第1話 チェンジング・ザ・ワールド
辺りがいきなり光に包まれた!
少し前を歩いていた女の子に向かっていた光の塊が急に方向を変え、俺に向かって来る!
強烈に引き込まれる感覚!
タ・ス・ケ・テ・・・ユ・・・
微かな声が聞こえたような・・・。
光の中で俺の意識は真っ暗になり、そしてやがて失われた・・・。
「・・・っう・・」
目が覚めると同時に、全身に引き攣るような痛みが走った。
痛みを我慢して無理矢理上半身を起こす。
ここはどこだ?
本能的に行う状況確認。
高級ベッドに寝ていたらしい。寝具もシルクのカバー。サイドテーブルに水差しとコップ。
随分と広い部屋のようで、応接セットもある。天井には豪華すぎるシャンデリア。正面右手には木製の大きなドア。すべての造りが豪華だが、どれもこれもアンティーク調だ。
病院ではない。
ホテルのスイートルームに見えないこともないが、ホテルの造作でもない。
時間を見ようと左腕を見るが、腕時計がない。部屋を見渡しても時計がない。
凝った意匠の木枠の窓から差し込む陽射しから見て、まだ午後の早い時間帯か。
さて、俺は一体どうなった?引き攣るような痛みは一向に治まらない。
拉致、誘拐の類ではなさそうだが…事故に遭って助けられた?
ここで、綺麗なメイドさんが現れて「坊っちゃま、お目覚めに!」とでも言ってくれれば異世界転生なのだが。
などと馬鹿なことを思っていると、部屋の外に人が近づく気配がした。
そして、ノックもなしにドアがガチャリと音を立てて開けられ、入ってきた人物と目が合う。
・・・綺麗なメイドさんではなく、今にも冥土に行きそうな婆さんが現れた。
「チェンジ」
「何を言っとる?ようやっと気がついたか。どれ、診せてみい」
婆さんは、俺に近づくと、左腕を取りながらぶつぶつと呟き、俺の顔を凝視している。
「あの、ちょっと怖いのでやっぱりチェンジで」と言うと、いきなり頭をはたかれた。
「チェンジが何か知らんが、何やらむかつくのう。まあ、良い。怪我は治っておる。魔力の流れがぎこちないが、そのうち治まるじゃろう。今日一日は寝ておれ」
そ言うと、冥土さん、もとい謎の婆さんは立ち去ろうとしてまたいきなり振り向いた。
「そうじゃ。念のため、このポーション飲んどけ」
「え?」
「ほれ、さっさと飲まんか!」
無理矢理小瓶を口に突っ込まれ、謎の液体を摂取させられた!
苦い!これ飲んで大丈夫なやつか?
クエッ、ケ、ケ、と不気味な笑いを残して婆さんは部屋を出て行った。
なぜ俺は抵抗できなかった?下手すると死んでるぞ・・・自分の迂闊さにあきれる。
それはともかく問題は、・・・あの婆さんの喋っていた言葉は何語だ?なぜ俺は理解できた?
魔力の流れ?
何を言っている?
ポーションだと?
いやいや、ほんの冗談で考えただけなんだが、異世界転生・・・
違うよね。勘弁して欲しい。海外赴任から帰国したばかりだぞ。久しぶりの日本に帰ってきたばかりだぞ!明日から一週間の休暇で箱根の温泉予約してたんだぞ。
もう一度部屋を見渡す。
異世界などと妄想して見ると、室内は近世ヨーロッパの部屋にしか見えなくなってきた。大理石のような床に豪華なカーペット、石造りの壁に、いたるところに掛けられたタペストリー。アンティーク調の家具。部屋付きのバルコニー。
エアコンもテレビも電話も時計も、現代を示す物が何もない。
それに、さっきの婆さんが着てた服、白いローブの下は引きずるような黒のワンピース?
痛む身体を無理矢理動かしベッドから出ると、窓辺まで歩き外を見る。
2階か3階らしき部屋から見える景色は、広大な芝生と手入れの行き届いた植栽に、ロータリーらしき玄関口。そして、ちょうど近づいてくる豪華な馬車。
馬車?
あのでかいやつ本当に馬か?足が多くないか?角あるぞ?
そして、森のような庭園越しに見えているのは、・・・お城?
