第41話 シェフィールド伯爵夫妻-初めての親孝行-
ダンジョン訓練に向けて最後の準備をしていたころ、ジェームス様から声がかかった。
案内された応接室に入ると、ジェームス様とエリカ様が、品の良い初老の夫婦と思われる二人と談笑していた。
「やあユーキ、来たか。早速紹介しよう。こちらはロバート・シェフィールド伯爵と奥方のサマンサ様だ」
シェフィールド領と言えば、ランカスター領の南西に隣接する穀倉地帯だったはずだ。
シェフィールド夫妻がにこやかな顔でゆっくりと立ち上がる。
エリカ様が、なぜか満面の笑みだ。
俺は、二人に近寄って、覚えたてのこの国の作法に従い、胸の前で左手の掌に右拳を当てた姿勢で礼をして挨拶をした。もちろんスマイルを添えて。
「ユーキ・カムラと申します。シェフィールド伯爵ご夫妻にお目にかかることができ、大変光栄に存じます。ランカスター侯爵のご厚意により、こちらに滞在を許されている身ではありますが、お見知りおきいただけたら幸いです」
「話しは聞いている。ユーキ君でいいかな?ロバート・シェフィールドだ。よろしく頼むよ」
ロバート様はにこやかに握手を求めてきた。
おっ、意外に力強い。
あれ?少し左足の動きがぎこちないな。
「あらまあ、思っていたよりずっと可愛らしいのね。サマンサよ。よろしくお願いしますね」
サマンサ様も微笑みながら左手を前に出す。
俺は、その手をそっと取り、左足を引き、右足を軽く曲げて頭を下げる。
貴婦人への挨拶だ。
エリカ様が楽しそうに、「さあさあ、皆んなすわりましょう」と、促す。
二人が着席したのを確認して、俺もソファに腰を下ろした。
「お父様、お母様、ユーキさんの印象はいかが?」
エリカ様の一言にギョッとする。
え?この二人、エリカ様のご両親なの?
「君が言ってた通りの少年だ。真っ直ぐな目をしている。それに、中々鍛えてもいるようだ」
「あら、聞いてたよりずっと可愛いわ。黒い髪もツヤツヤして素敵だわ」
そう言えば、髪、全然切ってなかったな。
って、そうじゃない。
エリカ様、なんで俺のことをご両親に話してるの?
ジェームス様がその答えを教えてくれた。
「ユーキ、お二人には、君の養子のことで来ていただいた」
「え?」
俺の養子先って、ランカスター侯爵領内で探すんじゃないの?
「驚いたかな。最初は、領内の分家の子爵家辺りでと考えていたんだが、エリカが、それでは家格が足りないと言ってね。確かに、色々な横槍を防ぐには家格は高い方がいい。それで、エリカが実家のシェフィールド伯爵に話しをしたところ、君と一度会ってみたいということになってね。それで今日ご足労いただいたんだよ」
いや、そりゃ驚くでしょう!
「あの、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
俺はロバート様に質問の許可を得る。
「構わないよ」と、優しげな笑みを浮かべてロバート様が答えた。
「私の素性についてお聞き及びでしょうか?」
「ああ、君が召喚魔術の事故で、聖女様と同じ国からこちらに転移してきたこと、君が孤児院育ちだということ、そして君が学問や武術、それに魔術にも大変才能溢れる少年だということ、特に治癒魔術の才能は非常に優れていること、大体は聞いているつもりだよ」
「それは・・・、多少過大評価のような気はしますが。ともかく、私のためにわざわざご領地からご足労いただき申し訳ありません。しかし、お聞き及びの通り、私は孤児院育ちで物心ついたときから家族はおらず、真っ当な教育も受けておりません。素性もこことは異なる世界から転移してきたという怪しいもので、とても由緒ある伯爵家に相応しい人間とは自分でも思えません」
俺の受けた教育は、高度ではあってもまともとは言えないよな。それにシェフィールド伯爵家は、ランカスター侯爵家とともに、建国以来の家だったはずだ。
唐突にこんな異分子を引き取れと言われても、本音では迷惑だろう。
すると、エリカ様が珍しく怒ったような顔で言ってきた。
「ユーキさん、自分を卑下しすぎてはだめよ。あなたは、孤児院育ちをやたらと強調するけど、あなたのマナーや振る舞いは立派に上級貴族並だし、教育レベルは家庭教師の皆様が教えることがないと嘆くほどよ。魔獣討伐の遠征に行っても、騎士団が本気で欲しがるくらい献身的で実力もある。メイデン先生が直弟子にするなんて初めてのことなのよ。でも、そんなことより、私はあなたの人柄がとても気に入ってるの。いつも他人への配慮を忘れないし、使用人や平民にも分け隔てなく接している。あなた冒険者登録してから、1か月の間、ずっと街の掃除とか工事、あと領民のお手伝いばかりしてたそうね。それが評判良くてギルドからもまた来て欲しいって言われてるそうじゃない。そんな子滅多にいないわよ」
いや、褒めすぎでしょう。それにギルドの仕事は街のことが知りたくてやっただけだから。
しかし、誰から聞いたんだよ。
「義父上、ユーキを直接ご覧になっていかがでしょう」
ジェームス様がロバート様に訊ねる。
「私は気に入ったよ。当家に迎え入れることに問題ない。どうだい、サマンサ?」
「私は始めからそのつもりよ。エリカちゃんが気に入ってる子だもの。問題あるはずないわ」
いや、問題大アリでしょう!
