第65話 シェフィールドの一族
今俺たちは、5台の馬車を連ねてシェフィールド領の領都を目指して進んでいる。
先頭は直近の街で合流したシェフィールド騎士団20名。その後にランカスター騎士団20名、馬車列を左右5名ずつの騎士が挟み、後方にランカスター騎士団20名が続く。
シェフィールド領は、地理的に大型魔獣の被害がほとんどない地域で、大穀倉地帯が広がっている。ここまで2泊の道中、夏の収穫が終わった小麦畑が延々と続いていた。
のどかないい領だな。
俺は初めての領の風景をじっくり見たいという理由で馬車を拒否し、騎士団に混じって馬に乗っている。エドは、今回は家令代理なので、貴族服に身を包んで馬車でぐったりしていた。
こちらの世界に来て乗馬がすっかり習慣になった。自家用バイクのようなものだ。自分の馬買おうかな。
(ユーキ、ここええ土地や。精霊がぎょうさんおるわ)
(へえそうなんだ。確かに空気が気持ちいいね。ところでトーダって、馬の良し悪しわかる?)
(馬の性格とかなら大体わかるで)
(じゃあ今度馬買うとき教えてよ)
(馬買うんかい)
(うん、そろそろ自分の馬を持とうかと思って)
(ええんやないか、ハルの馬はええ子やったで)
へえ、晴明さんの馬か。すごい馬だったんだろうな。
だいぶ領都が近づいてきた。
もう先頭の騎士団はシェフィールド領の領旗と騎士団旗を掲げている。
ランカスター騎士団は騎士団旗だけだ。
今回はジェームス様がいないので領旗は掲げない。
街道を往来する人たちは、「姫様じゃないか?」などと囁いて興味津々だ。
大名行列と違って、誰も道で跪いたりしないな。
外壁が見えてきた。
形式とは言え、俺の実家になる領だ。
いい街だといいな。
外壁をくぐると、大通りには人が溢れかえっていた。
エリカ様が馬車の窓を開けて顔を見せると大歓声が上がった。
「やっぱり姫様だ!」
「エリカさまー!」
「姫さまー!」
「シルビアさまー」
「双子ちゃんもいるぞー!」
最後の不敬罪とかにならないのか?
どうやらエリカ様帰還の噂を聞いた領民が集まっていたらしい。
エリカ様たちもにこやかに手を振っている。
大人気だね。
街の人たちの身なりは綺麗で、表情も明るい。
ここも伯爵家が善政を施いていることがよくわかる。
大通りをゆっくりと隊列が進む。
綺麗な街だ。
沿道の観衆はどこまでも続いている。
エリカ様はここのお姫様だもんね。それにあの美貌。人気にもなるよ。
1時間以上をかけて進んだ先の小高い丘の上に、シェフィールド城が見えてきた。
ここの城はランカスター城のような要塞ではなく、ノイスヴァンシュタイン城を思わせるような瀟洒な城だ。
白い壁に青い屋根。尖塔がいくつか見える。
堀の跳ね橋を渡り城門をくぐると、並木の中を城に登る道が続いていた。
ここもランカスターとは違い、城壁の中に街はなかった。
籠城が想定されているわけではなさそうだ。
ランカスターが辺境守護を担っている特殊性を改めて認識した。
15分ほど進むとようやく城に到着した。
そこには大勢の人が並んでいる。
馬車が停まると、俺たちは一斉に下馬した。
馬車からエリカ様たちが降りてくると、久しぶりに見るロバート伯爵とサマンサ様が迎えに出る。
足はすっかり大丈夫そうだ。良かった。
「エリカ、お帰り。旅は問題なかったか?」
「ただいま帰りました。お天気も良くて快適な旅でしたわ」
二人が嬉しそうに挨拶をしている。
「まあまあ、シルビアもトムもエミーもよく来たわね。トムとエミーはここに来るのは初めてね。楽しんでいくのよ」
「お祖父様、お祖母様、お目にかかれて嬉しいです」
シルビアちゃんがちゃんと貴族らしく挨拶している。
双子ちゃんも真似している。可愛いね。
でも、トム君とエミーちゃんは、ここに来るの初めてなんだ。
異世界の旅だ。ある程度年齢がいかないと難しいんだな。
お、今エリカ様が挨拶しているのが弟さんかな?
