のレンガ造りの4階建の建物に入る。この建物の2階に俺たちA組の教室があった。
座席は自由。
俺はシルビアちゃんと並んで窓際の席に座った。
窓から見える景色は春の花が咲き乱れた庭園のようだった。
「全員席に着いたな。私は今日から1年間このクラスを担当するカール・シンプソンだ。法律学の民事が専門だが、法律学はすべて教えている。1年生で選択する者はほとんどいないかな。さて、今日は必須科目の教科書と資料を配って、皆んなの自己紹介をしたら終了だ。明日から1週間は、前期の選択科目を決めるために色々な授業を見学して周ることになる。1年生のうちは迷うと思うから遠慮なく相談に来てくれ。じゃあ、自己紹介を始めようか」
担任の先生は中年の真面目そうで穏やかな男性だ。面倒見も良さそうだ。何もわからない1年生を担当するのだから、そういう人が選ばれているのだろう。
自己紹介は入口側の一番前から始まった。
A組は伝統的に成績上位20名で構成されるらしい。エド情報だ。
3年間A組を維持して卒業することが名誉らしい。
自己紹介は自分の家と名前の他、男性は得意な魔術や得意な武器を、女性は得意な魔術や得意な芸術などを述べていた。
この世界の貴族は国や領地を護り、領民を護る責任を負っている。
そのためか自身の魔術などを自己紹介に含めるのだろう。
それに元の世界と比べると皆大人びている。
しかし、見事に上位貴族ばかりだね。
お、次はスタンリー公爵家の四男君だな。
「スタンリー公爵家の四男、ケビン・スタンリーです。武器は剣を少々扱います。魔術は・・・、このクラスは顔見知りばかりなので皆知っていると思いますが、魔術は使えません」
あれ?皆んな顔を伏せている。それにしても魔術が使えないか。しばらく前の俺だね。俺の場合はトイレも流せなかったけど。
それにケビン君が魔術を使えないって有名なの?
その前に、このクラス皆んな顔見知りなの?
もしかして上位貴族の子供たちは幼少期から付き合いあるのかな?
おお、俺、この平民上がりが!とか言っていじめられるのか?
ヤバッ、小学生の頃のトラウマが・・・。
考えてみると、俺って中学、高校と学校に行ってないから、こういうシチュエーション初めてかもね。
シルビアちゃんも無難に自己紹介を終わり間もなく俺の番。
さてどうしよう。先に言っておくか。
よし、次だ。
「シェフィールド家四男、ユーキ・シェフィールドです。私は最近養子に入ったばかりの元平民ですので、貴族の慣習に慣れておりません。ですので皆様に失礼があるかもしれませんが、寛容な心でお許しいただければ幸いです」
あれ?思ってたほど反応悪くないな。
「それから魔術の方は、どれも似たようなレベルなんですが、強いて挙げれば治癒魔術が得意でしょうか。なので怪我をされた方がいれば遠慮なくおっしゃって下さい。すぐに治癒させていただきます」
おっ、ちょっとウケたかな。
ケビン君じゃないが、先にネガティブな情報を出しておいて、徐々に評価を上げる作戦だったけど、元平民と聞いて強い拒否反応を示す子はいなかったな。
自己紹介が終わり、学院の使用人らしき人から教科書が配られると、本日は終了となった。
今日の夜は各寮で歓迎会が催されるらしいがそれまでは暇だ。
シルビアちゃんを昼食に誘ったら喜んでくれたので、昨日調べておいたカフェに行くことにした。学内には無料の食堂以外に、数多くの飲食店がある。しかも構内には大学や研究機関も存在しているので、あらゆる年齢層が行き交っており、構内の商業エリアは普通に上品な街と変わらない。夜は酒が飲めるバーもあった。
天気が良いのでテラス席に座る。
並木道の両側に店舗が並ぶ風景は、お洒落なヨーロッパの街並みを思わせる。
二人ともパスタを注文した。
「ユーキお兄様はもう校内のこと把握されてるんですか?」
「昨日大雑把に見て回っただけだよ」
「それでもすごいです。そうだ、選択科目の見学、ご一緒してもよろしいですか?」
「もちろん。ただ、家政系の科目は僕は取らないと思うけど」
「そっちはお友達と行きます」
クラスのことも少し聞いておこう。
「Aクラスの人たちって、皆んな顔見知りなの?」
「ええ、子供の頃のお披露目会とかお茶会とか、パーティなんかで全員お会いしたことがあります」
「えっ!じゃあ、誰も知り合いがいないの僕だけってこと?」
「私がいますよ!」
「そうでした・・・。それと、僕が元平民って言っても皆んなあまり馬鹿にしたような感じなかったけど、どうしてだろう?」
「優秀な平民の方が貴族家の養子になることはたまにあります。それに名門のシェフィールド家の養子を馬鹿にする人はいませんよ。シェフィールドほどの家が養子に選んだというだけで優秀だと想像がつきますし、ほら、それ」
