第36話 初めての治癒魔術
午前9時前に、メイデン師匠の別館に行ったところ、師匠から、今日は、予定を変更して治癒魔術を実践する、と言われた。
昨日帰還した遠征部隊の重症者の治療を行うそうだ。
重症者については、現地で治癒魔術を施し、一命はとりとめたが、治癒魔術のレベルが足りず全快には至ってない者が12名いるとのことだった。
容体の急変はなかったので、昨晩は安静にして寝ていたそうだ。
メイデン師匠と、二人の高位治癒魔術師、および助手3名とともに、重症者の病室を周ることになった。
一人目の患者は、右足に包帯をぐるぐる巻きにされている。
麻酔魔術で眠らされている。
師匠の指示に従い、助手が包帯を解いた。
右足は、どす黒く変色し、また形も歪だった。
レッドベアに踏みつけられて、右足が潰れたらしい。
とりあえず治癒魔術をかけたが、この状態が精一杯だったらしい。
「ユーキ、目に魔力を込めて、患者の状態、特に身体の内部を調べるつもりでよく見てみい」
師匠の指示で目に魔力を集める。訓練のおかげですぐにできるが、見ただけでは何もわからない。目に力を込めるも変化なし。
どうするんだ?
透視?MRIのイメージかな。MRIだと磁気と電磁波。詳しい理屈はわからない。
治療のために中を見なければ、と強く意識して見続けていると、驚いたことに
内部が見えてきた。
「師匠、見えました」
大声にならないよう静かに告げる。
「よし、じゃあアタシたちの魔力の動きを良く観察しとくんだよ」
まず師匠が魔術を行使すると、中で潰れていた骨のかけらが集まりだして、元の骨の形を形成していく。
骨が完全に修復されると、他の魔術師に交代して、筋肉や血管等の治癒が行われる。
魔力を多く込めることで治癒スピードが上がる。
やがて、患者の右足は完全に回復した。ここまで30分。
異世界すげぇ!
「ユーキ、わかったかい?」
「師匠、師匠の魔術は、骨が復元しているように見えました。他の治癒師の方の魔術は、患者の自己回復力を促進しているように見えました」
「正解じゃ。学問系の才能はまあまあかの」
一言多い婆さんだ。イオンさんに替わってほしい。
メイデン師匠の姿だと、口まで悪くなっているような気がする。
「よいか、治癒のやり方には二通りある。復元と、自己治癒力の促進じゃ。一般的な治癒は自己治癒力の促進じゃが、これも普通の治癒師では、ここまでの怪我は治せん。復元は、できる者が極めて少ない」
「復元はどうやっているんですか?時間の遡及あるいは形状記憶?」
「形状記憶じゃ。人間や生物の中には、自分の正常な状態を記憶しておく魔素がある。その魔素に働きかけて、対象部位を復元するんじゃ」
「できる人が少ないのはなぜですか?」
「魔力量と、高い適性が必要になる。ユーキ、あんたなら多分できるじゃろう」
「俺が?」
(ユーキ、できるで!ハルも治癒は得意やったで)
トーダ、過大評価だぞ!晴明さんと比べるなよ、ホント。
「次の患者でやってみるぞい」
そう言って、師匠はさっさと次の患者の部屋に移動する。
次の患者は、屈強な身体をした盾職の隊員で、魔装が間に合わずにレッドベアの体当たりを受け、両腕がひしゃげたようになってしまったらしい。
師匠は、助手に添木と包帯を取らせて俺に向かって、復元をやってみろと言う。
魔力視と呼ぶことにした観察で、両腕の状態を診る。
骨も筋肉もぐしゃぐしゃだ。
俺は、両腕を患者の左腕に向けて、復元をイメージして魔力を送ってみた。
おお、一気に魔力が減る感じがする。
さっきは骨とその他は別々だったが、両方同時に復元できると感じられる。
なんだろう、この感覚は?
