第61話 これからのこと
「・・・はい、ありがとうございます」
「じゃあ私のことをお姉様と呼びなさい」
「お、お、おね・・え・さま」
なんか恥ずかしい。
エリカ様、そのガッツポーズは何でしょう?
顔を上げると皆が微笑ましそうに俺を見ていた。
まあ、そうだよね。俺がそっちの立場だったら同じ表情になってるよね。
初めて家族ができるという戸惑いに、覚悟が決まっていないのは俺の方みたいだ。
「これでユーキお兄様は私の叔父様ということになります。でも、叔父様ではあんまりだからお兄様と呼ぶことにしたんです!」
シルビアちゃんが『お兄様』呼びの理由を嬉しそうに説明してくれた。
そういうことだったのね。
「シルビア様、私は一応同じ歳ということになっておりますので、お兄様はおかしいのではないでしょうか?」
「もうその話し方早めて下さい!エドさんと話すのと同じように話して下さい!壁を感じます!様もダメです!シルビアと呼んで下さい!元々歳上なんですから」
「いや、呼び捨ては流石に・・・」
エリカ様の方を見ると面白そうに俺を見ている。
困った・・・。
「じゃあシルビアさんで」
「ダメです!」
「シルビアちゃん!これで勘弁して下さい!」
「もう、仕方ありませんね。でも、これからは親戚ですから、これまでみたいに遠慮しないで仲良くして下さいね」
「わかりました・・・」
ああ、昔から女子に勝てる気がしないな、ホント。
「ユーキ、シルビアは今でもあなたに責任を感じてるの。だからあなたに、この世界で少しでも不自由なく、楽しく過ごして欲しいと願ってるわ。その気持ちもわかってあげてね」
エリカ様の言葉、そんなことわかってる。15歳の女の子にいつまでも気を遣わせていること。シルビアちゃんの負い目を早く取り除いてあげなきゃいけないことも。
「わかっています。私はこの世界に来て、皆様に出会えて本当に良かったと思っています。嘘じゃありません。侯爵家の皆様に手厚く保護していただき、必要な教育もしていただきました。師匠にはこの世界で生きる力を与えていただきました。フレッド騎士団長にも騎士団で仲間として扱っていただきました。エドはいつも私を気遣ってくれる、この世界でできた初めての親友です。ケイトさんは何もわからない私を本当によくお世話してくれてます。私は皆様のおかげで、この世界で幸せに暮らせています。その上、元の世界でもいなかった家族まで。だからシルビアちゃん、大丈夫だよ。シルビアちゃんのおかげで、前よりも幸せになれたみたいだから」
そう言ってシルビアちゃんに微笑みかける。
シルビアちゃんは手で顔を覆って泣いている。
前にも似たようなことがあったよね。
彼女は本当に真面目で責任感の強い子なんだろう。
俺がこちらの世界に来たことで、俺から家族や親戚、友人、生活を奪ったと思っている。
いつまで経ってもその思いが取れない。
だから養子とはいえ、俺に家族ができることは彼女にとっても大事なことだった。
元々、俺には何もなかったから気にすることはない、そんな説明、彼女からしたら納得できないよね。ごめんね、その歳で余計な重荷を背負わせちゃって。
「ユーキありがとう。それと、しばらくしたらシェフィールドに顔を見せに行くわよ。お父様もお母様も早くあなたに会いたがっているわ。日程が決まったら知らせるからそのつもりでね」
『お姉様』からのお達しである。もしかしてエリカ様も行くの?
「今日の話しはそういうことだ。エドも認識しておいてくれ。それでエドは今後どうする?家令の見習いに戻るかい?」
ジェームス様からエドに確認が入る。
「いえ、お許しいただけるなら、もうしばらくユーキと行動を共にしたいと思っています。文官でもない、騎士団でもないという中途半端な立場ですが、メイデン師匠のご指導もいただき、正直言って今がこれまでで一番勉強になっています。なので、ユーキと一緒に師匠の指導を受けながら、もう少し自分を鍛えたいと思っています。成人していながら我儘な物言いになりますが、どうかお願いいたします」
エドが深々と頭を下げる。
「アタシは構わないよ。というかエドは思わぬ拾い物じゃ。これほどの才能が眠っておったとはのう。もう少しアタシが鍛えれば、うちでもトップの実力になるよ」
マジか!エドはかなりポテンシャルがあるとは思っていたが!
