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第38話 息子になる?

 エリカ様が俺に微笑みながら聞いてくる。

 なんか、エリカ様って、超絶美人だけど、一番肝が座ってる気がするな。


「ユーキさん、最初の質問よ。あなたのこの力が世間に知られれば、王宮は臣下にしようとするでしょう。教会も大神殿の神官に招聘するかもしれない。馬鹿殿下なんか、絶対自分の手駒にするためにごり押ししてくるわ。他の貴族も何とかあなたを手に入れようと動くでしょう。そのくらいすごい力ということよ。それでもあなたはこの力を今後も使うつもりはありますか?」


 馬鹿殿下と言ったところでジェームス様が慌てていた。チャールズ様は笑うのを堪えていた。意外に息子の方が大胆なのか?エリカ様の血が入ってるからか?


「エリカ様。私のことをご心配いただいてのことと思います。ありがとうございます。なにぶん、私にこんな力があるということは、今日知ったことです。この力をどうするか、じっくり考えるべきかもしれません。ただ、目の前で手足を失った人がいたら、私は躊躇わず治癒魔術を使います。真っ当な理由で身体の一部を欠損した人が苦しんでいるなら、この力を使います。所詮、どこから得たのかもわからない力です。出し惜しむつもりはありません。それこそ、突然得た力ですから、突然無くなるかもしれません。だから、使えるうちは存分に使いますよ。ただ、私はコソコソするつもりはありませんが、目立ちたいわけでもありません。自分でこの力を触れ回るつもりはありません。また、神様でも聖女様でもありませんから、世界中の人を助けるなんてこともしません。あくまでも私の周りの人を助けるだけです」

「あなたの評判を聞いたら、治療依頼が殺到するわよ」


 エリカ様が面白そうに言う。


「そうですね。私がやってもいいと思える依頼なら、できる範囲でやります。無茶な依頼は断ります」

「貴族の中には権力を使ってくる馬鹿もいるわよ」

「そのときは逃げましょうかね。それに、皆様にご迷惑がかかるようでしたら、すぐにここを出て行きますので。まだ、お世話になったご恩が返せていないのは心苦しいのですが」


 エリカ様が、またおかしそうに笑った。


「あら、あなた、ここから簡単に出ていけると思ってるの?うちは侯爵家よ。勝手に逃げたりしたら怖いわよ」

「それは怖そうですね。女装でもして、見つからないように頑張ります」

「あなたの女装も見てみたいけど、またの機会にしましょう。大丈夫よ。あなたはうちで護ります。ねえジミー」


 ジェームス様が大きく頷く。


「そうだ、ユーキ。元々、君がこの世界に来たのは、うちがきっかけだ。君の保護というと失礼かもしれないが、侯爵家として君を護ることはうちの義務なんだよ」

「まだそんなことを。本当にシルビア様のせいだなんてカケラも思っていませんので、そのことは忘れてください」

「わかったよ。ただ、そのことがなくても、私たちは君のことがとても気に入っている。君にとっては不幸な偶然での出会いだったかもしれないが、私たちは、これからも君とは身内として付き合ってもらいたいと思っている。それはわかってほしい」

「ありがとうございます。私のような別の世界から現れた素性も知れない者に、もったいないお言葉です」


 エリカ様が優しく俺に告げる。


「ユーキさん、あなたはあなたが思うようにやっていいのよ。安心しなさい。他の貴族の横槍なんか、うちがはねつけるわ」

「エリカはね、最初から、君なら、絶対にこの力を困っている人のために使うと言うに決まっていると言ってたんだ。だから、後は君が評判になったとき、君をどう護っていくかという話しだけなんだ」


 (ユーキ、コイツら嘘言うてへんで。本気でユーキのこと心配しとるみたいや)


 トーダの声が頭の中に聞こえる。

 俺は、俯いた顔を上げることができない。

 出会ったばかりの俺に示してくれる優しさに涙が出そうになる。

 それにエリカ様の信頼が痛い。

 俺はそんなに立派な人間ではない。

 受けた教育のせいにして、自分が生き延びることだけを考えるような卑怯な人間だ。

 ハルのことを思い出さなければ、俺は、力を隠して生きることを選んだかもしれない。

 本当に、この人たちは、なぜこんな俺に優しくしてくれるのだろう。

 この優しさに甘えていいのだろうか・・・。


「ありがとうございます。お世話になりっぱなしで申し訳ないのですが、今後ともよろしくお願いいたします」


 俺はこう答えるしかなかった。

 皆がそれでいいんだという風に頷いていた。

 師匠はどう思っているんだろう。


「ただねユーキさん。問題は残ってるの。大抵の貴族はうちの名前があればなんとかなるわ。でも、うちと同格か上の貴族ね。この辺りが、実力行使をしてきた場合、あなたが今の中途半端な立場のままだと対応が難しくなるの」