10分程度で、患者の左腕は綺麗に回復した。
次は右腕。
1回で慣れた。今度は、5分ほどで右腕が一気に回復した。
治癒魔術師の二人が驚愕の表情だ。
トーダが、ワイの言うたとおりやろ、と得意気だった。
「やはりのう。あんたの治癒魔術の適性は、アタシより高いからね。こりゃあ大した拾いもんじゃ、クェッ、ケ、ケ、ケッ。さあ、どんどんいくよ!」
この婆さん、本当にイオンさんかよ。別人としか思えないよ。
この後、次々と患者の部屋を訪れて、師匠と交互に治療をやらされた。
経験のために、治癒力促進もやってみたが、問題なく行えた。
トイレの水も流せなかった俺が、と思うと感慨深いものがある。
俺の消費した魔力は割とすぐに回復した。
治癒魔術師さんに言わせると、ありえない回復力だそうだ。師匠と同じくらいの回復力らしい。魔力が著しく減少すると動けなくなるらしい。魔装が切れたときのエドがそれか。
患者の中に、魔獣に噛まれて化膿が酷い者が数人いた。
一般的には毒消しのポーションを根気よく飲ませて回復を待つらしい。
俺は知らずに滅菌、消毒のイメージで魔術を行使したところ、何かを吸い取った感じがした。
うわっ、雑菌を取り込んだんじゃないか?
一瞬あせったが、吸い取った雑菌は俺の中で濾過されて、魔素に分解されてしまったように感じた。特に不具合もない。
「ユーキ、あんた今何やった!?」
師匠に問い詰められて正直に話すと、師匠は少し考え込んでいた。
師匠のやり方は、雑菌を攻撃して殺すイメージらしい。
俺も身体に雑菌が入るのは嫌だから師匠の方法でやろうと思ったが、この日は師匠のリクエストで、俺のやり方を何度か見せることになった。
もう一つ問題だったのは、魔獣に食い千切られた筋肉の修復だった。
俺が復元魔術を行使したところ、ごっそりとえぐられていた肩の筋肉が、一瞬で元通りになった。
俺は、当然だと思っていたが、これは欠損部位の再生、修復かもしれんということで、居合わせた者に箝口令がしかれた。
師匠曰く、復元は素材がバラバラになっているものを復元しているので、欠損している場合には復元はできん、と言うことらしい。
いや、できとるがな!
俺の目には、周囲の魔素が集まって、元の身体の欠損部位に変化したように見えた。
魔素は何にでも変化し得るということだったので、不思議に思わなかったんだけどね。
なんにしろ、この日全員の治療を無事終えた。
全員が体力の回復を待って、現場復帰できそうだ。本当に良かった!
俺の治癒魔術は、師匠の見立て通りかなりレベルが高そうだ。
今日の様子を見ていたトーダからは、治癒だけやったらハルより上かもしれへんで、とお褒めの言葉を頂戴した。そんなバカな!
実は俺は、人より才能が上と言われたのは初めてだった。
いつも才能の欠如を努力で補ってきた。
それを嘆くことも、ハルの言葉で、なくなっていた。あっ、清明さんじゃない方のハルね。
そう、『生まれた環境とか、持ってる才能とか、自分で変えられないことで嘆くな』と。
今回は、転移の際に、なんの偶然か、俺は治癒魔術の才能を拾ってきたみたいだ。
自分で得たんじゃない、貰い物。
ハル、わかったよ。
努力なしに得られた力を褒められるって、こういう気分なんだね。
嬉しくないわけじゃないけど、浮かれる気分にはなれない。
どんくさくても、自分が頑張って得た力の方が嬉しいね。
持ってる才能は努力して伸ばせ、伸ばして誰かの役に立て、自分だけのために使うな、とも言ってたね。
才能に溢れてた君は、こんな気持ちだったのかな。
君がいつも誰かのために行動しようとしてたのは、こういうことだったのかな。
俺は生まれて初めて、自分の力を、人の役に立つことに使いたいと思った。
貰い物の力であったとしても。




