第2話 聖女ギャル説
「多分に我々の推測が混じる話しになることをご了解いただきたい。・・・実は三日前、我が国のさる方が、聖女召喚の儀を執り行われました」
ああ、そっちの方か。まじでアニメかラノベの世界になってきたな。しかも、心当たりがなくもない。とりあえず話しを聞こう。
「その聖女召喚とはどのようなものでしょうか?」
侯爵は溜息をついた。
「聖女召喚は、我が国、というより、この世界に対処し難い危機、この世界の者だけでは対応できないような困難が迫ったときに、女神様からいずれかの国の神殿の巫女に神託が下り、神託を受けた国が召喚の儀を行うというものです。召喚されるのは聖女様であったり、勇者と呼ばれる武力に長けた者のこともあります。勇者は、この世界で生を受けた者が神託で特定されることもありますが、聖女様は必ずこの世界とは異なる世界から召喚されるらしいのです」
笑ってはいけないんだろうな。
まあ、今の俺の置かれている状況からすると、無下に否定もできないか。
「前例があるのですか?」
「何度かあります。我が国では約二百年前に聖女様が召喚されました」
「その時はどのような危機があったのでしょうか?」
「強い瘴気の蔓延によって魔獣が凶悪化し、いくつかの国や街、村が滅ぼされました」
げっ、やっぱり魔獣とやらもいるのね。
「その瘴気の浄化が、聖女様にしかできなかったとのことです」
「なるほど。それで、今回はどのような神託が?」
侯爵はまさに苦虫を噛み潰したよう表情で言葉を搾り出した。
「神託は・・・ありません」
「えっ」
「神託はなかった」
「それではなぜわざわざ聖女召喚を?そもそも神託も無しに聖女召喚ができるのですか?」
話しが見えなくなったぞ。
「神託無しに聖女召喚が行えるのかは正直分かりません。・・・ここからは王国の恥を語ることになります。こたび聖女召喚の儀を行ったのは、我が国の第二王子殿下です。我が国は、現在のところ大きな内乱もなく、外国との紛争も小競り合い程度で、概ね問題なく統治されています。国王陛下には王妃様の他、三人の側室がおられ、お子様も三人の王子殿下、二人の王女殿下がおられます。第一王子殿下は文武共に優れ、性格も穏やかで公正な人物ですが、まだ立太子はされていません。第二王子殿下も文武に優れていますが、問題は母親である第二王妃の実家であるスタンリー公爵家です。スタンリー公爵家は、何とか第二王子殿下を皇太子とし、次の国王にと目論んでいます」
へえ、国王に側室がいるのか。ということは、キリスト教的倫理観ではないな。近世ヨーロッパとは違うようだ。
「公爵家は、神殿に圧力をかけ、一部の神官、派閥の宮廷魔術師、それと公爵家の魔術師を動員して、強引に聖女召喚の儀を行ったようなのです」
でたな、魔術師!
