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第74話 スタンピード勃発

 その日の午前9時ころ、騎士団の訓練中に、危機発生を告げる信号弾が確認された。

 信号弾は、火魔術の応用で、空中に打ち上げることで連絡手段とする。

 今回確認された信号弾の色は赤、数は10発。

 赤はランカスター領北部エリアを、数は経由した中継地の数を示す。

 10カ所をたどると、北の森に最も近い街から発信された危険信号ということになる。


 訓練は即刻中止され、全員に完全武装による待機が命じられた。

 俺とエドもフレッド団長の承認を得て、完全武装で報告を待つことにした。

 こういうとき、この世界の通信インフラの脆弱性がもどかしい。

 何が起きたかを知るには、早馬の報告を待つしかない。

 元の世界では紀元前から伝書鳩が通信手段として使われていたが、こちらの世界ではそれすらなかった。

 パトリック兄上の通信魔道具の開発に期待しよう。頑張れ兄上!


 ランカスター城には冒険者ギルドの幹部も招集され、会議室で待機していた。

 俺とエドは、情報がない以上慌てても仕方ないので、とりあえず俺の部屋で待つこととした。

 すると、珍しいことに、ザックさんが俺を訪ねて来た。


 メイドさんに案内されて部屋に入ってきたザックさんは、挨拶もなしにソファに座る。


「ユーキ、何かわかったか?」

「いえ、まだ報告待ちです」

「そうか、信号弾からすると北の森だな」

「そうだと思います」


 ザックさんはソファにもたれて深くため息をついた。


「北の森はこのところ増えた魔獣目当てに、冒険者もかなり入っている。いい稼ぎになるんでな。そのせいで、間引きも進んでいると思っていたが・・・」

「まだ何が起こったかわかっていませんよ」

「そうだったな。今、こちらの状況は?」

「騎士団全員に完全武装の待機命令が出ました。ギルマスも呼ばれて、会議室にいますよ」

「そうか。ギルドの方もCランク以上に待機要請が出た。緊急クエストになる可能性が高い」

「緊急クエストってなんですか?」

「知らんのか、お前も冒険者だろう」


 ザックさんが呆れたように俺を見る。


「緊急クエストは、何か緊急事態が起きたときに、ギルドが依頼者になって出すクエストだ。色んなケースがある。一番でかいのは戦争だな。あと、上位魔獣が出たときとか、自然災害対応、復興支援、流行病のときの薬草採取とか、大体はその領の領主と共同で対処する」

「強制参加ですか?」

「いや、あくまで要請だ。だが、大体のやつは参加する。まあ、戦争はわからんが」


 それはそうだ。冒険者は、国に縛られずに色々な場所で活動している。なので、たまたまいた場所で母国との戦争に駆り出されたんではたまったもんじゃない。


「とりあえず、こっちにいた方が情報が早いだろう。待たせてもらうぞ」


 そう言うとザックさんはケイトさんにコーヒーのお代わりを要求した。

 そう言えば、シェフィールドで会っていたから、ザックさんとケイトさんは顔見知りだったね。


 ザックさんとエドと一緒に昼食をとり終えたころ、ジェームス様の使用人から、俺とエドに至急会議室に来てくれとの連絡が入った。

 自分も一緒に行くと言うザックさんと三人で会議室に入ると、そこにはジェームス様始め、アダムさんや数名の文官幹部、フレッド騎士団長、副団長たちの武官幹部、それに冒険者ギルドのギルマスと幹部たちが勢揃いしていた。


「ザック!なんでお前がここにいる!?」


 ギルドで待機しているはずのザックさんが入ってきたのでギルマスも驚いている。


「弟の様子を見に来ただけだ。それより何があった!?」

「弟?そういやお前、エリカ様の弟だったか。ん?いや、弟はお前だろう?」

「うるせえ!こいつが弟なんだよ!それより話を聞かせろ!」


 イテッ!なんで俺を殴るんだよ!


「まあいい、君たちも座ってくれ。これから説明する」


 ジェームス様が、とりなして俺たちに着席を促す。

 ギルマスは、ユーキが弟?どういうことだ?とまだ首を傾げている。


「つい先ほど、テイムクロウの伝書が入った。北の森で魔獣の氾濫が起こった」


 テイムクロウ、人間にテイムできるカラスの魔獣だ。それで早かったのか。どこかの中継地にテイマーがいたようだ。

 それにしても魔獣の氾濫・・・。ついに起きてしまったか。


「数は不明。斥候の報告では延々と魔獣が森から出続けており、少なくとも数万はいくだろうとのことだ」


 数万!これはヤバいな。北の森近くの街に配備されている騎士団の数は合計でも1,500人程度。

 数では圧倒的に不利だ。どこかの街で籠城して援軍を待つしかない。

 ランカスター領の街や村は、常に外敵を想定して外壁は比較的強固に造られている。

 援軍到着までは保つだろう。


「それよりも、今回の氾濫には不可解な点がある。通常、魔獣の氾濫、いわゆるスタンピードは、上位の魔獣が出現するなどのせいで、下位の魔獣が逃げ出すことで発生する。今回も最初は数百匹の魔獣が暴走していたらしい。しかし、その後、続々と出てきたのは・・・、ゴブリンの集団らしい」

