第55話 異変(ダンジョン28階)
2週間が経った。
俺たちは今28階に足を踏み入れたところだ。
俺のサーチで、階段の場所は割と簡単に見つけることができた。
しかし、師匠の方針で、俺たちの経験になりそうな魔獣を見つけては、それを倒すという訓練を優先したため、思いの外時間がかかっている。
雪原フロアでは、オコジョのような可愛い魔獣がいたが、恐ろしいスピードで駆け回り鋭い爪で魔装も切り裂いてきた。攻撃中も顔が可愛いままなので、ギャップがひどい。魔弾機関銃も当たらない。俺の動体視力では動きが捉えられなかったが、危機察知能力が良い仕事をしてくれた。俺の喉笛を狙って飛び掛かってきたらしく、ゾワリとした感覚と同時に正面にマギシールドを張ったら、ぶつかってひっくり返ってくれた。すかさず斬り倒したが、最後まで可愛いままで、罪悪感が半端なかった。スピードの恐怖を痛感した。
密林ではゴリラのような魔獣と戦った。
腕の一振りで太い木をなぎ倒すパワー。
師匠から、剣と魔装で戦ってみろと言われ、やむなくエドと二人で挑んだ。魔装は思い切り強化して。
スピードは俺たちが上だ。そう思っても、接近すると恐怖心が勝り動きが鈍ってしまう。
斬りつけても表面が硬い!レッドベアのときと同じだ。
ダメージの少ない攻撃を繰り返しているうちに、ゴリラのリーチを見誤り、横薙ぎに払われて吹き飛ばされた。魔装を纏っていたのでダメージはなかったが、体重の軽さはいかんともし難く、何メートルか飛ばされて、木にぶつかり止まった。
恥ずかしさと怒りから、魔装状態の縮地でゴリラの懐に飛び込むと、ゴリラの顎めがけてエビ蹴りを放った。当然届かないから、足の裏から魔力の杭が飛び出すイメージで。下から突き上げるパイルバンカーだ!これが見事に突き刺さり、魔力のパイルバンカーはゴリラの下顎から脳天を貫通した!
スピードの次はパワーの恐ろしさを実感した。
墓場や倒壊寸前の教会のフロアでは、ゾンビだかグールだかの集団に襲われた。
人間の根源的な恐怖心から、思わず悲鳴をあげて逃げ出してしまい、師匠からこっぴどく殴られた。あの杖で。
コイツらは、実際のところ動きも遅く戦闘力も高くない。
ただし、腐りかけの身体で、うぅうぅと呻きながら近寄って来るので、無条件に怖い!おまけに
強烈に臭い!剣で斬るのが躊躇われるほどに。
よって魔術一択。
火魔術で燃やしたら、ますます臭くなった。
師匠に言われ、昇天してくれと願いを込めて光魔術を放ったら、あっという間にチリと消えてくれた。南無阿弥陀仏!外国だからアーメンか?
光魔術が効くとわかって以降はこれの乱発だ。魔力量に物を言わせて、遠距離から昇天させまくってやった。昇天、昇天と口にしていたら、脳内で呑気な音楽が流れ始めた。違う!笑点じゃない!
倒すのは簡単だが、臭いがきつい。そこで浄化を試したら、臭いと澱んだ空気が一気に綺麗になった。ただし、治癒のときと同様に、臭いや澱みを俺が吸収して濾過しているような感覚がある。俺は冷蔵庫の脱臭剤か?実際のところはわからないが、気分的には嫌だった。慣れかな?
