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第57話 熱帯雨林(ダンジョン30階)

「ようよう倒したか。まったく、この程度の相手にのう」


 辛辣な言葉とは裏腹に、師匠はホッとした表情で微笑んでいた。

 魔術がまったく通じない相手は初めてだった。

 そう言えば、師匠は最初からそんなことを言っていたな。

 そんなときどう対処するのか。

 どんなに戒めても、この歳になって初めて使う魔術につい万能感を覚えてしまう。

 魔術はなんでもできる。しかし万能ではない。二律背反。どちらも肝に銘じておこう。


「アンタたちの力じゃまだ倒せない魔獣はいくらでもおる。そんなのと対峙したときは、徹底的に粘りながら弱点を探すんじゃ。大概どこかに弱点はある。じゃが、それでも無理なときは・・・、隙をついて逃げるんじゃ!逃げまくれ!恥じゃとか一切考えるな!貴族の誇りなんぞ捨ててしまえ!よいか、必ず生きるんじゃ!」

「はい!」


 元の世界でも同じだったな。

 必ず生きて帰ること。

 生きて情報を持ち帰ること。

 戦死は命令違反と思え。

 ハル・・・、お前、命令違反だぞ・・・。


 30階への階段に向かう途中、また同じ大蛇に出くわした。

 この大蛇、モスコブラというらしい。

 そう言えば、頸部を広げた姿は蛾に見えないこともない。


 師匠が一度だけ手本を見せてやると言って、モスコブラに対峙するや、野球ボールくらいの火球を放った。

 師匠の火球は打ち消されることなくモスコブラの胴体を抉りとった。

 唖然とする俺たちの前で、今度は師匠の右手が振り下ろされる。

 俺の目には巨大なギロチンのような魔刃がモスコブラの首に落とされるのが見えた。

 次の瞬間、モスコブラの頭部はスパンと斬り落とされていた。


「いいかい、弱点を探さんでも、相手より強い魔術や魔刃を使えばいいだけの話しじゃ」


 茫然自失の俺とエド・・・。

 これ人間にできるのか・・・?師匠、式神だったよね。


 (トーダ、ハルさんてこのくらいできたの?)

 (できたで。ハルはワイらとおんなじくらい強かったで)


 そうなんだ・・・。人間でもできるのか・・・。


 (ユーキは弱いんやけん、ワイを頼ればええやん)


 地味に傷ついた・・・。




 30階に入り3日が経った。

 30階は、熱帯雨林のようなエリアだった。

 ここが広大で、いくら探しても次の階への階段が見つからない。

 それどころかセーフティエリアすら見つからなかった。

 このため俺たちは、土魔術で小型のサイロを作って、交代で睡眠をとった。しかし、サイロに襲いかかる魔獣たちのせいで、二人とも一睡もできなかった。

 時折り豪雨も降る。豪雨の後は泥濘を歩くことになる。

 このような環境で過ごした俺たちの外見は、もはや浮浪者以下だった。

 元の世界でやらされたジャングルでのサバイバル訓練を思い出す。

 元の世界と異なるのは、ここに棲息するのが魔獣であり、すべてが襲ってくるということだ。

 一瞬も気を抜けないため、精神も見掛け同様ボロボロだ。

 ところで師匠はなぜそんなに綺麗なままなんだ?

 24時間魔装を纏い続ければある程度まともな身なりでいれるのか?

