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第35話 強くなる理由

 訓練開始から1週間が経った日の朝、俺が朝食を食べていると、エドが俺の部屋に訪ねてきた。


「あれ、エド。朝食はもうすんだの?」

「おはようユーキ。朝食は食べたよ。ちょっと相談があってね」

「ああ、食べながらでもいいか?」

「もちろん」

「で、相談って?」

「ユーキ、魔術が使えるようになったんだって?」

「そうなんだよ!聞いてくれエド!なんと、トイレの水が流せるようになったんだ!」

「そっちかよ!それより、騎士団の人から聞いたんだけど、君、メイデン先生から魔術の訓練を受けてるんだって?」

「おう、あれ訓練って認識してもらえてたんだ!師匠に立たされて毎日怒られてるやつと思われてないか心配してたんだ!」

「そんなわけあるか!で、その訓練なんだけど、俺も参加させてもらえないだろうか?」

「え?エドは魔術使えるんだろう?」

「多少はね。でも、多分それじゃあ駄目なんだ」


 エドが伏せていた目を上げる。その瞳には、強い意思が宿っていた。


「何かあったのか?」

「君の耳にもすぐに入ると思うけど、昨日、北部の魔獣調査に出ていた部隊が帰還した」

「そうか、俺、ずっとメイデン師匠の治療とか訓練とか受けてたから気づかなかったけど、随分長かったんだね」


 調査部隊は4、5日の予定だと思ったが、もう10日以上経っている。


「北部でも、異常があったらしい。魔獣の増加と、上位の魔獣の出現。詳細はわからないけど、かなり怪我人が出たらしい」

「え?」


 そう言えば昨日の夜、随分と騒ついた気配がしていた。


「それに森の中で孤立した部隊の救出などで、かなり帰還が遅れたそうだ」

「そうだったのか・・・」

「それでね、俺なりに考えたんだけど、最近かなり危険な状況になってるんじゃないかな。そして、俺は遠征にも参加したけど、今のままじゃあ足手まといだ」

「でも、エドは本来なら家令見習いだろ?」

「家令見習いは、ジェームス様と父上が俺に色々な経験をさせようと配慮してくれてただけなんだ」

「将来はアダム様の跡を継いで家令になるんじゃないの?」

「家令には多分兄上がなる」

「え?お兄さんがいたの?」

「うん、それと、ユーキに言ってなかったけど、俺は養子なんだ」

「ええっ!ご家族は?」

「両親と妹がいたんだけど、俺が10歳のとき、魔獣に襲われて全員殺された・・・」

「そうか、悪いことを聞いたな・・・」

「いや、構わない。そんなわけで、俺もユーキと同じ孤児なんだ」


 そう言って、エドが笑う。


「俺の家は今の父上、アダム様の親戚の男爵家でね。俺は、割と優秀だということで、子供のころにここに預けられて色々勉強させてもらってたんだ。だから俺だけ助かった。そして、今は養子になって修行中」

「そうだったんだ」

「まあ、孤児院育ちのユーキからしたら、恵まれてるんだろうけど」

「そんなことは思わない!ちゃんといたご家族を失くす悲しみは俺よりずっと辛いと思う」

「ありがとう、そう言ってくれて」


 そしてエドは再び決意のこもった強い目で俺を見た。


「そんなわけで俺の将来は家令というわけじゃない。このままいけば兄上の補佐役で次席の家令という可能性が高いけど、・・・俺は、魔獣のせいで命を落とす人や家族を失くす子供を少しでも減らしたい。もちろん文官としてできることもあるのはわかってる。でも、俺は自分自身で動きたい。家族の復讐という気持ちもあるけど、それだけじゃなくランカスター領のために魔獣被害を防ぎたいんだ!」