「いや、慎重にお考え下さい。私は今後も好き勝手に行動しかねません!そのとき、きっとお家にご迷惑をおかけすることになります!」
「あら、子供が親に迷惑かけるなんて普通のことよ」
と、サマンサ様が楽しそうに言う。
なんだよ、この人やっぱりエリカ様の母親だ。
「それに、うちにはもう好き勝手やってる問題児がいるのよ」
エリカ様が説明してくれる。
「うちには弟が3人いるの。長男はまともでお父様の手伝いで領の仕事をしてるんだけど、二男は錬金術に夢中で引きこもり、三男は冒険者になって暴れ回ってるわ」
おお、なんて素敵なご兄弟!
いや、そこに俺を追加したらもっと大変になるんじゃないか?
「それでは義父上、手続を進めてもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わない。よろしく頼むよ」
どうやら俺に拒否権はないようだ。
「本当に良かったのでしょうか?」
俺はジェームス様に力なく問いかける。
「大丈夫だ。シェフィールド家は伯爵家とはいえ、うちに劣らないくらいの力がある。王家でもそうそう無理は通せない。シェフィールド家とランカスター家が後ろ盾になるんだから安心していいよ」
「いえ、そういう意味では」
「わかっているよ。それと、養子縁組が正式に認められた後も、君はここで生活してくれればいいから」
「はい、ありがとうございます」
するとサマンサ様が口をはさんできた。
「まあ、寂しいこと言わないで。ユーキちゃん、ちゃんとうちにも来るんですよ。せっかくこんなに可愛い子ができたのに、ランカスターだけなんて悲しいわ。ちゃんとお部屋も用意しておきますからね」
ユーキちゃん!そうか、俺、15歳なんだったな・・・。
「いや、お名前をお借りするだけでも心苦しいのに、それ以上お世話になるわけには」
「何を言ってる。シェフィールド家を見くびらないでくれ。君を養子にする以上、ちゃんと親としての務めは果たすよ」
ロバート様が力強く言う。上品なだけでなく、そこには強さも垣間見える。
「そうよユーキさん。これからあなたは私の弟なのよ。これからはお姉様と呼ぶのよ!」
え?そうか、そうなるのか?エリカ様、何勝ち誇ったような顔してるんですか。
その後色々な話しをして、俺は、養子縁組申請の書類にサインした。
そして、メイデン師匠の指示でダンジョンに訓練に行くことを説明し、戻ったらシェフィールド伯爵家に挨拶に行くことになった。
話しが一段落したところで、俺は気になっていたことをジェームス様に小声で尋ねた。
「ジェームス様、私のあの力のことは、伯爵様には?」
「いや、そのことを言うと取引材料みたいになるから、まだ話してないんだ」
「そうですか。もしかして伯爵様は」
「やはり気がついたね。ユーキ、頼めるかい?」
「もちろんです」
ロバート様の左足はおそらく義足だ。
ズボンの裾から覗く足が不自然だったし、動きもぎこちなかった。
「伯爵様、少々よろしいでしょうか?」
俺はロバート様に話しかける。
「もうお父様と呼んでくれてもいいんだがね」
「すみません、私は生まれて一度も父母を呼んだことがないものですから、少し戸惑いがありまして。養子縁組が正式に認められましたら、そのときは」
その場の全員が悲しげな表情になった。
いや、そんなことどうでもいいんだよ。慣れてるから。
そうじゃなくて。
「それで、伯爵様は私が治癒魔術に少し長けていることはお聞き及びかと」
「ああ聞いている。良い才能に恵まれた」
「それで、大変不躾ではありますが、左足がお悪いようにお見受けします」
「そうか、心配してくれたか。だが、これは魔獣討伐の際に毒蛇にやられてな。毒が全身に回らぬよう切断したんだよ。気持ちはありがたいが、どうにもならん」
「それは大変な目に遭われたんですね。ただ、私の治癒魔術は少し特殊でして、よろしければ少し治癒魔術をかけさせていただければと思います」