 もちろん俺たちにそんな力はないのだが。


 30階に入って大型の魔獣には出会っていない。

 樹木の密集具合から、大型魔獣の活動には不向きだと思える。

 しかし、ここは30階だ。

 大型でなくとも危険度は大型以上だった。


 俺もエドも、魔装を解いているときに50センチくらいのヒルに吸い付かれ、一気に血を吸われて死にかけた。治癒魔術で造血を試したら上手くいったのが幸運だった。

 巻きついてきた蛇は3メートル程度だったのに、驚異的な締め付けで魔装を破壊されて、見事に噛まれて毒を喰らった。

 オランウータンのような魔獣の集団も厄介だった。

 魔弾機関銃の掃射で一部は倒せても、木の陰に隠れていたやつが飛びかかってきた、首を絞められた。やはりすさまじい腕力で魔装が破られた。

 何しろ、樹木が密集していると動きが制限されて、避けようとしても大きく避けることができない。環境も相まって、これまでで最も過酷なエリアだ。

 トレントという木の魔獣の蔓にも何度も巻き付かれ、逆さに吊るされた。

 可愛い綺麗な蝶が乱れ飛んでいる光景にうっとりしていたら、鱗粉で呼吸困難になってしまった。

 そして虎だ。タイガーピットというダンジョンのくせに虎が出ないと思ったら、ここで出た。

 体長は3メートル弱の、この世界では小型だろう。

 しかし、この樹林の中での強さは屈指だろう。

 まず動きが速い。しかも周りの樹木を利用して立体的な攻防をしてくる。

 こちらの攻撃がほとんど当たらない上に、御多分に洩れず当たってもほとんどダメージが与えられない。

 小柄な俺がターゲットになったようで、俺が泥濘に足を取られたところを組み伏せられた。

 結果的にはこれが幸いした。

 組み伏せられた状態で、近距離から虎の腹部にめがけてぶち込んだパイルバンカーが、虎の比較的柔らかかった腹を撃ち抜いた。


 しかし、これだけ命の危険にさらされると人間の成長は促進されるようで、今では俺もエドも、強固な魔装を纏えるようになり、蛇やオランウータンには破られなくなった。

 魔装の持続時間も、エドは6時間くらい、俺は12時間くらいまで伸びた。

 魔弾や魔刃も、命の危険とのバーターで強化され、30階の魔獣相手に、一撃とはいかないまでも、深手を負わせる程度にまで強化された。

 師匠が言っていた促成栽培とはこれだったのかね。

 確かに人間は死に直面すれば潜在能力を発揮するようだ。

 しかし大丈夫か?エドなんて頬はこけて、目が異様にギラついてるんだけど。

 まさか俺も同じじゃないよね・・・。


 そして今、3日が経ってようやくセーフティエリアを見つけた!

 中には10人ほどの冒険者たちがいる気配がする。

 俺とエドは、やっと見つけた楽園に、疲弊した身体を引きずりながら、倒れ込むように入って行った。


「何者だ!」


 一斉に武器を向けられた・・・。

 勘弁してほしい・・・。


「驚かせてすまんのう。訓練中のペーペーじゃ」

「あ、メイデン様!」


 さすが師匠。どこに行っても知名度抜群ですね。


「ということは、エドとユーキか!?」

「ボロボロじゃねぇか」

「ゾンビじゃないよな?」

「いや、ゾンビはここには入れねぇ」

「あれ、生きてんだよな」

「ウジ湧いてねぇか?」

「ゲッ、腐りかけか?」


 ひどい言われようだ。


「とにかく早く休め!ひどい有様だ!」


 その一言で俺とエドは中に入り、倒れ込むように寝てしまった。

 おやすみなさい・・・。



 翌日目が覚めると、疲労はかなり抜けており、ものすごく腹が減っていた。

 しかし、昨日はセーフティエリアに入った途端寝てしまった。

 おそろしく汚いままだ。

 もう見られても構わん!

 俺はストレージからテントを出し、中に浴槽を設置して風呂に入った。

 おー、極楽、極楽!

 しかし、お湯は泥水になってしまった・・・。

 仕方ない。俺は泥水入りの浴槽をストレージにしまい、新しい浴槽を出して再度入浴した。

 今度は大丈夫だ。

 風呂から上がり着替えるが、着替えもボロボロだ。汚れが少ない分、まだましかな。


 テントから出ると浮浪者がいた。


「あ、そこの浮浪者さん、汚いので近寄らないで下さい」

「うるさい!ユーキ、風呂に入ったな!俺も入るから用意してくれ!」


 丁寧に注意したのに怒られた。

 仕方ない、用意してやるか。


「エド、不思議なことに風呂に入るとお湯が泥水になる」

「なんだと?」


 俺は、最初の浴槽を出して見せる。


「ゲッ!」

「な、泥水だろう。だから2回風呂に入る必要がある」

「わかった」

「しかし!浴槽は3個しか持ってきてない」

「それで?」

「だから最初は俺が2回目に入った風呂で我慢してくれ」

「え?嫌だよ!汚いだろ?」

「大丈夫。大して汚くない。どうせ泥水に化けるんだから関係ない」

「お湯換えてくれよ」

「どこにお湯を捨てるんだ?ここ、セーフティエリアの中だぞ」

「外に捨ててくればいいじゃないか」

「嫌だ!今はここから出たくない!」


 こうしてエドは俺の残り湯で我慢することになった。



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