「私が平民だからでしょうか?」

「そうよ。それに、うちの家臣というわけでもない」


 ジェームス様が続ける。


「家臣の場合は、うちの家臣に手を出したということで争いになる。貴族の場合は、家と家あるいは寄親との問題になる。だから、どこも手を出しにくいという抑止力が働く」

「ただの平民、領民の場合はそれが難しいと」

「そうだね。もちろん貴族が平民に横暴を働いたら罪になる。ただ、裏で動かれたりすると難しいこともある」

「そうすると、正式に家臣になった方が良いのでしょうか」


 するとエリカ様が口を挟んできた。


「違うわ。ユーキさん、あなた貴族になりなさい」

「え?貴族になる?」

「そう。あなたがうちの家臣になってくれたら、さぞ優秀な家臣になってくれるでしょう。でも、その場合、あなたは、うちの組織の指揮命令下に入ることになります。あなたは、これからきっと色々な人に頼られたり、やりたいことが出てきたりするでしょう。でも、家臣になったら好き勝手はできないわ。命令がなければ動けない。それはあなたには窮屈なのではなくて?」


 どうなのだろう?

 俺は元の世界では徹底的に管理された組織に属していた。

 その一員として、さしたる疑問も不満もなく過ごしてきた。

 もっとも子供の頃から敷かれたレールではあったが。


 この世界にきて、俺は元の世界の楔が外れた。

 今俺の行動を縛るものはない。

 知らない世界、知らない景色、知らない生活、そして魔術の力。

 俺の心は、確かに少しの自由を求めているような気がする。


「それにうちの家臣になりたいならいつでもなれるわ。多分あなたは、これからも私たちのために色々やってくれると思うの。でも、それは命令ではなくあなたの気持ちでやってもらいたい、これは私のわがままだけど」


 どうやら家臣としての不採用は決定事項のようだ。


「どちらかの養子に入るということでしょうか?」

「今のところはそれしかないわね」

「以前も申し上げましたが、私は孤児院育ちで親が誰かも知りません。こんな素性では、どちらの家にしても、貴族として相応しくはありません」

「あら、そんなこと問題ないわ。優秀な孤児が貴族の養子になる例なんていくらでもあるのよ」


 そうなのか?

 元の世界でも、日本ではぴんとこないが、アメリカなどは養子縁組はかなり多かったな。


「ユーキさん、うちの息子になる?うちなら跡継ぎはいるし、あなたが自由に動いても何の問題もないわ」


 何を言い出すんだ、この人は!

 エリカ様を母親なんて呼べるわけないよ。

 俺、28歳だぞ!

 いくつか知らないけど、親子というより、なんなら恋愛対象だ。言えないけど。


「いや、さすがにそれは」

「僕も君が弟になってくれたら嬉しいけどね」


 チャールズ様もやめてくれ!俺年上だよ。


「ありがたいお話しですが、荷が重過ぎます。元々、私はこの世界の常識も知りませんし、価値観も違います。そんな私が好き勝手に動いたら、きっと私の尻拭いで皆様にご迷惑をおかけします。これはどちらの養子になっても同じだと思います。なので養子というのはやはり・・・」

「駄目よ、あきらめなさい。私たちはあなたを護ると決めた。そして、護るためにもあなたには身分という鎧が必要なの。防具も無しには戦えないわ。あなたがかける迷惑なんて何でもないわ。貴族の決意を甘く見ないでね」

「エリカの言う通りだ。ユーキ、私たちは軽い気持ちで君を護ると言っているわけではないんだよ。私たちが口にした以上、それは絶対だ!それに難しく考えることはない。私たちは君を縛り付けるつもりはないつもりだ。ただ、君が自由に動くためにも君を護る立場が必要だということなんだ。もちろん貴族の立場を得た故の不自由はあるだろう。だがそれは、無防備で動く危険に比べたら些細なことだ」


 エリカ様とジェームス様の目には強い光が宿っている。

 そうか、これが本物の貴族というやつか。

 初めて触れた貴族の矜持に、俺は気圧される思いだった。


「私のために本当にありがとうございます。でも、私なんかが貴族を名乗れるのでしょうか?」

「あなた、自分のことどう思ってるの?どこからどう見てもあなたは貴族の令息よ。平民と言われた方がびっくりするわ」


 え?そうなのか?