ダークブラウンの髪に青い目のイケメンが長男だな。クルクル天然パーマの金髪のメガネ君はオタクっぽいから、錬金術大好き次男かね?冒険者の三男ぽい人はいないな。
ひとしきり挨拶がすんだところで、ロバート様の大きな声がした。
「おい、肝心のユーキはどこにいるんだ!」
エリカ様が苦笑しながらこちらに目を向ける。
それに釣られてロバート様たちもこちらを見た。
目が合ったので前に進み出る。
「なんだユーキ!騎士に混じっておったのか!」
ロバート伯爵がガハハと笑う。
「あらあら、ユーキちゃん、早くこちらにいらっしゃい」
サマンサ様の優しい笑顔。
俺も笑顔で歩み寄って挨拶をする。
「ロバート様、サマンサ様、ご無沙汰しております。お元気そうなご様子大変嬉しく思います。足の調子はいかがですか?」
「なにを言っとる!お前はうちの息子になったんだぞ。ちゃんと父と呼ばんか!足はお前のおかげで絶好調だ!」
と、ロバート様はまた豪快に笑った。この人、完全に豪放タイプだな。
「ユーキちゃん、ちゃんとお母様と呼んでくれないと寂しいわ」
「そうなのよ、ユーキったら中々お姉様と呼ばないのよね」
サマンサ様とエリカ様の攻撃がきた。
いやあ、28年間そんな言葉使ったことがないから、ハードル高いんだよな。
なんか照れくさい。
とにかく中に入るぞということで、ようやく城の中に入った。
俺たちは応接室へ、ケイトさんたちメイドさん部隊は、それぞれの主人の部屋の準備と荷物の片付けに向かう。あっ、俺の荷物ストレージの中だ。慌てて、大型の旅行カバン2つをケイトさんに渡した。荷造りもケイトさんがしてくれたんだけどね。
応接室に入ると俺はすぐに立ち上がり今回のお礼を言う。
「この度は私のような者のために、養子縁組までしていただき深く感謝いたします。名門のシェフィールド家の末席に名を連ねること誠に畏れ多いことと存じますが、シェフィールド家の家名を傷つけないよう精一杯努めようと思いますので、今後ともよろしくお願い申し上げます」
「ユーキ。私たちは君を我が家に迎え入れることを大変嬉しく思う。私は君の父になれることを誇りに思う。今日からは家族の一員として、君が幸せな人生を送ってくれることを願っている。」
「もったいないお言葉、ありがとうございます」
「さあユーキちゃん、もう座って。堅苦しい挨拶はそれまでにしましょう。これからは家族なんだから」
サマンサ様が場を和ませてくれる。
「そうだな、まず紹介しておこう。長男のパトリックだ」
やはり先程のイケメンだ。
身長は185センチくらいかな?俺も元はこれくらいだったんだけどな。
この人もかなり鍛えてる。
「パトリックだ。ユーキでいいかな。君が弟になってくれて嬉しいよ。何しろうちの弟はおかしな方向にばかり向かっていてね。君は随分まともそうだ」
パトリックさんが笑いながら手を差し出してきた。うん、爽やかな人だ。
俺はその手を笑顔で握り返して答える。
「ユーキです。よろしくお願いいたします。ただ、私もパトリック様のお心を煩わせそうで不安で一杯です」
「こっちが次男のルーカスだ」
金髪天パの丸メガネ君だ。なんかクルクルの前髪がメガネにかかって、顔がよく見えないぞ。
立ち上がると、身長は180センチはあるが、全然鍛えていないようでひょろひょろだ。
「君、錬金術好き?」
「えっ?は、はい。やったことはありませんが、興味はすごくあります」
「ん、君見込みある」
そう言って、ルーカス君は座ってしまった。
でも、最後の一言のときニコッと笑ったよね。
研究者っぽいのかな、それともオタク?でも、俺はこのタイプ全然嫌いじゃない。
「ごめんなさいねユーキちゃん。ルーカスはいっつもこうなのよ。悪気はないのよ、わかってあげてね」と、サマンサ様。
「いえ、私はまったく気になりません。むしろ好ましいくらいです」
と俺が答えると、ルーカス様が小さな声で、おお有能、などと呟いていた。オモシロ!
