第32話 魔術と魔力
翌日から俺の魔術の練習が始まった。
場所は魔術訓練場。
人目があるかもしれないので、指導はイオンさんではなく、メイデンの婆さんだ。
チェンジ、と心の中で言ってみた・・・。
俺は先日から気になっていたことを聞いてみた。
「メイデン先生、晴明さんの時代って、日本人は皆んな魔術を使えたんですか?」
「いや、魔術、あのころは妖術とか、単に術と言っておったが。妖術を使えたのはハルや、他の陰陽師と言われるような一部の者だけじゃ。その中でも、ハルは特別じゃった」
「でも日本にもマナはあったんですよね?」
「マナはあっても、術を使える身体をしとらんかった、多分」
「多分?」
「アタシもあんたの治療でよくわかった。身体の中にマナを使うための回路、道がある。この世界の人間は、その回路を皆んな持っとるが、日本人は、一部の者しかその回路を持っていなかったんじゃろう」
なるほど、そういうことか。
「それじゃあ、魔術の訓練を始めるが、最初に注意しておく。この国の魔術の使い方の本は一切読んではならん」
「え?なぜですか?」
「考え方が毒されるからじゃ。この世界の魔術師が詠唱を使うのは知ってるね」
遠征の際に何度も見た。魔法学の本でも読んだ。
詠唱によって精霊に働きかけ、望む魔術を精霊に実現させる。
そのため、魔術の行使には一定の時間が必要だ。
「はい」
「あんたは、魔力が見えてるよね。じゃあ、アタシのやることをようく見てな」
そう言うと、メイデン師匠は、右手を前に突き出した。
「水の精霊よ!」
メイデン師匠の声で、師匠の周りの空気が揺らいだ。
「我が元に集いて、我が意の元に水球となり、我が敵を打ち滅ぼせ!ウォーターボール!」
師匠の右手の前に、何か魔力のようなものが集まりだし、それが水に変化して球体を形成していく。同時にその水の球体に師匠の魔力が入っていき混ざり合う。そして球体が完成すると、的に向かって一直線に飛んでいき、的にぶつかり霧散した。
はーぁ、こういう風になっていたのか。
「わかったかい?じゃあ次だ」
メイデン師匠は同じく右手を突き出した。
「ウォーターボール!」
そう言うと、一瞬のうちに師匠の手から魔力が出て、魔素なのかマナなのかが水球に変化したかと思う間もなく発射され、的にぶつかった。
本当に一瞬だった。
ためも何もない。
「違いがわかったかい?」
今の状況を分析する。多分こういうことか。
「最初のは、精霊と呼ばれる何かを使って、魔素を集めさせ、さらにそれを自分の魔力と共同で水球に変化させてから、その水球を自分の魔力でコントロールして飛ばす。次のやつは、自分の魔力で直接魔素を水球に変化させてそのまま飛ばす、そんな感じでしょうか」
「よく見えてるね」
「精霊なんて、その辺にいるんですか?」
「精霊と言ってもあんたの想像してるようなもんじゃないよ。意識もない、力もないカスみたいなもんだ。自然界にあるあらゆる物の性質を持って、どこにでもうじゃうじゃいる。そんなカスが何かをきっかけに集まって、徐々に意識を持って、姿形を形成するようになったのが、あんたが想像している精霊だよ」
「そんなカスみたいなものが使役できるんですか?」
「そう、こいつらは魔力のこもった意思に反応する。だから、詠唱と言っても、声に出す必要はない。魔力に意思を込めればカス精霊は動かせる。それが無詠唱というやつだ」
「詠唱を利用すればパターン化できて、誰でも簡単に魔術が使えるということですか」
「そう、その代わり、詠唱魔術は、パターン化されたもの以外は使えない。いや、そう思い込んでいるんじゃ」
「カス精霊に他の働きかけをすればいいんですね?」
「そうなる。ただし、カス精霊の力は大したものではないから、できないことも多い。だから、長年に渡って色々試して、上手くいったものの集まりが今の魔術の体系じゃ」
「なるほど」
「本来の精霊魔術は、もっと成長して自意識を持った精霊を使役して、より規模の大きい自由な魔術を使う。エルフたちが使っておった魔術じゃ」
「エルフなんているんですか?」
「昔はおった。今は見なくなったが、多分どっかにおるじゃろう。そう簡単に滅びるとも思えん」
「じゃあ、陰陽師が使う式神は、もしかしたら」
「そう、エルフの精霊魔術と同じようなもんじゃよ」
そういうことか。
「2番目の魔術は、自分で魔素を水に変えたんですよね?」
「そうじゃ。詠唱も不要。魔素は何にでも形を変えることができる。じゃから、魔力で魔素を支配して、直接望みのものに変える。元々支配しておるから、その後の発射も自由にできる。魔術師たちの魔術と比べて圧倒的に速くて自在じゃ」
「誰でもできるんですか?」
「ある程度は訓練すればできるじゃろう。じゃが、これまで学んできたことの知識が邪魔をして、中々上手くいかんものが多い。才能もいる。アタシたちが使う魔術、妖術はすべてこの方法じゃ」
魔素は何にでも形を変えられるか。量子のようなものか?