「それで聖女召喚は成功したのですか?」
「第二王子殿下は成功したと言っておられます。それらしき女性を見たという者も確認しています」
まあ、多分あの女の子だろうな。
「しかし、聖女召喚をしたことと王太子になることにどういう関係があるのでしょうか?世界的な危機も神託もないのですよね」
「・・・そうなのですが、・・・第二王子殿下は、聖女様を自分の妃にするつもりのようです」
「それが?」
「二百年前に召喚された聖女様は、後に王妃様となられました。そして聖女様はいくつもの演劇や物語になっているように、国民に圧倒的な人気があります。本当に聖女様であったなら、王妃様にと願う者は少なからずいるでしょう」
聖女様人気で自分が王太子?馬鹿発見だね!そんな身勝手な理由で聖女召喚ね。
「無礼を承知で申し上げます。異なる世界からの召喚とは、される身からすれば誘拐も同然。自身の世界での家族や友人、生活を奪われて、何も分からない世界に突然放り込まれる。女神様の神託で世界を救うためであったとしても、簡単に許容できるものではありません。それが、王位が欲しいからとは、到底王族の行うこととは思えませんが」
「私も同感です。陛下も聡明なお方だ。その辺りは充分お考えになるでしょう」
侯爵は、紅茶を一息で飲み干した。
「そこで貴殿のことです」
そうでした。今の問題は俺自身だよね。
「我々は貴殿も召喚された勇者様ではないかと考えています」
ああ、だから侯爵の話し方が丁寧だったのか。
「いや、流石にそれはないと思いますが。そもそも、私はなぜこちらにお世話になっているのでしょうか?第二王子とやらに召喚されたわけではないですよね?」
すると侯爵は申し訳なさそうな顔をした。
「それなんですが・・・実は、これは後にわかったことですが、第二王子殿下が聖女召喚の儀を行っていたのと同じ頃、たまたま私の娘がこの屋敷の訓練場で召喚魔術の練習をしていました。召喚と言っても、小さな使い魔程度を召喚するもので、来年王立学院に行く際の練習だったのです。我々も側について危険がないように見ていたのですが・・・。すると、娘の描いた魔法陣が突然強烈に光りだしました。しばらくして光が納まったら、貴殿が血塗れで倒れていたのです」
げっ、血塗れだったのかよ。
「それは、助けていただきありがとうございました。しかし、そんな怪しい状況で、よく助けていただけましたね」
「はい、黒髪でしたから。それに、目を確認させてもらったら瞳も黒でした」
「それで召喚者だと思われたのですか?」
「ええ。一般に伝わっている話では、聖女様や勇者様は全員、黒髪黒目と言われております。先程話した二百年前の聖女様も、黒髪、黒目だったそうです。王妃になられて三人のお子様をもうけられました。そのうちの第一王女殿下が当家に降嫁されました。当家の六代前の祖先です。その方も黒髪、黒目だったとか。ニホンのことも、聖女様から伺った話として、いくらか当家に伝わっております。夢のような世界だと。それに、聖女様は、最初から知るはずのないこの世界の言葉を理解できたということも」
「それで最初の質問だったのですか。理解できました」
二百年前の聖女も日本人か。二百年前というと江戸時代、文化、文政のころか。どんな人だったんだろう?
ともかく、変なところに飛ばされなくてラッキーだった。ましてや身勝手な第二王子とやらのところに召喚されていたら何をされたか。不幸中の幸いというところか。
「そんな訳で、偶然とは言え、娘の召喚魔術の練習が作用して貴殿を召喚してしまったのではないかと、大変申し訳なく思っています」
なんと侯爵は深々と頭を下げる。一言も喋らない執事さん、軍服さんも一緒に頭を下げている。なんか、めちゃ良い人たちだね。警戒していたのが申し訳なくなってきた。
「頭をお上げください。単なる偶然の事故だと思います。皆様に謝っていただくことではないと思いますので」
「ありがとう。そう言っていただくと少しは気持ちが軽くなります。それでも、娘の召喚魔術で貴殿を呼んでしまったのは事実。今後の貴殿の生活は、当家が責任を持って支援させていただきます。ところで、貴殿の方では、ここに来る前に何があったか覚えておいでですか?」
うん、はっきり思い出した。
「はい、直前のことは覚えています。私が道を歩いているとき、前を歩いていた女性の足元が急に光り出しました。私が驚いて立ち止まると、その光が歪んだようになり、私の方に向かって来ました。女性も光に絡まれたように引きずられて近づいてきました。そこからは一瞬で私も光の中に引きずり込まれ、その後の記憶はまったくありません。気がついたらこちらのベッドでした」
「そうですか。では、その女性が聖女様なのか・・・」
「多分そうかと」
うん、かなり軽そうなギャルっぽい子だったような記憶が。あれが聖女で大丈夫か?まあ、世界を揺るがす危機もなさそうだし、いいのかな。