「もう一人三男がいる。連絡はしたんだがどこをほっつき歩いているんだかまだ来てない。来たら紹介しよう」
冒険者やってる人だね。冒険者なら気が合わないこともないだろう。楽しみだ。
「そう言えば、トムもエミーもパトリックとルーカスは初めて会うのよね。ご挨拶をしなさい」
エリカ様に促されて二人が立ち上がる。エミーちゃんはちゃんとスカートの端を摘んでるね。めちゃ可愛い!
「ランカスター家次男のトーマスです。パトリックおじ様、ルーカスおじ様、よろしくお願いします」
「ランカスター家次女のエミリアです。パトリックおじ様、ルーカスおじ様、よろしくお願いします」
緊張しながらよくできました。
パトリックさんはにこやかに相手しているが、ルーカスさんは、下を向いて僕おじさんじゃないとか呟いていた。やっぱオモシロ!
さて、挨拶も済んだし、そろそろあの問題に決着をつけねば!
「あの、それで私は皆様のことをどう呼べばよろしいでしょうか?私はこれまで父母も兄弟もおらず、貴族でもありません。家族を呼んだことがないので戸惑っております」
おっとルーカスさんが目を見開いた!この人も青い綺麗な目だ。髪整えたらイケメンかも。
「お姉様よ!」
エリカ様が言うと、パトリックさんが吹き出した。
え?
「姉上、まだお姉様と呼ばれたいの?」
「当たり前じゃない!あなたたち、小さいころはお姉様って呼んでたのに、学園行き出してからは全然呼んでくれないじゃない!」
「当たり前だろ。恥ずかしくてそんな呼び方できないよ」
ゲッ!やっぱり恥ずかしい呼び方なんだ!
「あなたユーキの前でなんて事言うの!ユーキ、あなたはお姉様と呼ぶのよ!」
「やめとけユーキ。学園で恥かくぞ。俺は、父上、母上、姉上と言ってるから、それでいいんじゃないか?」
「ダメよ!お姉様よ!」
「そうよ、お母様よ!」
うおっ、サマンサ様まで参戦してきた!
こんなに必死な顔をされると断りにくい・・・。
「わかりました。父上、お母様、お姉様、兄上と呼ばせていただきます」
俺が言うと、サマンサ様とエリカ様が両手を取り合って喜んでいる。
それを見ると、これで良かったのかなと思う。
え?ルーカスさんが、「僕兄上」、とか呟いてニマニマしている。なんかこの人好きだ。
パトリックさんは、まったく人がいいんだから、と呆れている。
「でも、本当に私なんかが皆様にそんな呼び方をしてよろしいのでしょうか?」
「当たり前じゃないか!何を躊躇う必要がある!」
「そうよ!家族なんだから当たり前でしょ!」
当たり前じゃないんだよね。
俺には家族がいなかったから、一度も家族を呼んだことがない。
だから照れくさいというのもあるが、一番は不安なんだ。
自分は本当に受け入れてもらえるのだろうか?
言葉だけに乗せられて、一人で舞い上がっているのではないだろうか?
この人たちはそんな人じゃない。わかっている。
だけど・・・。
俺は一度は捨てられたんだ。
家族から拒否されたんだ。
その思いが一歩踏み出すことを躊躇わせる。
また捨てられる?
この歳で捨てられてもなんてことないんだけどね。
自分で初めて知る、自分のトラウマ・・・。意外だった。根深いね。こんな歳なのに。
でも、勇気を出そう!