「わかったよ。エドも成人してるんだし、ジェームス様やアダム様の許可さえあれば、俺がとやかく言うことじゃない」

「そうだね。許可はもらうよ。そのときはよろしく」

「わかった、一応メイデン師匠には聞いておくよ」

「頼む」


 そう言ってエドは帰って行った。

 エドの事情を聞いて驚いた。

 元の世界でも、日本なら事故で突然家族を失くすということもある。

 世界に目を向ければ、戦争や内戦、テロ、あるいは貧困などで死と隣り合わせの日常を送っている人々は大勢いるし、何度も目にしてきた。

 しかし、この世界では、魔獣という脅威が日常に存在することを再認識させられた。


 俺はなぜ自分が強くなりたいのか振り返る。

 答えは単純だ。

 あっさり死んでしまわないため。少しでも生き残る可能性を高めるため。

 この世界には生活圏のすぐ近くに魔獣がいる。

 この世界にはお伽話でしかなかった魔術が現実にある。

 元の世界で、俺は生き残るための訓練を受けた。生きて帰るための力を身につけた。

 秀でた才能のなかった俺は、仲間より多くの時間をかけてその力を習得した。

 この世界でも、それに等しい力を手に入れる。

 この世界では俺はまだまだ弱いから。


 元の世界に帰れると期待しているわけではない。だが、諦めたわけでもない。

 いつどうなるか、いつ何が起きるかわからない。

 だから、少しでも命を長らえる。


 仲間のために命をかけて戦うことに躊躇はない。

 知り合った人々、お世話になった人々が危機に瀕していたら、やはり躊躇いなく戦うだろう。

 しかし、国のため、領のためならどうだ。

 自分が生まれた国や領ではない。愛国心やロイヤリティはない。

 見知らぬ人々が暮らす街や村のために戦えるだろうか。

 そもそも俺にそんな力があるとも思えない。


 エドと俺の意識の差。

 やっぱり俺は、誰かを守るために強くなろうとしているわけではないよな。

 自分を生き延びさせることが第一、もし仲間に危険が迫ったときはそれを助けられるだけの力を身につけることが次なのか。

 騎士団に同行して、どこかの防衛に出たとしたら全力で戦う。そこに迷いはない。

 結果として、見知らぬ人々を助けるために戦う。しかし、それは任務の遂行のため。

 そのように教育され、そのように育てられたせいで歪んだ人格なのか?


 違うな。

 ハルを思い出す。

 ハルならば、見ず知らずの人たちのためでも、その人たちを守るという志を持って、真っ先に戦っただろうな。

 研修中、ハルの良心に基づく暴走は、何度も教官たちを激怒させ、呆れさせた。

 それでもハルの信念は折れない。ハルは歪まない。

 単純で、真っ直ぐで、眩しい信念。俺を何度も救ってくれた。


 今、俺を縛る任務も作戦も組織もない。

 ハルの笑った顔、怒った顔、唇から血を流しながら目に涙を溜めて必死で耐える顔。

 ハルは俺の憧れだった。

 いつか俺もハルみたいになれるのかな?


 エドの話しのせいで、思わぬ思考に陥っていたとき、メイデン師匠の使用人さんが、今日は訓練場ではなく、別館の方に来てくるようにと伝えに来た。

 何かあったのだろうか?


「トーダ、何か聞いてる?」

 俺の頭の上のトーダに問いかける。


「いや、なんも知らんで」

「そう言えばトーダの話し声は、他の人に聞こえるの?」

「声は聞こえるで。姿は見えんけどな。ばってん、日本語やけんなに言うとるかわからんのとちゃうか?」


 その混合方言もわかりづらいけどね。

 でもそうか、聞こえるのか。


「周りに人がいるときトーダと話せないのは不便だね」

「せやなぁ、じゃあこれでどや」


 (ユーキ、聞こえるか?)


 いきなり頭の中でトーダの声がした。


「なんだ?これどうしたんだ?」

 (心話いうやつや。ユーキも心の中でワイに話しかけてみぃ。多分できるで)

「いや、こんなこと普通できないだろう?」

 (簡単や。ワイに話すつもりで心の中で思うだけや。ハルもできたで)


 だから、安倍晴明と俺を一緒にしないでほしい!あちらは歴史に名を残す陰陽師、俺は仕事は特殊だったけど、単なる一般人だぞ。

 しかし、これも魔術の一種か?とりあえずやってみる。


 (トーダ、これ聞こえてるか?)

 (おう、バッチリや!どや、できたろうが)

 (うわ、本当にできてるのか?自分の声が聞こえないから、本当に伝わってるのか自信がないよ)

 (大丈夫やて。こないして会話できとるんが証拠や)

 (そうみたいだな。いや、これびっくりだわ。でもこれで、人前でもトーダと話せるね)

 (せやな、気兼ねのう話せるな)

 (これも魔術とか妖術なの?)

 (知らん。陰陽師と式神は大体できるで)


 何かのパスが繋がっている状態なのだろうか?

 まあ考えても俺にはわかりそうにない。普及させるわけでもないから、原理の解明も不用だ。

 便利になったと喜んでおこう。


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