第4話 内閣情報調査局特務班所属特別公務員
だらしなくソファにもたれて考える。
しかし、本当に巻き込まれだろうか?
あの光は、何となく俺の方に向かって来たような気もする・・・しかし、元々は彼女の足元に出現したし。それに『聖女』の召喚だしな。
考え過ぎか・・・。
それよりも、荷物が無事だったことが嬉しい。
今着ている夜衣も高級そうだが着慣れないし、思えばパンツも履き心地が悪い。
早速スーツケースから取り出した下着とスウェットに着替える。
ホテルでの俺の標準装備だ。
やばい、ブカブカだ!俺の身長は186センチだったが、15、6歳のころはどのくらいあったかな。170センチくらいか?身体能力も落ちたのかな?悲しい。あれだけ鍛えたのに。
まあ、嘆いても戻るわけではない。あきらめよう。
俺のポリシーだ。前だけ向く!
さて、荷物のチェックをしよう。
こちらに飛ばされる時に着ていた服はズタズタで、防刃処理がしてあったショートブーツも細かい傷だらけだ。まあ、どちらにしてもサイズが合わないか。収納とやらに放り込んでおこう。
収納とやら、と言うのも面倒なので、俺もストレージと呼ぶことにする。
自動巻の時計は動いているが、こちらの世界で役に立つかな?とりあえずはめておこう。しかし、なぜ止まっていない?三日ほど寝てたんだよな。
リュックは、細かい傷はあるが無事のようだ。中のタブレットやスマホ、ソーラーチャージャーの類も無事。スマホを起動してみる。起動はするが、やはり圏外か・・・。改めて別の世界に来たことを実感する。
お金やカードは使えない。お土産のチョコレートの箱が3箱とマカロン3箱。明日、侯爵様たちに渡すかな。異世界からのお土産です、なんてね。
書籍や雑誌、ペットボトルのお茶など、とりあえず確認してはストレージに放り込む。
次はスーツケース。特殊加工の表面は傷一つない。
中は、衣類と靴、シェーバーやドライヤー、変電器など。スーツもブカブカだよな。
中の物を全部取り出し、スーツケースの底側の4箇所に、順に指定の指を当てる。指紋認証だ。すると、カチリと小さな音がして底蓋が外れる。
底蓋を開くと、そこには愛用のククリ刀、軍用ナイフ、折りたたみナイフ、防弾ベスト、そして拳銃ケースの中にグロック17と弾倉5個が入っている。よし、全部問題なし。これは、スーツケースから出して全部ストレージへ。
衣類その他はスーツケースに戻して、スーツケースごとストレージに放り込む。
俺は内閣情報調査局、いわゆる内調の特務班所属の特別公務員だ。
特務班は第一から第三まであり、局長直属の非公開部隊。外事に関する諜報、防諜、潜入、工作、破壊などを担当する。作戦行動は原則として内調、外務省および防衛省の協議の上、実行される。
俺が所属する第一は文官中心で、第二、第三が武官だ。
文官でも戦闘訓練は武官と同様に受けている。
肩書は作戦の都度変わる。外交官や自衛官の肩書が多い。
現在、俺は外交官として三年間ドイツに赴任して、ドイツの極右、極左と難民過激派の動向調査を行っていた。
リュックやスーツケース、武器の類は特務班の支給品だ。
任務報告は赴任中に逐次行っており問題はないが、帰国した途端の行方不明か・・・。
参ったな。
消されたと思われているかな?
日本に戻る方法はあるのだろうか?
戻ってもこの身体では、誰お前?だよな。
まあ、当面この世界を楽しんでみよう。滅多にできる経験ではないし。
おっ、メイドさんの気配。
ドアがノックされ、返事をすると、先ほどの美人さんだ。
「カムラ様。入浴の準備が整いました」
おお、お風呂に入れる。
美人さんについて行く。初めて部屋の外に出た。広い廊下にはいくつも絵が飾られ、所々に彫刻も置いてある。豪華だね。途中に3部屋。これも客室か。
突き当たりを右に曲がり、少し歩いた所の左手にドアが開いた部屋がある。
美人さんについて中に入ると、どうやら脱衣場のようだ。
なんか裸に薄い布をまとっただけのメイドさんが二人跪いているんだけど・・・。
「こちらでございます。では、入浴のご準備を」と言って、メイドさんが俺のスウェットを脱がそうとする。やばい!
「ちょ、ちょっと待って下さい!自分でできます!それに、あちらのお二人は?」
「あの者たちは入浴をお手伝いする者です。私も後ほど準備いたします」
いやいや、勘弁してくれ!ハニートラップか?俺にハニトラ仕掛けても意味ないぞ!
