第25話 メイデン先生の依頼
フォックスさんの天幕を出たところで、俺はカークさんに声をかけた。
「カーク隊長、少し教えていただきたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
「いいぞ、じゃあ俺たちの天幕に行こう。何しろ疲れた」
カークさんとライルさんは同じ天幕だ。
天幕に入ると三人の隊員がぐったりと横になっていた。
皆んな命懸けがったからね。俺も横になりたい。
「椅子がないから床に座って話そう」と、カークさんが腰を下ろした。
「お疲れのところ申し訳ありません。ただ、早めに疑問を解消しておきたいので」
「疲れているのはお前も同じだ。構わん。で、聞きたいこととはなんだ?」
「まず単純な質問です。レッドベアというのは、この世界でどのレベルの魔獣なんですか?」
「ああ、ギルドで魔獣のランクをつけているのは知ってるな。そのランクで言うとBの上の方だったと思う。普通はもっと森の奥にいるやつだ」
「あれでBなんですか?」
「冒険者のランクとは対応してないぞ。冒険者ランクがBだからって、ソロでBランクの魔獣に挑んだらあっという間にサヨナラだ。あくまでも相対評価だな。魔獣の中でのB、冒険者の中でのBというわけだ。魔獣の方が全体のレベルが上だと思った方がいい」
そういうことか。Bランク冒険者があんなに強いのかと思ってしまった。
「次は、魔術攻撃の方法です。火魔術で、ファイヤボールやファイヤボムを使わなかったのはなぜですか?」
「ああ、まずファイヤボールは、レッドベア相手だと、当たっても大したダメージにならない。ファイヤボムの方は、多少は効くかもしれんが、レッドベアは魔術耐性が高い。集中砲火でもない限り、大きなダメージは期待できん。反対に、避けられたら森の中だ。木に燃え移ったら森林火災になる」
「火炎の魔術は、射程距離ですか?」
「そうだ。射程距離は魔術師の力量次第だが、今日みたいに動けなくして顔を狙えれば効果的だが、身体だと多分あの赤毛の体毛に防がれる」
「なるほど。水魔術を使わなかったのは?」
「大量の水で動きを抑えることはできる。ただ、その後が大変だ。足場が悪くなる。レッドベアに対して、我々の優位性はスピードだ。それが足場が悪くなると失われる」
ここまである程度予想通りだ。
「色々な魔獣と魔術の相性は正確にわかっているんですか?」
「これは経験則だな。正確かと言われるとわからん」
「経験則で構わないんですが、まとまった資料はありますか?」
「どうなんだろう?ライル、知ってるか?」
「いえ、私は大体先輩から教えられたかと。ギルドにはあるかもしれませんが」
「俺も先輩から教えてもらった口だな。すまん、もしかしたら騎士団にそんな資料があるかもしれんが、俺もライルも資料を読むより身体を動かす質でな」
カークさんが苦笑いする。
「いえ、ありがとうございます。ぞれで、最後にもう一つ。レッドベアに対して、最初は俺の剣はまったく斬れなかったんですが、火炎放射の後の攻撃では斬れました。あれはどういうことでしょうか?」
「これも推測になる。ランクが上の魔獣にはよくあることだが、魔獣の体力がある内は、中々武器の攻撃が通らない。多分魔獣も魔装のようなものを使っているのではないかと言われている。それでダメージが蓄積されてくると、魔装が解けて攻撃が通りだすんじゃないかと思っている」
「俺は人間の魔装は緑色の膜のような感じで見えるんですが、レッドベアには何も見えませんでした」
「そうか。お前は魔装が見えるんだったな。しかし、そうするとどういうことだ?」
「もしかすると、魔力を外に纏うんじゃなくて体内で魔装のようなことをやってるんですかね?」
「ううん、わからんな。改めて考えると、魔獣については研究不足だな」
「そうですか。わかりました、お疲れのところありがとうございました」
俺は礼を言って天幕を出た。
改めて思う。魔獣や魔術について知識が足りない。知識を増やさなければ。
魔術については自分が使えないこともあり、少し蔑ろにしたきらいがある。
しかし、魔術と相対することがあるかもしれない。戦う仲間が使えるかもしれない。
知らずに済ますことはできない。
元の世界で無理矢理やらされた勉強の日々を思い出す。何のための知識かわからないまま、色々な分野の知識を詰め込まれた。それが案外役に立ったこともあったな、くやしいけど。
ちょっと苦笑する。
現状日本に帰れる当てはない。だとすればこの世界での生存が第一目標。