教会では、ぼろぼろの司祭服を着た腐りかけのオッサンが、怒り狂ったような様子で俺たちに魔術を行使してきた。が、光魔術だったらしく、少し元気になった。ますます怒り出したが、うるさそうなのでさっさと昇天させた。
後にはアミュレットと杖が残されていた。
魔力は感じるので、何か魔法的効果があるのだろうが、腐りかけのオッサンの物だと思うと、使う気がしない。師匠とエドに、いるかと聞いたら断られた。オッサンが不憫だ。
さて、その他にも色々とあり、またもや死にそうな目にも遭ったが、今、28階で目の前に広がる光景ほど理不尽なものは初めてだ。俺たちは、その光景を前に呆然と立ち尽くしていた。
「し、師匠・・・、これは・・・」
「・・・さてのう・・・。アタシも初めて見るよ・・・」
「え、えーと、腹も減ったし、そろそろ帰りませんか?」
「そうじゃのう、腹も減ったし・・・、って馬鹿言ってんじゃないよ!こりゃあダンジョンの異変だね。この階はこんなところじゃなかったはずじゃ」
この戸惑いの原因。
俺たちの100メートルほど前方に、なんと武器を手にしたゴブリンの大群が、ギャアギャア騒ぎながら立錐の余地もないほど集まっていた!
大群ははるか先まで続いている。一体何匹いるんだ?
数千、いや数万?
中には馬鹿でかいゴブリンもちらほら混じっている。
ゴブリンは闘志満々のようだが、なぜか向かってこずに、こちらを威嚇するだけだ。
ここまでくると恐怖よりも戸惑いが先にたつ。
そのとき一人の人間がゴブリンの群の中央からゆっくりと現れ、こちらに向かって歩き出した。
人間?気配が魔獣ではない。だが、人間とも少し違うような・・・。
そいつは紫のフード付きのローブを纏い、顔には真っ白な能面のような仮面をつけている。
無表情な糸のように細い目、小さな唇だけ真紅だ。身長は俺と同じくらいか。
そいつは俺たちから10メートルほどのところで止まると、ゆっくりと俺たち3人を見渡した。そして男性の声で俺に向かってこう言った。
「君が聖女か?」
「はぁ?」
コイツ何を言い出すんだ?
「お前、目は大丈夫か?何のつもりか知らんがよく見ろ!俺は男だ!これのどこが聖女だ!薬必要か?医者紹介するぞ!」
仮面の男は俺たちをじっと見る。表情はまったくわからない。
「うーん、そっちの二人は明らかに違うし、男っぽい聖女かと思ったが違ったか・・・」
仮面は首を捻っている。
「それで一体何の用だ?ゴブリンの親玉君」
俺の問いに対して、仮面の男はとんでもないことを言った。
「いや、新しい聖女が召喚されたって噂を聞いてね。本当だったら早めに殺しとこうと思ってさ。それっぽい気配を辿ってきたんだけど、どうやら違ったようだね」
「聖女を殺す?」
「ああ、気にしないで。君には関係ないから。それよりさあ」
仮面の男が一瞬で俺に向かって迫ってきて右のストレートを打ってきた。
おれは瞬時に強化魔装で両手を交差させたクロスガードで防ぐ。
ドン!!
衝撃音が響く。
俺は重力魔術で自身の重量を数倍に増やしていたが、それでも1メートルほど後退させられた。なんて重いパンチなんだ!俺と体格変わらんぞ!
「へぇ、中々やるねぇ。君、別の世界から来た人だろ?わざわざこんな世界にまで来て大変だね。元気でやっていけるといいね。まあ、今日でお終いかもしれないけど」
仮面の男はそう言うと宙に浮いた。
エアウォークではない。本当に宙に浮いている。
「聖女がいないんなら用はないや。ゴブリンは置いていくから、君たち遊んでやってくれるかな?じゃあね!」
そう言うと仮面の男はあっという間に空を飛んでいなくなった。
おい!ゴブリン連れて帰れよ!
仮面の男がいなくなった途端、ゴブリンどもはこちら向かって一斉に進み始めた。
「師匠、どうしましょう?」
「コイツらダンジョン産のゴブリンじゃないね。どこから連れてきたのやら。しかし不味いね。ダンジョン産の魔獣は、基本的には生まれた階に縛られる。階層を移動することは滅多にない。じゃが、コイツらは階層に縛られん。ダンジョンの中で暴れられるのも困るが、外にでも出てきたら大事じゃ」
「外に出るって・・・」
「何万匹おるかわからんが、レクシャールの街は大惨事じゃな。その後は領内に散らばってあちこちがやられる。キングや上位種まで混じっておるのう」
「ということは・・・」
「ちょうどいい練習じゃ。二人でやってみぃ」