そう言って俺の袖を指差す。
ああ、金袖か。意外にこれも役に立つのかな。
「ただ、貴族至上主義の方には血筋にこだわる方もいますから、そういう方は・・・」
「ああ、大丈夫。まったく気にしないから」
そのとき後ろから声がかかった。
「失礼。同席させてもらってもいいかな?」
やっぱり君だよね。気配でわかってたけど。
「シルビア嬢、久しぶりだね。お変わりありませんでしたか?」
緩くウェーブのかかった金髪に緑の瞳。爽やかな笑顔のケビン君が登場した。
俺とシルビアちゃんは席を立つ。公爵家だからね。
「ケビン様、ご機嫌麗しゅう」
「そちらはユーキ・シェフィールド君だよね」
「名前を覚えていただき光栄です。ユーキ・シェフィールドです。お見知り置きを」
何が目的かわからないが、一応初対面だ。礼は尽くしておこう。
「さて、挨拶も終わった。今日からクラスメイトだ。堅苦しいのはやめにしないか?」
そう言ってケビン君はさっさと座った。
戸惑う俺とシルビアちゃん。
「ユーキでいいかい?君もケビンと呼んでくれ。食べかけだろ?早く座って食べなよ」
大丈夫そうだな。俺は腹をくくって着席した。それを見たシルビアちゃんも恐る恐る座った。
「そう警戒しないでくれ。まあ、うちが評判悪いのは知ってるけどね」
へえ、意外と話せそうだ。
「わかったよ、ケビン。タメで行くけどいきなり無礼打ちとか勘弁してくれよ」
「首席様にそんなことしないよ」
「あれ?聞いてたの?」
「ああ、おかげで父にはこっ酷く叱られたけどね。魔術も使えない上に学問も駄目かってね」
「魔術が使えないって本当なんだ」
「うん、魔力はあるみたいだけどなぜか発動しない。有名だよ、スタンリーの欠陥品って」
「魔術が使えなくても、いくらでも貴族として活躍できるだろう」
「まあね。でも強い魔術を使えることは貴族としてのステータスなんだ。実際に使うかどうかは別にしてね。少なくともスタンリーではそうなんだ」
「でも剣は相当強そうだけど?」
「弱くはないかな。でも、うちは魔術第一なんだ」
ここでシルビアちゃんが教えてくれた。
「スタンリー公爵家は火魔術の名門なんです」
「そういうこと。強い火魔術が使えないやつは一族の恥って感じだね」
それはまた極端なエリート意識だな。
俺、転移した先がランカスターで良かったよ。魔術使えなくてもまったく差別されなかったし。スタンリーとかに転移してたら、即刻殺されるか追い出されるかだったろう。
「ま、そんなわけで、僕はスタンリーではかなりの爪弾き者。周りにもそれを隠さないから、他の家の子たちも接し方に困ってるみたいでね。あ、僕もパスタとコーヒー」
ケビンが、通りがかりのウエイトレスに注文すると、ウエイトレスが顔を赤らめやがった。
ここにも敵がいた。
「学院に入ってようやく家を出られるからさ、少し羽を伸ばそうと思ったら、クラスの連中は腫れ物扱いだろう。君は何となくそんなこと気にしなさそうだから声かけさせてもらったってわけ。迷惑だったかな?」
「全然。お察しのとおりまったく気にしないよ。むしろ馬鹿馬鹿しいくらいだ。あ、ごめんね」
「いや、君が想像通りの人で良かったよ。これから仲良くしてくれたら嬉しいよ。まあ、うちの家は年中陰でコソコソやってるから警戒するなって方が無理な話しだけどね。でも僕は蚊帳の外で、情報も一切知らされてないから安心してくれ。じゃあまたね」
ケビンは自分のパスタをさっさと食べるとあっさり立ち去った。
ここでも差別によるイジメか。本当にどうしようもないヤツはどこにでもいるな。
それに公爵家なんて王家の親戚だ。これ以上の権力なんていらんだろう。ま、価値観は人それぞれだしね。
「シルビアちゃんはケビンのさっきの話し知ってたの?」
「噂程度には」
「スタンリー家ってなんか嫌な感じだね」
「シッ、聞かれますよ」
「ごめんごめん。コーヒー冷めちゃったね。おかわり頼もう」
その後は、これからの学院生活について話しが弾み、楽しく時間を潰せた。
ケビン・スタンリー。
まだ信用できるかは未知数だ。それに、彼に悪意がなくともスタンリー家の策謀になんらかの関わりが生じるかもしれない。それでもまだ15歳の少年が、あんな寂しそうな顔をするのだ。排除するという選択は取りづらい。
(トーダ、さっきのヤツどうだった?)
(悪い気は感じんかったで。それより後でプリンな)
そうか、まあ一応注意しながら付き合っていこう。
あ、寮でプリン作れない!
週末の休みは帰ってプリン作りだな。