この人たちは信じられる!
自分に言い聞かせる。
そして・・・、一歩を踏み出す!
「父上、お母様、お姉様、パトリック兄上、ルーカス兄上。これからよろしくお願いします!」
なぜか目に汗が・・・。
皆が優しい笑顔で迎えてくれた。
ルーカスさんだけ、下を向いて、僕兄上、とニマニマを続けていた。
部屋の準備が整ったということで、部屋に案内された。
本当に家族フロアで、この部屋はずっと俺の部屋になるらしい。隣はルーカス様
風呂、トイレ、簡易キッチン付きで、寝室とリビング兼書斎に分かれている。
ソファ、机、スタンド式魔導灯、ベッド、クローゼット、カーテン、カーペットと何から何まで新品だった。
随分迷惑かけちゃったな。でも素直に感謝して受け入れよう。
そして新しいメイドさん、というか、俺がシェフィールドに来たときの担当になるメイドさんがアニカさん。なんとケイトさんと学園で同級生でお友達だった19歳。二人とも下級貴族のお嬢様で、寄親であるランカスターとシェフィールドが同じ派閥ということもあり、仲が良かったらしい。
19歳ということはエドも同じ学年だったのか聞いたら、当たりだった。
でも、エドは子爵家でギリ上級貴族、成績優秀のイケメンで、モテモテだったらしく、学園時代は話したこともなかったそうだ。
晩餐までは部屋で過ごすらしいので、ランカスターと同じように、メイド待機用の椅子を2脚用意してもらった。
そして、早速ソファで懇親会だ!
アニカさんが最初遠慮して座ろうとしなかったが、ケイトさんと二人でいつものことだからと説得してようやく座らせた。
さあ、俺たちの懇親会と言えばプリン!
ストレージからプリンを出し始めたら、エドが部屋を訪ねてきた。
一応心配して様子を見に来てくれたらしい。本当は暇だったんだと思う。
エドは、この城には何度も来ているので、城の中も詳しいそうだ。
エドが来たことでまた座ろうとしないアニカさんをなんとか座らせて、4人でコーヒーとプリンだ。さあ、アニカさん!とくと味わうがいい!
案の定アニカさんはその美味しさに悶絶した。
あっ、お土産のプリンとランペイジブルの肉を渡さなきゃ。
プリンを食べ終わり、恍惚の表情のアニカさんにお土産のことを言うと、厨房から人を呼んできてくれた。台車付きで。
お土産を渡した後は、ケイトさんの訴える目に負けて2個目のプリンを食べながらおしゃべりだ。そこで、エドがケイトさんもアニカさんのことも認識していなかったことが判明した。エドは二人が同級生と知って驚いていた。どうやらエドは、学園時代、寄ってくる女性の多さにうんざりして、学園の女子とはまったく関わりを持たないようにしていたらしい。
よし、今度呪術を開発して、エドにハゲの呪いをかけてやろう!
晩餐の時間になると、エドは自室で食事を取るために戻って行った。
明日は、午前中はシェフィールド騎士団の訓練に参加させてもらい、午後は冒険者ギルドに滞在報告に寄ってから、街を見て回ろうということにした。
晩餐は美味しかったし、俺のマナーも完璧だった。
パトリック兄上が、初めて貴族らしい弟ができたと感激していた。
ルーカス兄上を見ると、ガチャガチャ音を立てて、気にもせずに黙々と食べていた。
ランペイジブルのお土産の話しをすると、ロバート様、じゃなくて父上とお母様も大変喜んでくれた。大好物らしい。
ダンジョンで獲ってきたことを知ると、お母様が「あまり危ないことしちゃダメよ」と言ってくれたが、それは師匠に言ってほしい。エリカお姉様は知らん顔してた。
明日は午前中騎士団の訓練に参加したいと言ったら、父上がちょうどいいので紹介しておこうと言い、訓練の視察に来ることになった。