そのためには何より情報収集だ。
よし、今度は目的がはっきりしたお勉強だね。
天幕に戻った俺は、不覚にも眠ってしまったようだ。
夕食だと起こされて気がついた。
長時間の斥候と、二度の戦闘で思いの外疲れていたらしい。
こんなことはここ何年もなかった。
まだ若いころの訓練中以来だ、と思い、ふと考える。
そう言えばこの身体は15歳くらいの身体になっていたな。その影響かな。
メイドさんに余計な反応をしたこともあった。
筋力も落ちている。やばいな。自分の身体の状態をもっと正確に把握しておかなきゃ。
夕食はカーク隊でまとまってとる。
このとき、カーク隊長から、他の隊の状況が報告された。
すべての隊で、例年よりも多くの魔獣が見られたという。
ある隊では、フォレストボアなどの魔獣が食い散らされた残骸を発見した。その近辺の木はへし折られ、幹には爪痕がいくつか残っていたそうだ。
また別の隊では、2メートルほどの幅の何かが這って行ったと思われる跡を見つけた。追跡したところ、それは森の深部に続いていたため、それ以上の追跡は断念した。
そして、被害が出た隊もあった。
その隊は、森の中を進行中、ギガントマンティスというカマキリ型の魔獣と遭遇し戦闘になった。討伐には成功したが、重傷者3名、軽傷者多数という結果だった。
これらの報告を受け、隊長たちにより明日以降の作戦変更が話し合われた。
グリーンベルトに異常が発生していることは間違いない。
浅部の魔獣の増加、深部に生息する魔獣の浅部での出現。
結果として、魔獣を間引くという当初の作戦は継続するが、部隊を再編成し、30名を1部隊とする6部隊体制で、5部隊が森に入り、1部隊が残って拠点警護に当たることとなった。
また、深部の魔獣を発見した場合は、原則として戦闘を回避して、可能であれば行動を観測せよとのことだった。
それから三日間、各部隊は精力的に間引きならびに探索活動を行った。
結論として、魔獣の数は明らかに増えているが、今のところ森から溢れ出す兆候はないことが確認された。しかし、深部の魔獣の気配、すなわち強い魔獣の気配は何度か確認された。各部隊の斥候の働きで、この魔獣との接敵は回避されたが、今後どうするかは領都レグルスに戻ってからジェームス様や騎士団長のフレッドさんも混えて検討ということになった。
その日の夕食後、俺はカーク隊長とともに総隊長のフォックスさんの天幕に呼ばれた。
「カーク、ユーキ、明日は休息日として明後日に帰還することは聞いているな」
今回の遠征は異例続きで、隊員の疲労も蓄積していたため、明日は休息日とすることがさきほど各天幕に伝達されていた。
「実は一つ任務が残っている。カークは、グリーンベルトの中にルミナスの泉と呼ばれる場所があることは知っているな。森の浅部を抜けて10キロほど進んだところだ。精霊の住む場所と言われている」
「はい、行ったことはありませんが、話しは聞いたことがあります」
「グリーンベルト遠征の際、毎回、ルミナスの泉から水を持ち帰るという付帯任務がある」
「泉の水を?」
「別に極秘任務というわけではない。メイデン先生の依頼だ」
「メイデン先生の」
「多分、薬の生成あたりに使われているんだろう。それが評判になって泉が荒らされてもまずいので、公にはしていないが。それで、いつもは水を3樽というのが依頼だったのだが、今年はユーキがいるからということで10樽頼まれた。空樽はユーキに渡してあると聞いているが、ユーキ、預かっているか?」
それでか。出発前にメイデンの婆さんから、樽を渡された。
何に使うか聞いたらクエッ、ケ、ケ、ケと笑って、必ず持って行けと言われた。
何か俺の役に立つのかと思ってたら、自分用じゃないか!
「はい、メイデン先生から預かっています。何に使うかは知りませんでしたが」
フォックスさんは苦笑しながら言った。
「まあそういうことだ。ユーキは正式な隊員ではないので、心苦しいが、明日ルミナスの泉に付き合ってくれんか?」
「今自分はカーク隊の隊員として行動しています。命じていただくだけで結構です」
「そうか、すまんな。ではユーキ、明日のルミナスの泉の水採取に同行を命じる!今年の森の状況に鑑みて、例年より危険が伴うと思われる。よって部隊は30名構成、指揮は俺がとる。カーク隊からは、カーク、アダムおよびレントが参加せよ!任務は水の採取のほか、ルミナスの泉周辺の異常の有無の調査。明朝6時に出発する!」
「はっ!」
こうして俺は、メイデンの婆さんのお遣い任務に参加することになった。