「ゴブリン!!」


 俺とエドの声が重なった。

 ダンジョンで会った仮面の男が頭に浮かぶ。

 ジェームス様が続ける。


「そのゴブリンだが、暴走は見られず、集団でゆっくり進んでいる。中には体長数メートルの巨大なゴブリンも散見されるそうだ。このゴブリンの集団が延々と続いているらしい」


「ゴブリンですか、最近ではダンジョン以外では滅多に見ないが・・・」


 ザックさんが不思議そうな顔をしてつぶやいた。


「確かに地上では滅多に見ないな。だがそのゴブリンを、最近大量に討伐したヤツがいたな」


 ギルマスが俺とエドの方を見る。顔が怖いからやめてほしい。


「どういうことだ、ユーキ?」

「ダンジョンに出たんですよ。そんなことより今後の対応でしょう。作戦は決まったんですか?」


 ザックさんを適当にあしらい、ジェームス様たちに問いかける。

 有事の際には迅速が肝要だ。


「いや、まだだ。情報が足りない」

「確かに。まず最初に暴走した魔獣の種類、数、暴走した方向、ゴブリンの数、統制の有無、武器保有の状況、魔術を使うか否か、進行方向、分散するか否かなど、知りたいことは山積みですね。しかし、すでに最初の魔獣は暴走をしています。まずこいつらを抑えないと、街道の被害が出ます」


 俺の言葉に皆が頷く。

 皆もわかっていることだ。


「アダム、地図を!」


 テーブルに広げられた地図を全員で囲む。

 そして、北の森から出た魔獣たちの進行可能方向を検討の上、優先順位をつけ、騎士団から50人編成の騎馬中隊を10個、それぞれ優先度の高い街道に派兵して警備、討伐に当たることが決定された。

 本丸のゴブリンの大群については、さらに情報を待つ必要があったが、騎士団としては領都レグルスの守備に3,000を残し、あとはいつでも出陣できるよう準備しておくことになった。


 (ねえトーダ、トーダならゴブリンの集団の様子、すぐ見てこれるかな?)

 (そんなもん簡単や。見てきたろか?)

 (お願いできるかな?)

 (任せとき!そん代わりプリンな!)


 そう言ってトーダの気配が消えた。

 トーダがどのような移動方法を使っているのか不明だ。

 どうも、転移とは違うようで、式神特有の移動方法のようだ。

 身体をマナに溶け込ますとかなんとか。いずれにしても人間には無理のようだ。


 1分もしないうちにトーダが戻ってきた。

 早っ!


 (ユーキ、なんか変や)

 (どうした?)

 (ゴブリンな、ぎょうさんおるんやけど、デカい門があってな、そこをゴブリンが通ると消えよるんや)

 (デカい門、ゴブリンが消える?)

 (あれ多分、転移門ちゃうやろか?)


「転移門!?」


 俺は思わず声を上げて立ち上がった。

 皆が驚いてこちらを見る。


「どうしたユーキ!何かあったのか?」

「あ、いえ、その・・・」

「転移門とか言ってたな?」

「えと・・・」

「ユーキ、非常事態だ!正直に言ってくれ!」


 はい、ジェームス様、おっしゃる通りです。


「はい、信じてもらえるかわかりませんが、今、多分精霊の声が聞こえました」

 と、精霊のせいにする。

「それで、精霊が言うには、ゴブリンが大きな門をくぐるとゴブリンたちが消えていくんだそうです。それで、その門はおそらく転移門なのではないかと」


 皆が唖然としている。


「そう言えば、ルクスは精霊の声で助けたそうだな」

「ルクスとは?」

「ユーキが助けてきた馬だ」

「精霊の声が聞こえるんですか?」

「それはユーキに聞いてくれ」


 皆がまた俺を見る。

 何か説明しないわけにはいかない雰囲気だ。まずったな。


「あの、本当に精霊かどうかは知りません。ただ、たまに頭の中に声が聞こえるんです。正確な言葉ではなく、断片的な単語が。それで、馬を助けたのも、その声に従ってついて行ったら、魔獣に襲われた馬が倒れていたんです」

「ユーキの言うのは本当だ。シェフィールドに行っていたときのことだ」


 事情を知っているザックさんがフォローしてくれた。


「だとすると、ゴブリンはどこに現れるかわからんということか」


 フレッド団長が渋面になる。

 そのとき、危機を知らせる半鐘がカンカンと連続して響き渡った!

 同時に会議室に騎士が駆け込んできた。


「ご報告です!レグルス北西の街道10キロ地点、街道沿いの平原にゴブリンの大群が現れました!」


 ガタン!!

 全員が立ち上がる。

 狙いはここだったか!


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