ここは一旦落ち着こう。この世界の常識はわからんが、とりあえず俺の流儀で行こう。
「いや、お手伝いは一切いりません。お風呂の使い方を教えていただければ一人で入ります。これは絶対です!お心遣いには深く感謝いたします!」
「しかしそれでは私共が旦那様にしかられます」
「侯爵様には私からきちんと説明してお詫びしておきます。お願いですから一人で入らせて下さい!」
「・・・承知しました。それでは浴場の方をご説明いたします」
なんとか回避できた。ホッとした・・・。
浴場の説明を受ける。
ここは客用の浴場らしい。中央に猫足付きの大きな陶器製と思われる浴槽がある。
洗い場には木製の椅子、木製の桶、壁側に金属製の蛇口のようなものと、石鹸とタワシのような物が置かれた棚。
蛇口の上に青い宝石のような物がついている。
「この魔石に魔力を流していただくとお湯が出ますので、こちらのお湯で身体を洗っていただき、あちらの浴槽でご入浴ください」
「・・・魔石?魔力を流す?」
「え?」
「すみません、魔石とか魔力というものを知らないので・・・」
「えっ?」
冷静だったメイドさんの驚く顔を初めて見た。
「失礼しました。あの、このように魔石の上に手を乗せて軽く魔力を流せば」
お湯が勢いよく出てきた。
おお、思わず拍手する。
促されて俺もやってみる。
魔石の上に右手を乗せ、・・・魔力?そんなもの俺にはないぞ。
とりあえず、右手に力を入れたり、気を放出するようなつもりで意識してみた。
何も起こらない。
「・・・。出ませんね」
気まずそうなメイドさん。
「すみません。先ほどはああ言いましたが、お湯を出すところを手伝っていただけますか」
「はい、喜んで」
結局、俺は入浴のすべてをメイドさん三人に手伝ってもらうことになった。
特務部隊はあらゆる想定のもとに訓練が行われる。当然ハニトラ対策も行われ、俺も色々な体験をさせられて、強靭な意思で女性に反応しないようになるまで訓練した。
そう、訓練したはずだ・・・。
しかし、悲しいかな、15、6歳に戻った俺の身体は、強靭な意思をものともせずに見事な反応を見せた。メイドさんたちは、顔を赤らめながらも黙々と自分たちの仕事をこなしてくれた。
この世界にきて一番落ち込んだ・・・。
屈辱の入浴の後、部屋に戻り少しすると食事が運ばれてきた。
たっぷりのミネストローネのようなスープとサラダ、パンの他、ステーキもついている。
「大丈夫のようでしたら、こちらのお肉もお召し上がり下さい。おかわりの際は、こちらのベルを」
そう言ってメイドさんは部屋を出て行った。
心配りがありがたい。
身体の痛みは、やや引き攣るような感覚が残っているが問題ないし、食欲もあるようだ。
食事はすべて美味かった。ナイフとフォーク、スプーンもあるし、パンも柔らかい。完食だ。
ほとんど、地球の世界と変わらないが、何の肉だろう。
ともかく、食事の内容が中世や近世ヨーロッパレベルではなくてホッとする。
食事の後はコーヒーを持ってきてくれた。コーヒーもあるんだね。
問題はトイレだった。
トイレは部屋にあるのだが、嬉しいことに水洗だ。
ただし、魔石で水を流すとのこと。
そう、俺は魔石に魔力を流せない。急に嬉しくなくなった・・・。
使用後にメイドさんを呼べば流しに来ると言うのを何とか説得して、トイレに水瓶を置いてもらった。
異世界がつらくなってきた・・・。
部屋の照明も魔石だった。もういやだ!
ベッドサイドのランプは魔石を外せば消えたので、今日はもう寝ると言って、部屋のシャンデリアの灯りは消してもらい、ベッドサイドのランプだけつけてメイドさんには出て行ってもらった。
念のため鍵をかける。夜伽です、とか来られると面倒だし。
ぼんやりと灯りの灯る部屋で、運動能力を確認する。
格闘術のシャドウを行う。身体の引き攣る感覚にも関わらず、切れは十分で問題なく動ける。
腕立て、腹筋、倒立、バック転など、基礎能力を確認。やはり、筋力はかなり落ちている。
鍛え直しだな。
続けて、ストレージからククリ刀を即時に装備する訓練を行う。俺のククリ刀はマチェットタイプだ。
手に出るように意識するだけで即時に装備できた。ナイフやグロック17も同様。
これは便利だ。元の世界で欲しかった。
左手に意識すると左手に。
右手、左手、両手と繰り返し練習する。
武器類はやや重く感じる。やはり筋力が落ちている。
毎日訓練だな。
ひとしきり身体を動かした後、ポットからコーヒーをカップに注ぐ。
コーヒーが熱い。このポットも魔道具だそうだ。
コーヒーカップを手に、バルコニーに出て外を眺める。
この屋敷の門辺りには二つ灯りが灯っている。
先に見えるお城には、いくつかの窓から灯りが漏れている。
月明かりに浮かび上がるお城はなかなか幻想的だ。
なぜか異世界に来てしまった。悲観してもどうにもならない。
ならば、しばらくは鍛錬と、この世界の勉強か。そして魔力とやらを何とかしなければ。
それからこの世界での生き方を決める。
コーヒーを飲みながら夜空を見上げた。
ところでここ本当に異世界なんだよね?
あれ、どう見ても月だろう。
北斗七星もあるんだけど・・・。