そこで、俺の頭の上で目を覚ましたトーダが参入してきた。
「マナで何でも作れるんやで。マナで獣作って戦うやつもおったで」
「おっ、トーダ起きたんだ?」
「おう、お目々ぱっちりや!」
「で、マナで獣を作るの?」
「ハルも幻獣作るの上手かったで」
「へえ、俺もできるかな?」
「どやろな、得手不得手あるけんな」
メイデン師匠が続ける。
「ユーキ、あんたの魔力は、アタシらに性質が近い。じゃから、アタシらのやり方で魔術の訓練をやるんじゃ」
「俺の魔力が式神と?」
「そうじゃ、ハルもそうじゃった」
へえ、そうなんだ。そもそも式神とか精霊ってなんなんだ?
「メイデン師匠、式神ってなんなんですか?」
「知らん」
「え?」
「ワイらはワイらや」
「そうじゃ。ユーキは、人間とは何だ、と聞かれて答えられるかな?」
「・・・」
「答えられんじゃろう。アタシたちも同じ。ただ存在しておる」
「すみません、傲慢でした」
「よいよい。そもそも、式神という言葉も、陰陽師どもがアタシたちの力を使いとうて、式という術を打って使役するときの言葉じゃ」
「使役ゆうても、嫌いなやつの言うことはきかんでぇ」
「そうじゃ、使役と言うても、契約みたいなもんじゃ」
「ハルとは式もなしや。式なしでも一緒におって、一緒に遊んで、一緒に戦うんや!」
トーダが嬉しそうに話す。
「そうか、いい仲間なんだね」
「せや、仲間や!」
安倍晴明てどんな人だったんだろう。式神にこんなに慕われて。
「話しを戻すぞ。アタシたちは何か?・・・アタシらは霊じゃ」
「霊?」
「ユーキは霊という字をしっとるか?」
そう言って、メイデン師匠は、地面に字を書いた。
『靈』
旧字だ。
「この字は、巫女が雨乞いをする様子とも言われとるが違う。上の雨は天上を示す。口は意思ある者。それが複数じゃ。そして下は人間が住む囲われた下界。霊とは、神のいる天上から人間の世界に降りてきた者たちじゃ」
「じゃあ、神の使徒のような?」
「そんなもんじゃない。使命もなんもない。ただ偶然降って降りた神々のカケラ、残滓みたいなもんじゃ」
「ワイらは、何も役目とかないで」
「今言うたことが正しいかどうかはわからん。ただ、アタシたちの深層心理には、なんとなく神々の意識のようなものがこびりついとるんじゃ」
「じゃあ、やっぱり人間を導くためとか、知識を授けるためとか」
「神はそんなに親切じゃないぞ。神話くらい知っとろう」
メイデン師匠があきれたように言う。
確かに。日本神話だけでなく、海外の神話でも、神様は自由奔放で、人間のことなんて知ったことじゃない。
「よいか、ユーキ。神々は、土台は作る。しかし、作ったあとは基本は放置じゃ。もし大事な土台が壊れるようなことがあれば、介入するかもしれんが。じゃから、アタシたちは、使命もなければ役目もない。好きに生きるだけじゃ」
「わかりました」
「それで、アタシたちは神のカケラ、残滓と言うたじゃろう。だからアタシたちの魔力は神の影響を強く受けとる。そのせいで、マナを自由に操りやすい」
そうか、そこに繋がるのか。じゃあ俺は?
「ユーキの魔力は、転移の影響か、転移のときに何かされたのか知らんが、アタシらの魔力にとても近い」
そうなのか?今日もビックリ話しの連続だ。
「ハルの魔力もそうじゃった」
「ハルの母ちゃんは半神やで!」
「半神?」
「神と人の混血じゃ。狐とか噂されとったが、本当は半神じゃ。なので、ハルにも神の血が流れておった」
ひえー、そんなことあるんだ。異世界はなんでもありとか思ったけど、地球もなんでもありだったんだな。それで晴明の魔力は神の力の影響を。
「話しが長うなった。しかし、知っておいて損はなかろう。これで、魔術の訓練方法は納得したかい?」
「はい、よくわかりました。これからよろしくお願いします」




