第48話 ダンの治療
「メイデン様、ダンです」
「入りな」
ダンさんが右足を引きずりながら部屋に入ってきた。
俺はダンさんの分のコーヒーを淹れる。
「ダン、仕事中に悪かったね、そこに座りな」
ダンさんがゆっくり座る。
かなり不自由そうだな。
「それでメイデン様。何かご用でしょうか?」
「ああ、おぬしの足のことじゃ。ここにいるユーキは治癒魔術の腕がかなりのもんでな。すまんがおぬしの足をちょっと見せてくれんか?」
「はい、わかりました。ただ、この怪我はメイデン様に診ていただいて治らなかったものですから、諦めております」
そう言いながらダンさんは、右足のズボンの裾を捲った。
余計なやりとりなしにすぐに行動に移るのは、さすが元軍人だ。やりやすい。
おっと、アキレス腱からふくらはぎの下部がゴッソリ持っていかれて、傷跡は引き攣ったようになっている。義足ではないが、木製の補助具が装着されている。
俺はダンさんの足元に跪いて、状態を確認した。うん、いけるだろう。
「補助具を外させてもらいます」
補助具を外すと、俺はダンさんの足に両手をかざして欠損修復の魔術を行使した。
淡い光が集まり、2、3秒。
光が収まると、そこには甦ったダンさんの足があった。
「・・・」
いつもと同じ光景。
絶句して自分の足を凝視するダンさん。
口を開けたまま目を見開くエド。
ニヤニヤする師匠。
「こ、これは・・・」
「治ったようじゃな。ダン、もう用は済んだ。帰っていいぞい」
感動のかけらもない婆さんがここにいた。
「メイデン様、これは一体・・・」
「じゃからユーキの治癒魔術じゃ。すごいもんじゃろ?治癒に関してはアタシより上じゃよ。ただし、あんまり吹聴するでないぞ」
「そ、それはもちろん・・・」
ダンさんはまだ動揺が収まらないようだ。
しかし、徐々にダンさんの目に涙が滲む。
「ユーキ、いやユーキ様、ありがとうございます。一生不自由だと覚悟していた足が」
「様はやめてください。ユーキのままで。とにかく上手くいって良かったです。ただ新しい足なんで、少しずつ慣らしていってください。左右の筋力も違うんで、リハビリが必要ですよ」
「はい、わかりました。せっかくいただいた新しい足です。慎重に大事に扱います」
「いやだから、普通にしゃべってください!」
欠損を治した人はどうしてもこうなるな。やはり、それだけ不自由してたんだよな。
「ダン、普通に話すがよい。ユーキも居心地が悪かろう」
「はあ、しかし・・・。それにこの治療費は」
「治療費はいりませんよ。ランカスターのために負った負傷ですから」
「しかし私はすでに騎士団を辞めた身ですから」
「負傷したのは騎士団時代でしょ」
「せめて何かお礼を」
「あ、そうだ。じゃあ今日の夕食のシチュー。めちゃくちゃ美味しかったです。俺、ストレージ持ちなんで、もし余ってたら分けてもらえませんか。明日から下に潜るんで、そのときの食事用に」
「そんなものでよければ!と言っても、ランペイジブルの肉が大量にはないんで。とりあえず、あるだけ用意します!明日の朝お渡しします!」
「いや、今余ってたらでいいんです。なければ別に・・・」
聞いちゃいないよ、この人。
ダンさんは、戻った足で慌てて部屋を出て行った。補助具忘れてんぞ。
ここで呆けていたエドが復活した。
「ユーキ、今のは・・・」
「ああ、欠損修復。エド、安心して手でも足でも無くしていいよ。俺が生やしてやる」
「怖いこと言わないでくれ。しかし、欠損修復って・・・」
「珍しいみたいだね」
「珍しいなんてもんじゃないだろう。ああ、だから君に貴族籍が必要なのか」
「どうやらそうらしい」
「もう決まったの?」
「正式にはまだだけど、顔合わせはすんだ」
「どちらの家?言えないんだったらいいけど」
俺が師匠の顔を見ると、師匠が頷いた。
「シェフィールド伯爵」
「エリカ様のご実家か!確かにあそこなら。でも、そうすると君もシェフィールドに移るの?」
「いや、当分ランカスターで居候の予定」
「そうか!良かった!」
それから俺たちは少し話しをして、風呂に入って寝ることにした。
風呂上がりに窓から外を見る。冒険者の街の夜の喧騒が続いている。
ダンジョンの中でもちゃんと昼と夜があるのか。
それともこのフロアだけ?
