第25話 メイデン先生の依頼
天幕に戻った俺は、不覚にも眠ってしまったようだ。
夕食だと起こされて気がついた。
長時間の斥候と、二度の戦闘で思いの外疲れていたらしい。
こんなことはここ何年もなかった。
まだ若いころの訓練中以来だ、と思い、ふと考える。
そう言えばこの身体は15歳くらいの身体になっていたな。その影響かな。
メイドさんに余計な反応をしたこともあった。
筋力も落ちている。やばいな。自分の身体の状態をもっと正確に把握しておかなきゃ。
夕食はカーク隊でまとまってとる。
このとき、カーク隊長から、他の隊の状況が報告された。
すべての隊で、例年よりも多くの魔獣が見られたという。
ある隊では、フォレストボアなどの魔獣が食い散らされた残骸を発見した。その近辺の木はへし折られ、幹には爪痕がいくつか残っていたそうだ。
また別の隊では、2メートルほどの幅の何かが這って行ったと思われる跡を見つけた。追跡したところ、それは森の深部に続いていたため、それ以上の追跡は断念した。
そして、被害が出た隊もあった。
その隊は、森の中を進行中、ギガントマンティスというカマキリ型の魔獣と遭遇し戦闘になった。討伐には成功したが、重傷者3名、軽傷者多数という結果だった。
これらの報告を受け、隊長たちにより明日以降の作戦変更が話し合われた。
グリーンベルトに異常が発生していることは間違いない。
浅部の魔獣の増加、深部に生息する魔獣の浅部での出現。
結果として、魔獣を間引くという当初の作戦は継続するが、部隊を再編成し、30名を1部隊とする6部隊体制で、5部隊が森に入り、1部隊が残って拠点警護に当たることとなった。
また、深部の魔獣を発見した場合は、原則として戦闘を回避して、可能であれば行動を観測せよとのことだった。
それから三日間、各部隊は精力的に間引きならびに探索活動を行った。
結論として、魔獣の数は明らかに増えているが、今のところ森から溢れ出す兆候はないことが確認された。しかし、深部の魔獣の気配、すなわち強い魔獣の気配は何度か確認された。各部隊の斥候の働きで、この魔獣との接敵は回避されたが、今後どうするかは領都レグルスに戻ってからジェームス様や騎士団長のフレッドさんも混えて検討ということになった。
その日の夕食後、俺はカーク隊長とともに総隊長のフォックスさんの天幕に呼ばれた。
「カーク、ユーキ、明日は休息日として明後日に帰還することは聞いているな」
今回の遠征は異例続きで、隊員の疲労も蓄積していたため、明日は休息日とすることがさきほど各天幕に伝達されていた。
「実は一つ任務が残っている。カークは、グリーンベルトの中にルミナスの泉と呼ばれる場所があることは知っているな。森の浅部を抜けて10キロほど進んだところだ。精霊の住む場所と言われている」
「はい、行ったことはありませんが、話しは聞いたことがあります」
「グリーンベルト遠征の際、毎回、ルミナスの泉から水を持ち帰るという付帯任務がある」
「泉の水を?」
「別に極秘任務というわけではない。メイデン先生の依頼だ」
「メイデン先生の」
「多分、薬の生成あたりに使われているんだろう。それが評判になって泉が荒らされてもまずいので、公にはしていないが。それで、いつもは水を3樽というのが依頼だったのだが、今年はユーキがいるからということで10樽頼まれた。空樽はユーキに渡してあると聞いているが、ユーキ、預かっているか?」
それでか。出発前にメイデンの婆さんから、樽を渡された。
何に使うか聞いたらクエッ、ケ、ケ、ケと笑って、必ず持って行けと言われた。
何か俺の役に立つのかと思ってたら、自分用じゃないか!
「はい、メイデン先生から預かっています。何に使うかは知りませんでしたが」
フォックスさんは苦笑しながら言った。
「まあそういうことだ。ユーキは正式な隊員ではないので、心苦しいが、明日ルミナスの泉に付き合ってくれんか?」
「今自分はカーク隊の隊員として行動しています。命じていただくだけで結構です」
「そうか、すまんな。ではユーキ、明日のルミナスの泉の水採取に同行を命じる!今年の森の状況に鑑みて、例年より危険が伴うと思われる。よって部隊は30名構成、指揮は俺がとる。カーク隊からは、カーク、アダムおよびレントが参加せよ!任務は水の採取のほか、ルミナスの泉周辺の異常の有無の調査。明朝6時に出発する!」
「はっ!」
こうして俺は、メイデンの婆さんのお遣い任務に参加することになった。
午前6時、フォックスさん率いるお遣い部隊はルミナスの泉に向けて出発した。
先頭は、何度かルミナスの泉に行ったことのあるマットさんだ。今日は、斥候として先行せず、一隊の先頭として動くらしい。
森に入り、何度か魔獣を討伐しながら、奥へと進む。
やはり、浅部の魔獣にしてははるかに強いと思われる気配については、今日も無駄な戦闘は避ける方針で進んだ。
2時間ほど進んだところで一旦休憩をとる。
まもなく浅部を抜ける。
グリーンベルトについては、その大きさは誰も把握できていないので、浅部、深部と言っても、便宜上の区分にすぎない。深部が延々と続いている可能性もあるのだ。
ただ、浅部を抜けると森の雰囲気が変わるらしい。
より慎重に行動するようフォックスさんから指示が出された。
休憩を終え、森を進む。
確かに森の雰囲気が変わった。
森の持つ圧力のようなものが、身体にまとわりつく。
あちこちに、強い魔獣の気配がする。
魔獣はどうやって浅部と深部を分けているのだろう。
縄張りのような ものなのだろうか?