 (ユーキ、貴族の何があかんの?平民は不自由やで)


 そうか、トーダたちは貴族社会の時代から来たんだったな。晴明さんも貴族か。


 (トーダ、俺は貴族なんていない時代から来たんだ。だから貴族になるってことがぴんとこないのかもしれない)

 (さよか、まあ好きにしたらええ。ワイはユーキに付き合うたるわ)

 (ありがとうトーダ)


 何だかトーダは力強い仲間になっちゃったな。


「こんな黒髪、黒目の者を養子にしたら悪目立ちしませんか?」

「黒髪や黒い目は、多くはないけど、珍しいというほどでもないのよ」

「そうだったんですか?」


 そう言えば、極端に珍しがられたことは一度もなかったな。


「そうだね、過去に召喚された聖女様や勇者様の影響なのか、この世界でも稀に黒髪や黒目の者がいる。しかも、ほぼ貴族だ」


 ジェームス様の言葉に驚いた。

 じゃあむしろ黒髪黒目で平民の方が違和感あるじゃないか。なんてこった!


「よくわかりました。少しだけ時間をいただけますか?しっかりと考えます。ただ、ランカスター家というのはさすがに畏れ多いので、もし養子になるとしても、どこか田舎の小さな家でお願いできればと思います」

「あら振られちゃったわ。私、振られるなんて初めてよ」


 まったくエリカ様、お茶目すぎでしょう!

 超絶美人でこの性格だと、どんだけモテたんだろうね。


 こうしてこの日の会合は終わった。

 俺自身の新しい力。幸いなことに役に立ちそうな力だ。

 その力の使い方。

 俺の身の振り方。

 部屋に戻り、ベッドに転がってぼんやり考える。


 ここを抜け出して雲隠れする。

 簡単にできそうだが、なんでコソコソ生きていかなきゃならないんだ?

 貴族になるのは断り、冒険者として自由に生きる。

 俺の力が広まれば、確かに厄介事の嵐になりそうだ。

 それに、何となく、今ここを抜け出すのは良くない気がする。

 俺は理詰めの方が得意だが、勘は蔑ろにしない。特に嫌な予感は従った方が良いことは経験則で知っている。


「なあトーダ、俺が貴族とかになってもいいのかな?」

「ええんちゃうか。ハルのとこでも貴族いう方がやれること多かったで」

「でも、貴族ってなんか窮屈そうだよな」

「せやな、ハルもめんどくさい言うて、貴族のあんまおらんとこ住んどったで」


 思わず笑ってしまう。晴明さんもそんな性格だったんだ。


「イオンさんはどう思うかなぁ」

「イオンか?どやろな。聞いてきたろか?」

「え?聞いてきてくれるの?だったらお願い」

「わかった」


 そう言ってトーダはふっと消えた。

 瞬間移動でもできるのか?すごいな。

 考えても埒が開かないので、いつもの室内訓練をやることにした。

 ストレージからの武器の取り出し、ククリ刀を使ったシャドウ、筋トレ。

 しばらくするとトーダが帰ってきた。


「イオンに聞いてきたでぇ」

「ありがとうトーダ。それでイオンさんは何だって?」

「イオンも、ユーキはまだヒヨコやから、この世界の後ろ盾はあった方がええんちゃうかて言うてた」

「やっぱりそうか」

「イオンもこっちに来て最初の頃は、この家後ろ盾にしとったらしい。全部自由にしたかったら、何来てもはね返せるくらい強うなれ言うてたで」


 ごもっとも。


「それに後ろ盾にするのにこの家は悪うないて。ワイもあの人らからは悪い気は感じんかったわ」

「トーダ、そんなこと感じるんだ!」

「ぼんやりやけどな、なんか腹に一物抱えとるやつのマナやら気やらは、不味そうな匂いがするんよ」

「なるほどね。わかった、トーダありがとうな」


 この世界に来たばかりの俺にとっては、それほど選択肢のない話しだ。

 その上、恵まれすぎるほどの配慮をしてもらっている。

 答は出た。

 しかし、養子。形だけかもしれないが、俺に家族ができるのか?

 そう考えると、なぜか少し怖いような気がしてきた。

 なんで?



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