ともかく、今日は初めてのダンジョン。
ことさら強い魔獣がいたわけではなかったが、一日中歩き続けてそれなりに疲労していた。
自分の部屋でベッドに入り、トーダと、危なくなったら助けてくれよ、おう任せんかい、などと話しているうちに、寝入ってしまった。
午前5時に目が覚める。
洗面と着替えを済ませてリビングに行く。
まだ二人は来ていない。
一人でコーヒーを飲みながら、今日からのことを考える。
俺は決して武力の才能がある方ではない。
いつもハルや仲間たちに遅れながら、時間をかけて今の力を身につけてきた。
しかし、師匠は何かを懸念して、俺たちに早く力をつけさせようとしている。
ここにきて気づいたが、エドは戦闘に関してかなりのポテンシャルを持っている。
家令の勉強についたため、戦闘訓練や魔術の訓練をしていなかっただけだ。
俺の優位性は・・・、この世界に来てなぜか手に入った治癒魔術と、全属性という魔術適性、それに魔力量と魔力の回復力。元の世界の知識も役に立つかも。
剣術に関してはいずれエドに抜かれるだろう。何度も経験してきたことだ。今更嫉妬も焦りもない。魔術の訓練は、人目につくということで、途中で中止させられた。
ダンジョンでは思い切りやれるだろう。色々と試してみよう。
師匠が想定している危険は何だろう?聞いても教えてくれない。
ただ、あえて俺とエドに訓練させているということは、個の力が必要になるということか?
俺に剣術を期待しているとは思えない。だとすれば魔術。
強力な個体を倒せる強い魔術。大量の魔獣を倒せる大規模な魔術。大勢の味方を守る防御魔術。想定できることは何でもやってみよう。
そんなことを考えていたら、師匠がリビングに入ってきてソファに座った。
「アタシにもコーヒーをくれるかい」
俺がコーヒーを差し出すと、苦そうな顔をしながら飲んでいる。
「師匠、聞いてもよろしいでしょうか?」
「なんだい?」
「この先当分はその姿でしょうか?できればイオンさんの方が、イテッ!」
避けられない攻撃がきた!相変わらず師匠の動きが見えない。
「くだらないこと言ってんじゃないよ!聞きたいことは何じゃ」
「すみませんでした。今日からは俺は魔術中心で訓練するということでいいでしょうか?」
「アンタのことだから、色々考えたんじゃろう。そうじゃな、魔術を磨いてほしいのはそのとおりじゃな。ただ魔術耐性の強い魔獣もおる。そのときどうするかも課題じゃな」
「魔術耐性ですか?」
「まあ経験してみることじゃ」
エドも起きてきた。
エドはストレージがないので、自分のリュックを持ってきていた。
そのまま1階に降りて朝食をとり、下層に向けて出発だ。
1階に降りるとダンさんだけでなく、奥さんからも泣きながら感謝された。娘のメルちゃんはまだ寝ているらしい。
そして、昨日の絶品シチューを業務用の寸胴鍋で渡された。これは嬉しい!
何度も感謝されながら宿を出ると、ぱらぱらと活動を始めた冒険者たちがいる。
師匠に先導されて、11階の階段へと向かう。
サーチを全力行使しても、まだ探知範囲は延びていないようだ。無念。
街が途切れた後は、道の両側は小麦畑だった。
魔獣は一切出ない。
師匠が言うには、コーヒーもこのダンジョンで栽培されているらしい。
不思議なことに、ダンジョンの中ではあらゆる気候帯の植物が、問題なく成長するらしい。
そう言えばそろそろ米が食べたくなってきた。
『研修所』では、将来あらゆる国で活動することを見越して、ご飯を食べることは少なかった。
それでも日本人のDNAなのだろうか?米が無性に恋しい。
聖女様はなぜ米食を普及させてないんだよ。
ダンジョンで米作れないかな。
などと考えながら歩くこと30分。
11階に降りる階段に到着した。