30分ほど進んだとき、俺の気配察知に魔獣が近づく気配が引っかかった。
この数日で、俺の気配察知範囲はさらに拡がったように感じる。
「後方8時から魔獣が接近!」
俺の声に、全体が止まる。
「距離は!?」
「300!」
フォックスさんが驚いた顔をする。
「こちらを認識しているか?」
「多分。明らかにこちらに向かっています!速いです!」
森の中を縫うように、相当のスピードで魔獣の気配が接近する!
斥候のマットさんが声を上げる!
「ギガントマンティスです!距離100!」
フォックスさんが矢継ぎ早に指示を出す。
「盾3名前に!ラック、大剣を用意!魔術は氷魔術の準備!他は木に隠れて攻撃用意!」
直後、ギガントマンティスとかいうカマキリの魔獣が上空から現れた!
「上です!」
と、俺が叫ぶ。
「氷!」
フォックスさんの声に、魔獣師5人が、一斉にギガントマンティスに向かって氷の風をぶつける。
大量の氷の風にさらされたギガントマンティスは、制御を失い、墜落気味にこちらに向かってきた。そこに盾役3名が前にでて、ギガントマンティスを叩き落とした。
「ラック!」
フォックスさんの声に、ラックさんが大剣を一閃する!
ドンと音がして、霜まみれのギガントマンティスの頭が地面に転がった!
すごい!一撃だ!
「ユーキ、収納!よし、すぐに移動する!」
フォックスさんの指示でギガントマンティスをストレージに収納する。でかいカマキリだ。全長5メートル、体高は3メートルはありそうだ。カマもでかい!
それよりすぐに移動だ。
「ユーキ、お前の気配察知は、どのくらいだ?」
「この遠征で伸びたみたいで、今300はありそうです」
移動中にフォックスさんが聞いてきた。
「そうか、これからも頼む」
そう言って、フォックスさんは指揮に戻った。
しかし、どうやってギガントマンティスに気づかれたのだろう?上空から視認されたか?
いずれにしても、早く魔獣の気配を覚えなければ。何が来るかわかるだけで、迎撃に余裕ができる。戻ったら冒険者で経験を積むか・・・。実際に接敵しないと、魔獣ごとの気配は座学では覚えられない。
今回は一撃だった。
昆虫は変温動物だ。寒さに弱い。この世界でもギガントマンティスは氷魔術で著しく行動能力が低下した。そこにラックさんの、首関節への一閃。
魔獣の特性を知れば、かなり有利に戦える。
それにしてもラックさんの大剣はすごいね。
訓練中も強いなと思っていたが、実剣は、魔装も相まって、より迫力があったね。
お遣い部隊は、俺の気配察知も加えて、徹底して魔獣を避けながら2時間ほど進んだ。
途中で、どうやって方向を確認しているのか聞いたら、魔術刻印という目印を付ける魔術があるそうで、ルミナスの泉までのルートに以前付けられた刻印を察知しながら、方向を確認しているとのこと。
刻印を刻むのは魔術師だそうだが、刻印を察知する技術は騎士団員全員が訓練して身につけるらしい。
くそ、また俺にできないことを!方位磁石作ったろう!
いや、察知なら俺にもできるのか?
あとで教えてもらおう。
「間もなく泉だ」
とフォックスさんの声がかかった。
少し進むと、様相が一変した。
木々に囲まれ、柔らかな陽の光が降り注ぐ空間。
今までが嘘のように清浄な空気で満たされている。
先ほどまでのまとわりつくような嫌な気配はかけらもない。
森を構成していた大木は一本もなく、代わりに果実を実らせた細い木々が何本か見える。
美しい花が咲き誇り、鳥の囀りさえ聞こえる。
魔獣の気配はまったくない。
そして、この空間の中央で、キラキラと陽の光を反射させている美しい水面。
これがルミナスの泉・・・。
なんと神秘的な光景なんだ。
森の中に静かに佇む泉。
休暇中に無理をして見に行った摩周湖を思い出す。
着いたとき、霧でまったく見えなかったので、そのまま車で一泊し、早朝に誰もいない展望所から見た摩周湖は、まさに神秘的で、言葉を失う美しさだった。
摩周湖の中に浮かぶカムイシュ島。コロボックルが住んでいると言われても信じられる幻想的な光景。
ルミナスの泉にも中央付近に小さな島がある。
あの島に精霊が住んでいるのかな?
この世界なら本当にありそうだ。