するとエリカ様が、悪戯っ子のような顔で、
「お父様、何も言わずに一度ユーキさんにやってもらって」
と言う。
ロバート様が不思議そうな表情で、エリカ様の勧めに従い、ズボンの裾をめくった。
やはり義足だ。
「申し訳ありませんが、一度義足を外させていただきます」
ここまできたら俺のペースで進めさせてもらう。
俺は、ロバート様の返事も待たずに義足を外し、すかさず左足に欠損修復の治癒魔術をかけた。
俺の両手と、ロバート様の欠損部分に白い光が集まる。
ほんの数秒で光が収まる。
するとそこには無くなったはずの足が復活していた。
ロバート様は目を見開いて呆然と自分の足を見ている。
サマンサ様も驚きに声も出ないようだ。
「こ、これは一体・・・」
ロバート様がかすれた声を絞り出した。
ジェームス様が答える。
「義父上、これがユーキの本当の治癒の力です。身体欠損の修復ができます」
「な、なんと!」
ロバート様の目に涙が滲んできた。
サマンサ様はもうボロ泣きだ。
エリカ様もボロボロ涙を流している。
「あなた!足が戻ったのね!」
サマンサ様が、ロバート様の手を泣きながら握る。
「信じられんが、そのようだ」
「良かった、本当に良かった!」
こうやって喜んでもらえるのは本当に嬉しい。
「ユーキ君、なんと礼を言えばいいか!」
「本当にユーキちゃん、ありがとう!」
「いえ、まあ最初の親孝行ということでいかがでしょう」
二人は涙でくしゃくしゃになった顔で、声も出せず何度も頷いていた。
二人が落ち着いところでジェームス様が切り出した。
「義父上。後出しで申し訳ありませんが、これがユーキを護る必要がある一番の理由です」
「そうだったか・・・確かに、王家も神殿も、誰もが欲しがるすさまじい力だな。この力を隠したいということか?」
「いえ、彼は欠損で苦労している人がいるなら、コソコソせずに治してやりたいと言っています」
「よく言った!得た力は人のために使ってこそ貴族だ!」
「そうなると、評判を聞いたあちこちから、要らぬちょっかいがかかるおそれがあります」
「そうだな。それで護る盾が必要か」
「はい、その役を我々とともに義父上にもお願いしたく」
「わかった!任せておけ!くだらんちょっかいなんぞ、私が吹き飛ばしてやる!ユーキくん!いやもうユーキでいいな!息子だからな!ユーキ!人のため、民のためになることなら思い切りやりなさい。そこで起きる軋轢なんぞ、私たちに任せなさい。それが親の役目だ!」
今度はこちらが泣きそうになる。
幸運なことに、俺がこの世界に来て出会った貴族は、皆誇り高い人たちだった。
俺は、貴族の養子になったからと言って、生まれながらの貴族と同じ感覚は持てないだろう。
ただ、この人たちのような、貴族は民のためにという心はできる限り見習いたいと思った。
ロバート様には、修復したばかりの足は、当面リハビリが必要なことを注意して、俺はダンジョン訓練の準備があると言って、自分の部屋に戻った。
ケイトさんが淹れてくれたコーヒーを飲みながら考える。
この世界に来て約3か月。
俺はこれからどうするのだろう。
未だ進むべき方向は見えない。
なのに、いつの間にか貴族の養子になるという話しだけは進んでいる。
聖女様のように役目があるわけでもない。
なのに、欠損修復までできる治癒魔術という過分な力。
異世界への転移という異常によって、思いがけず手にした自由。
思い返せば、日本では、俺は決められたレールに乗って勉強し、訓練し、職業を得た。
自身の意思や希望で進路を選ぶという経験はなかった。
そうか、俺は初めての状況に戸惑っているのか。
とんだ欠陥品だ。苦笑いがでる。
仕方ない、今しばらくは、状況に流されてみよう。その環境をくれたジェームス様たちに感謝しながら。何しろ俺は未だにお小遣いをもらっている身だからね。