ジェームス様やアダムさんも驚いている。フレッドさんは気づいていたな、さすが騎士団長。
なんだ、エドもびっくりしてるのか。
「エドがそれほどに・・・。わかりました。ただこのまま立場がないのも体裁が悪いな。よし、エドとユーキ二人は、先生直属の特務部隊としておこう。まあ、形だけだがね」
そう言ってジェームス様が笑う。
「アダム、そういうことだ。この方向で処理しておいてくれ」
「承知しました」
組織編成とか予算調整とか、形だけでも色々あるよね。
あっ、そうだ。ダンジョンのお土産どうすればいいんだ?
「ジェームス様、ダンジョンからランペイジブルとか、他にいくつか食材になりそうな物を持ち帰ってるんですが、お役に立ちますでしょうか?」
「ランペイジブルだって?君たち一体どこまで潜ったんだ?」
え?師匠から聞いてないの?
「30階までです」
「さ、30階!?」
ジェームス様、エリカ様、アダムさん、フレッドさんが口を開けたまま固まった。
ジェームス様が恐る恐る師匠の顔を見る。
「本当じゃよ。二人だけでな。アタシは手を出してない」
「では先程のゴブリンが大量に現れたというのは・・・」
「ああ、言うてなかったか、28階じゃ」
「28階!・・・あの、大量というのはどのくらい?」
「何万匹おったかのう?数えきれんかったからの」
「な・・・!」
「それもユーキとエドが二人で倒したぞい」
「・・・」
ついに一言も出なくなった。
エリカ様が沈黙を破る。
「あなたたち、一体ダンジョンで何してきたの?」
「何をと言っても、ひたすら訓練です」
「二人で30階なんてAランク冒険者でも無茶よ」
「あ、二人ともAランクに昇格しました!」
何度も死にかけたことはシルビアちゃんの前では言わない方がいいかな。
「先生!この後詳しくお話しを!」
「元々そのつもりじゃ」
結局この場は解散となり、俺とエドはそれぞれ自分の部屋に戻った。
ランペイジブルやその他の食材は、明日厨房に届けることになった。
せっかくのランペイジブルなのに、師匠の中途半端な報告のせいで話題にならなかったじゃないか!めちゃ美味いのに!
部屋に戻るとケイトさんが話しかけてきた。
「ユーキ様、先程はありがとうございました」
「え?何が?」
「私の名前をわざわざ出していただいたことです」
「ああ、当たり前だよ。だって、ケイトさんには一番お世話かけてるんだから。本当にありがとうね。すごく感謝してる」
「私たちメイドはお世話をすることが仕事です。だからお世話をするのが当たり前で、感謝されることではないんです。それをユーキ様にああ言っていただいて、本当に嬉しかった・・・」
「当たり前なんてことないよ。ケイトさんは何もできない俺に、嫌な顔一つせずにずっと面倒見てくれた。ケイトさんがいなかったら生活できてないからね」
「・・・ありがとうございます」
ケイトさんが目をウルウルさせている。可愛いね。
貴族になっても、俺はメイドさんや使用人たちに感謝を忘れないようにしよう。
ケイトさんがコーヒーを淹れてくれる。
コーヒー好きの俺が飲みたいタイミングをちゃんとわかってくれてる。
「ユーキ様、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「え?別に断らなくても何でも聞いてくれていいよ」
「シェフィールド伯爵家に養子に入られるんですね」
「うん、ジェームス様やエリカ様が気にかけてくれて。俺が貴族の養子なんて変だよね」
「そんなことはありません。ユーキ様は最初から貴族家の人だと思ってたくらいです」
「ありがとう。正真正銘の平民だけどね」
ケイトさんがクスッと笑う。
そして意を決したような顔で聞いてきた。
「それでお聞きしたいのは、・・・ユーキ様はシェフィールド領に移られるんでしょうか?」
「いや、今度ご挨拶には行くけど、その後はまたこちらでお世話になる予定だよ」
「そうでしたか。良かった。もし移られるなら、私も連れて行っていただこうかと・・・」
「え?そんなこと考えてたの?ケイトさんが一緒なら嬉しいけど、とりあえず今のままだと思うよ」
「一緒だと嬉しい・・・」
ケイトさんが頬を赤らめて、ぶつぶつ言っている。うん、ほっとこう。
今日は久しぶりに自分のベッドだ。
いつの間にかこの部屋が、このベッドが自分のものという感覚になっている。
俺も少しずつこの世界の人間になってきたのだろうか。
この夜はぐっすり眠れた。