アハハ・・・、虚しい笑いが漏れるが現実は変わらない。
さすがの俺でも事態が奇想天外すぎて、混乱が治まらない。
しかし、異世界に来たのなら、最初に会うのはせめて美人のメイドさんであって欲しい。
現実逃避なのか思考がそこから離れない。
なら、もう一度言っとくか。
「チェンジ」
すると、軽いノックの音がしてドアが開く。そこには黒のロングのワンピースに白いエプロン、正真正銘金髪の美しいメイドさんらしき人が!
おお、言ってみるもんだね!
「失礼します。旦那様がお会いしたいとのことです」
チェンジしたメイドさんに続いて、明らかに高級そうな、しかし現代では見ない服を着た品の良い男性、それに従う執事風の男性、そして帯剣して軍服を着たごつい男性が部屋に入ってきた。
見た目はアングロサクソン系で、年は全員40歳前後か。
うん、全員相当強いね。いざとなったら逃げれるかな?
多分旦那様であろう人物が口を開いた。
「先生から聞きました。気付かれて良かった。少しお話しはできますか?」
先生とはさっきの婆さんか?
丁寧な口調だ。
俺が「はい」と頷くと、旦那様はメイドさんに、
「こちらにガウンを。そして紅茶を持ってきてくれ」と命じた。
もう一人いたメイドさんが既にガウンを用意してくれており、俺に優しく着せてくれる。
あとでアドレス聞いとこう。
「では、あちらのソファで話しを」
旦那様と俺がソファに着席する。
「二人も座りなさい」と、旦那様に言われ、執事さんと軍服さんも着席した。
しばし沈黙。うん、居心地悪いぞ。
しかし、まったく状況が分からないので、こちらからの会話は差し控える。
しばらくして紅茶が運ばれてきて、メイドさんたちは退室した。
「さて、色々お聞きになりたいことはあると思いますが、まずは我々の質問に二、三お答えいただけるでしょうか?」
「はい」とだけ答える。慎重に行こう。
「我々の言葉は完全に理解できておられますか?」
「はい」
「話すことは?」
「・・・多分可能かと思います」
「では、・・・この言葉が何語かご存知でしょうか?」
そうなんだよね。これが何語かさっぱりわからない、にもかかわらず俺はネイティブのように違和感なく言葉を理解しているし、多分、自由に話せるという確信がある。何これ?
「いいえ。実は初めて聞く言葉です」
旦那様は俺の答えを予想していたようで、ゆっくり頷いた。
「次に・・・、貴殿はどこの国のご出身でしょうか?」
・・・やっぱりここは日本ではないのね。
まあ、現状では誤魔化す選択肢はなさそうだ。
「ジャパンです」
「ジャパン?」
旦那様の意外そうな表情。
「はい。国際的には、我が国はジャパンと呼ばれております。私たちの国の言葉では日本といいます」
「ニホン!やっぱり!」
旦那様が思わず大声を出し、執事さんと軍服さんも目を見開く。
ああ、なんだか最悪の形でこの後の展開が予想できてきたな。
さて、どう立ち回るかな。
「失礼しました。挨拶も無しに質問に答えていただき感謝します。私は、アルタイル王国ランカスター領の領主で、ジェームス・ランカスターといいます。侯爵位を賜っております。ここは、アルタイル王国の王都ロマリアにある、当家のタウンハウスになります」
やはり貴族様ね。正解かどうかはわからないが、俺は立ち上がり、一応、ボウアンドスクレープをしておく。
「ああ、かしこまった礼は不要です。座っていただきたい。それが貴殿の国の礼なのですか?」
「いえ、我が国では、貴族制度はかなり昔に廃止されております。これは、現在も貴族制度が残っている国での高位の方に対する礼の一つです」
「そうですか。ところでアルタイル王国の名を聞いたことは?」
「いえ。失礼ながら初めて聞く名です」
「やはりそうですか。それで、貴殿の名前を伺ってもよろしいですか?」
「大変失礼いたしました。私は、ユーキ・カムラ(神村雄輝)と申します。家名が後でよろしかったでしょうか?」
「結構です。さてカムラ殿。ここからが本題です。紅茶はいかがですか。驚かれるかもしれませんが、落ち着いてお聞きください」
俺は遠慮なく紅茶に手を伸ばす。嫌な予感がするからね。おっ、結構美味い。




